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第七話 第三節 その2 封域の脈動
しおりを挟む夜明け前の静寂。
白霞の村を包む霧は、まるで呼吸するかのように脈動し、境界の空気を震わせていた。
神殿跡地下にある封印領域。
かつて信仰の核だった場所は、今や村の防衛の心臓部として再定義されている。
そこにあるのは、淡く光を放つ巨大な白霞石の結晶。
その中心核から、ごく微細な共鳴波が漏れ出していた。
「……この振動、昨日より明確だ。」
トウマは手製の共鳴測定装置を白霞石に向けていた。
装置の針は、周期的に微細な振幅を示し続けている。
長老・桐原は、静かに石の前に座し、目を閉じていた。
言葉はない。ただ、耳ではなく“心”でその音を聴いていた。
「……語ろうとしている。」
老いた声が、封域の静けさに溶け込むように発せられた。
「白霞石は、過去を記憶し、未来を照らす器。だが今、それだけではない……“何かが近づいている”ことを、伝えようとしている。」
トウマは装置の針のぶれ方に、ふと違和感を覚えた。
「……これは、反応じゃない。“応答”だ。」
長老が瞼を開け、白霞石を見据える。
「石が返しているのは、村の誰かが投げかけた“問い”かもしれん。」
そのとき、封域に足音が響く。
剣之介だった。無言のまま石の前に立ち、その波動を肌で感じ取ろうとする。
「——この脈動、昨日の“剣”とは違う。」
「それは、剣そのものが“気配を受け取る器”であるからじゃ。」
長老が言う。
「お前の剣が、“何か”と触れた。それを、白霞石が感じ取っている。」
剣之介は眉をひそめた。
「……モローが、白霞石を通じてこの場所の“何か”を測ろうとしているのか?」
トウマが答える。
「いや。逆だと思う。“石が、自分の中にある異物を検出している”ような波形だ。」
一同が静まりかえる。
まるで、白霞石そのものが自らの中にある「外部からの侵入者」を拒んでいるかのような挙動。
剣之介は静かに刀の柄に手を置く。
刃を抜くことなく、気配だけを研ぎ澄ます。
「この揺らぎ——まるで“剣気”だ。」
剣士にしかわからぬその共鳴に、剣之介は言葉を絞り出す。
「剣を振らずとも、戦いは始まっている。これは……“斬られる前の感触”に似ている。」
その言葉に、長老とトウマが同時に目を見開く。
封域の空気がわずかに揺れる。
石の中心核が、剣之介の気配に応じるかのように、柔らかな光を一閃させた。
その光は、まるで“剣の間合い”を取るような予兆。
剣之介は小さくつぶやいた。
「——来るな。間違いない。」
剣と石が共鳴している。
“この村そのもの”が、何かと戦おうとしている。
剣之介の背筋が、静かに震えていた。
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