愛は契約範囲外〈完結〉

結塚 まつり

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番外編 元王太子の出会い

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学年が上がっても、何も変化はなかった。父王はブルーノを責め立て、気の置けない友人もおらず、人に囲まれていても孤独感が絶えなかった。

「本日はよろしくお願いいたします、殿下」
「あぁ......よろしく」

婚約者であるカヴァリエリ令嬢との仲も相変わらずだった。同学年に在籍している宰相家の次男、ティベリオとお似合いだと囁かれており、実際にふたりも仲睦まじい様子だった。従兄妹ですので、とふたりは言うが、その瞳に隠し切れない情熱があることに、ブルーノはとうに気づいていた。
王太子教育の一環として、時々王都を視察することになっていた。恐らくはブルーノの周囲を手薄にしたとき、狙ってくる貴族がいないかを確認するための措置である。稀にカヴァリエリ令嬢も同伴するのだが、常に澄まして沈黙を保っているので、ブルーノはこの時間が苦手だった。黙々と市場を歩いていると、不意にカヴァリエリ令嬢が声をあげた。

「あ」
「どうかしましたか」
「ブレスレットを落としてしまったようです。探しにまいりますので、こちらで暫しお待ちいただけますか?」
「私も探しましょうか」
「いえ、結構です。では」

カヴァリエリ令嬢はすたすたと元来た道を引き返していく。ここで待っていてくださいと言われたが、店の真ん前で待つわけにもいかない。仕方なく、店と店の間に立って待つことにする。しかし、カヴァリエリ令嬢はいっかな戻ってこない。流石に戻った方がいいか、と思い始めた時、強い力で肩を引かれた。

「おうおう兄ちゃん、金持ってねえか~?」

柄の悪そうな男が4人ばかり立っていた。ブルーノは歯噛みする。護衛と影はいるのだが、ほんとうに危険な時以外は出てこないのだ。

「黙ってないでなんか言えよ」

胸倉をつかまれる。ひとりなら手首を捻って投げればいい話だが、4人ともなれば太刀打ちできない。なされるがままでいよう、と諦めて目を瞑った瞬間、背後から声がした。

「おーにいーさん」
「なんだ嬢ちゃん。この兄ちゃんの知り合いか?」

顔を覆っているが、声と服で若い少女だと分かり、ブルーノは焦った。誰かを巻き込むのは本意ではなかった。

「知り合いっちゃ知り合いなんだけどぉ......この人に絡むの、やめといた方がいいよ?」
「はぁ? 何言ってやがる」
「だってさぁ、この男、すっごい厄病神なんだよ。家族はみんなばたばた病気で死ぬし、嫁に迎えようとした女の子は通り魔に刺されて死んだしこの人と仲良くしてた友達のお兄ちゃんは採掘場で埋もれて死んだし果ては通りすがった人でさえころっと死んだっていう、死神なんだよ?」

なんかすごいデマを流されている。ブルーノが思わず真顔になったところで、少女が顔を覆う布を取った。ブルーノは思わずひょえ、と変な声をあげる。
少女の顔は赤と黒でまだらに塗られていた。
男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。胸倉を離され尻餅をついたブルーノは、呆然として少女を見上げた。手を差し伸べられてようやく、体が動き始める。

「あ、あの......その、ありがとう。たすけて、くれたんだよね?」
「なんだ、分かってたんだ」
「さ、流石に分かる......その顔は、大丈夫なのか?」
「あぁこれ? さっき泥とペンキ混ぜて顔に塗ったの。もーほんと最悪だよ。王都初日なのに、もうこれじゃ観光できない」
「すっ、すまない」
「いや別に、あたしが助けようと思って助けたから謝ってもらう必要はないんだけど」
「だ、だが初日なのだろう? 楽しみだっただろうに」
「そりゃあ、まあ」
「済まない.......」

