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第三十八話 医学教授
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「コルティノーヴィス教授、本日はお時間を頂きありがとうございます」
「ユルゲンとこの娘っ子と、そっちは誰だ?」
「私の夫です。学士ではありません」
コルティノーヴィス教授は無精髭を生やした40過ぎの男だった。白衣には血が固まったのであろう黒い染みがついている。
「ほーん。で、俺に聞きたいことって何?」
「乳房がふたつある理由についてです」
「ぶっ」
隣で聞いていたレナートは噴き出した。教授はレナートには目もくれず続きを促す。
「解剖を許されていなかったため、我が国では二つあることによって左右の対称性を保つためと考えられてきました。神が歪を嫌ったためであると」
「ああ、間違いない」
レナートは目を伏せた。フェデリカはレナートの手を握る。もう片方の手で持参した解剖図鑑を開いた。
「しかし、海の王国のナバスクエス教授が3年前に執筆された解剖図鑑新書によれば、哺乳類において、乳房の数は将来産み育てる子供の数に比例するとありました。そこで考えたのですが、人間の乳房はひとつでも問題ないのでは?」
「げほっ、げほっ」
レナートは盛大に咳き込んだ。フェデリカは背をさすってやる。
「......ふむ。そうだな、確かにその通りだ。乳房が生まれつきひとつしかなかろうが、事故で片方を失おうが、問題なく子は育てられるだろうよ。なんだお前、まさか一個しかないのか!? 解剖させてくれ!」
教授が身を乗り出すのでレナートは思わずフェデリカを抱き寄せたが、フェデリカは表情を変えずに首を横に振る。
「いえふたつあります」
「なんなんだよ......つまんねえなあ」
教授はがっかりした様子で腰を下ろした。
「もうひとつお聞きしたいのですが」
「あん? まだあんのか」
「腕、足、目、耳、それから肺と腎臓、卵巣、精巣もふたつあるそうですね? これらもまた、1つでも問題なく役割を果たすと思っていいのでしょうか」
レナートは息を呑んだ。卵巣や精巣というのは医学用語なのでレナートは知らないだろう。それでもふたつあるもの、と言われて分からないほど鈍感でもない。
「目と耳については分からん。戦によって片方失った奴の記録があるが、初めはそこかしこに体をぶつけただとかなんとか。知覚に何かしらの異常を来している可能性が高いが、生きる上で支障はないだろうな。他のすべてにおいても同様だ」
「そうでしたか。ありがとうございます。失礼します」
「おう。あ、ラヴィニアに会ったら菓子買ってきてくれって伝えといてくれ」
「わかりました」
フェデリカは教授の部屋を出ると、レナートの手を引いて足早に客間に向かった。長椅子に腰かけ解剖図鑑を開く。
「レナート」
「......ああ」
「卵巣、精巣というのは分からなかったと思いますが、双方生殖器官です。卵巣は女性の、精巣は男性の。ここに描かれているのがそれです。精巣は俗称で言うと分かりやすいでしょうか。玉です。医学知識がない人々の間では、神話の影響もありふたつでひとつに完成するもの、という考えが浸透していますが、教授の話で確証が取れました。精巣がひとつ欠けていても生殖機能そのものには問題がないかと」
「つまり、私は子を成せると」
「恐らくは。教授に実物を確認していただいたわけではありませんが、陰茎には傷がなかったようですし、排泄に問題がないことを考えても......」
「フェデリカ」
はい、と返事を仕掛けて、フェデリカは気圧されたように黙り込んだ。
レナートはこれまで見たことがないような、獣じみた目をしていた。
「レ、ナート?」
「......済まない。なんでもない」
レナートは片手で顔を覆った。ふ、と吐息のような笑い声が漏れた。
「レナート」
「......ありがとう。ありがとう、フェデリカ」
