稀血の令嬢は普通に生きたい 〜王子からの溺愛と執着は日常ですか？〜

第2章

26.彼女がこの手を取るには（ルシアside）

ー魔術訓練から半年後


いつもと同じ、生徒会室に1人でいた。
少し開いた窓から吹き込む落ち着いた午後の風が、静かに音を立て心地よい。

この半年、隣国の好戦的な姿勢はより強くなり、国内でも不安が募り、デモが数回起きている。良いとは言えない状態が続き、いよいよ本格的に動き出す必要があるだろう。


眼下に見える中庭では、いつの日かと同じように、ミラが笑いながら同級生たちと話していた。
彼女の笑顔は、まるで陽だまりのように、見ている者の胸をあたためる。

（…その笑顔を守りたい。）

彼女が魔力切れで倒れてしまった時、息が止まった。そのまま目を覚まさない彼女は、透き通る白い肌や長いまつ毛、小さな唇も全て皮肉なくらいに美しくて、もう2度と目を覚まさないのではないかという考えが頭をよぎった。

どうか、幸せに、安心して笑っていられる場所にいてほしい。

そのためになら、幾らだって行動できる。
定められた責務が鬱陶しく感じていた自分の立場も、活用できるものだと有難く感じた。


半年前、魔術訓練での封魔獣の混入は、結界が破られることにより行われていた。

結界管理術式の変更を行える立場にある者、そして相当な魔術の知識を持つ者であるということから、学園内の者による行為であることはすぐに目星がついた。
しかし、その特定人を犯人だと炙り出した頃には、生徒全員分の魔術測定のデータ共に彼の姿は消え、学園に現れることは二度となかった。


魔獣は強い魔力を持つ者に惹かれる性質があるため、あの場においては自分やイオ、他にも狙われるべき存在が複数いた。
しかし、封磨獣が現れた時に察知した魔力は、ただひたすら一方向に進んでいた。
それは、自分の魔石が示すミラの方向だとすぐに分かった。
隣国のヴァルト帝国の『治癒の血』を巡る不審な動きはその頃から耳に入っていたのもあり、封魔獣の様子からも何らかの暗示がかけられていることが分かった。

（彼女は、狙われる存在である。）

胸の奥では、鋭い棘のような不安が形を露わにしていた。

彼女と過ごす時間が積み重なり、打ち解けていくほど、胸の中にある二つの想いがぶつかる。

自分は彼女が隣にいることを望んでいる。
彼女に想いを告げ、正式に婚約を望んでいることを打ち明けよう…
そう思う一方、
彼女が婚約者となれば、国内だけでなく隣国からも注目される存在になることは必至であり、いつか力が明らかになった時に危険が及ぶことになるのを恐れている。


敵国に、反対派に、隠れた謀略に。
今まで水面下で動いていた脅威が、いっせいに牙を剥くかもしれないーー
その可能性が、どうしても頭を離れなかった。

ルシアは拳を握った。

（王族としての責任。
彼女を守り抜くという誓い。
そして…一人の男として、彼女に伝えたい想い。）

彼女と共に在ることを、諦めることはできない。
ただ、彼女が安心して自分の手を取ることができるようにするには、まだ足りないだろう。




これまで迷うことなんて殆どなかった。
何に対しても合理的で無駄が無い対応や答えを的確に行ってきたと思う。

それが、彼女のことが絡むと情け無いくらいに情緒が揺れてしまう。


「…どうすればいい。」

誰に対してか、何に対してか、
独りごとのようにこぼした声が、風に溶けていった。


ミラはまだ気づかず、あの場所で笑っていた。