見知らぬ少女の予定を台無しにしたと知って、ブルーノは落ち込んだ。

「じゃあさ、また今度あたしに街を案内してよ。あんたこの辺の人なんでしょ? おいしいお店とか知ってる?」
「あ、あぁ......少しは」
「じゃあ決まりね。明日の午前中暇?」
「.......予定を開けておく」
「ありがと。じゃ、また明日。このお店の前でいい?」
「あっ、うん.......き、君の名前は?」

少女は振り返り答える。

「ジュリア! あんたは?」
「ぶ、じゃなくてルーノ。ルーノだ」
「ルーノ。いい名前だね!」

朗らかな笑みと声を最後に、ジュリアの姿は雑踏に消えた。
その日の内に、カヴァリエリ令嬢から謝罪が届いた。ブレスレットが見つからず、捜し歩いているうちに日が暮れたので先に邸宅に戻ったことを詫びる手紙であった。多分、ブレスレットを落としたというのは嘘で、ティベリオと会っていたのだろう。学年が上がるにつれ衝動を抑えられなくなったのか、ふたりはよく密会をしているらしい。ブルーノは2年後に控えた結婚式を思い、溜息を吐いた。


***


翌日、ブルーノが街に行くと、ジュリアは少し遅れてやってきた。ブルーノは市場を歩くのには慣れているが、買い物には慣れていない。ジュリアの方がよほど慣れた手つきだった。ジュリアはパンをかじりながら、昨日のことについて尋ねてきた。待っていてと言われたこと、路地裏に行ってしまったこと、結局帰ってしまったこと。説明すると、ジュリアはくそだね、と言った。単語としては知っていても、実際に口にしている者は見たことがない。ブルーノがぽかんとしていると、ジュリアはくそ野郎のやることは気にしなくていい、と断言した。ちなみに彼女の理論で行くと、くそ野郎というのはカヴァリエリ令嬢のことを指す。勿論、彼女はカヴァリエリ令嬢のことを知らないだろう。それでも、才媛だと持ち上げられている彼女がくそ野郎で、その彼女の言動に煩わされることはないと太鼓判を押されたようで、ブルーノは嬉しかったのだ。
貴族だと言っていたから——完全に平民だと思っていたが——もしかすると、貴族学園の生徒かもしれない。見覚えはないから、下級貴族の令嬢だろうか。
また会えたらいい、とブルーノは思った。


***


それから1か月後、ブルーノはジュリアと——ジュリアマリアと図書室で再会した。天才令嬢の妹が編入してきた、と噂になっていたので存在は知っていたが、会うのは初めてだった。学園の制服に身を包み、カーテシーを披露する姿は貴族のそれだが、口と頭が直結しているのは変わらないらしい。ブルーノは久しぶりに声をあげて笑った。
それからも、ブルーノは時々ジュリアマリアと図書室で会った。互いに、昼休みの図書室という人気のない空間を好んでいるらしかった。おすすめの物語や授業で役立つ書物を教えるうちに、随分と仲良くなった。一度カツアゲされているところを見られていたから、気を張らずに済むのが幸いだった。

「殿下。差し出がましいことを申しますが、お付き合いなさる方は選んだ方が宜しいかと」

カヴァリエリ令嬢がそう進言してきたのは、ジュリアマリアが編入してきて半年ほど経った頃のことだった。

「愛人を迎えるのは結構ですが、時期と身分は弁えていただかねば困ります」

何のことだ、と問う必要もなかった。

「よもや、子爵家の娘如きをお選びになるとは思いませんでした」

体は燃えるように熱くなっていくのに、頭だけは冷えていく。

「......随分な言い様だね。自分のことは棚に上げて、私の行動は咎めるつもりかな?」
「わたくしはなにひとつ恥じるべき行いをしておりません」
「ではその言葉、そのまま君に返すよ」

剣呑な雰囲気が流れる。失礼いたします、と一礼してカヴァリエリ令嬢は去っていった。


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