レナートの肩が震えた。かみ殺した嗚咽が聞こえる。フェデリカはレナートの隣に座り、その背を撫でた。
「ユルゲンとこの娘っ子と、そっちは誰だ?」
「私の夫です。学士ではありません」
コルティノーヴィス教授は無精髭を生やした40過ぎの男だった。白衣には血が固まったのであろう黒い染みがついている。
「ほーん。で、俺に聞きたいことって何?」
「乳房がふたつある理由についてです」
「ぶっ」
隣で聞いていたレナートは噴き出した。教授はレナートには目もくれず続きを促す。
「解剖を許されていなかったため、我が国では二つあることによって左右の対称性を保つためと考えられてきました。神が歪を嫌ったためであると」
「ああ、間違いない」
レナートは目を伏せた。フェデリカはレナートの手を握る。もう片方の手で持参した解剖図鑑を開いた。
「しかし、海の王国のナバスクエス教授が3年前に執筆された解剖図鑑新書によれば、哺乳類において、乳房の数は将来産み育てる子供の数に比例するとありました。そこで考えたのですが、人間の乳房はひとつでも問題ないのでは?」
「げほっ、げほっ」
レナートは盛大に咳き込んだ。フェデリカは背をさすってやる。
「......ふむ。そうだな、確かにその通りだ。乳房が生まれつきひとつしかなかろうが、事故で片方を失おうが、問題なく子は育てられるだろうよ。なんだお前、まさか一個しかないのか!? 解剖させてくれ!」
教授が身を乗り出すのでレナートは思わずフェデリカを抱き寄せたが、フェデリカは表情を変えずに首を横に振る。
「いえふたつあります」
「なんなんだよ......つまんねえなあ」
教授はがっかりした様子で腰を下ろした。
「もうひとつお聞きしたいのですが」
「あん? まだあんのか」
「腕、足、目、耳、それから肺と腎臓、卵巣、精巣もふたつあるそうですね? これらもまた、1つでも問題なく役割を果たすと思っていいのでしょうか」
レナートは息を呑んだ。卵巣や精巣というのは医学用語なのでレナートは知らないだろう。それでもふたつあるもの、と言われて分からないほど鈍感でもない。
「目と耳については分からん。戦によって片方失った奴の記録があるが、初めはそこかしこに体をぶつけただとかなんとか。知覚に何かしらの異常を来している可能性が高いが、生きる上で支障はないだろうな。他のすべてにおいても同様だ」
「そうでしたか。ありがとうございます。失礼します」
「おう。あ、ラヴィニアに会ったら菓子買ってきてくれって伝えといてくれ」
「わかりました」
フェデリカは教授の部屋を出ると、レナートの手を引いて足早に客間に向かった。長椅子に腰かけ解剖図鑑を開く。
「レナート」
「......ああ」
「卵巣、精巣というのは分からなかったと思いますが、双方生殖器官です。卵巣は女性の、精巣は男性の。ここに描かれているのがそれです。精巣は俗称で言うと分かりやすいでしょうか。玉です。医学知識がない人々の間では、神話の影響もありふたつでひとつに完成するもの、という考えが浸透していますが、教授の話で確証が取れました。精巣がひとつ欠けていても生殖機能そのものには問題がないかと」
「つまり、私は子を成せると」
「恐らくは。教授に実物を確認していただいたわけではありませんが、陰茎には傷がなかったようですし、排泄に問題がないことを考えても......」
「フェデリカ」
はい、と返事を仕掛けて、フェデリカは気圧されたように黙り込んだ。
レナートはこれまで見たことがないような、獣じみた目をしていた。
「レ、ナート?」
「......済まない。なんでもない」
レナートは片手で顔を覆った。ふ、と吐息のような笑い声が漏れた。
「レナート」
「......ありがとう。ありがとう、フェデリカ」
レナートの肩が震えた。かみ殺した嗚咽が聞こえる。フェデリカはレナートの隣に座り、その背を撫でた。
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