稀血の令嬢は普通に生きたい 〜王子からの溺愛と執着は日常ですか?〜

ひまわり

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第3章

34.婚約披露宴②

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最後の鐘の音が空に消えた頃、
正殿の扉が、音もなく左右に勢いよく開いた。

ミラは、差し出された手をいつもより強く握った。

二人は大広間の中へと歩みを進める。
それと同時に、場内にざわめきが波のように広がる。

黄金のシャンデリアが揺れ、無数の灯が天井から降るように煌めく中、二人は息を呑むほどの気品と静かな輝きを放っていた。

人々の視線が、ミラへと集中している。

社交界に出たのは、今から約1年前の殿下の生誕祭の一度きりである。
見慣れぬミラ・アストライアの美しさと、ルシア殿下の寵愛が表現されたドレスに参加者達は憶測と感嘆を走らせる。


しかし、殿下はそのすべてを意にも介さず、
隣のミラだけを見ていた。

「緊張してる?」

「……少しだけ。でも、殿下が隣にいてくださるから平気です。」

殿下はその言葉に満足げに笑う。

「来てくれて、ありがとう。」

「ーーふふ、このタイミングでですか。」

小さく交わされた声は、他の誰にも届かない。
けれどその視線の交わりに、ただならぬ絆があることは、誰の目にも明らかだった。

ふたりは揃って壇上へ進む。

100人は優に超える貴族と使節団の人々を前に、殿下が一歩前に出た。

「本日は、ご多忙の中ーー私達の婚約披露の宴にお越しいただき、感謝する。」

その声はよく通り、どこまでも堂々としていた。

「彼女、ミラ・アストライアは、
私が妃に望むただ一人の人間である。」

場内に小さなざわめきと感嘆が走る。
殿下はミラの手を取り、高く掲げた。

「この手を離さぬことを、ここに誓おう。」

そして視線を隣に向ける。

ミラは深く一礼し、しっかりと前を向いた。

会場が拍手で包まれる。

その後、国王陛下の玉座へ移動する。
ミラが拝礼すると、国王陛下は短く、だが深く頷いた。

「頭を上げなさい、ミラ・アストライア。
ーーそなたがこの場に立つことは、既に認めている。」

「ありがとうございます、国王陛下。身を引き締めて参ります。」

国王陛下はその言葉に満足げに頷き、玉座から立ち上がると、ミラと殿下の背後に立った。

そして場内に響くよう、威厳のある声で宣言する。

「本日ここに、我が第一王子ルシア・スティエルネと、ミラ・アストライアの婚約を正式に披露する!
この誓いは、王家の名のもとに公に記され、国の未来と共にあらんことを!」

場内に、拍手と礼節を示す笛の音が響き渡った。


儀式としての出番は無事に終了した。
後は通常のパーティーと同じ、参加者各々の交流が始まる。

二人で一通りの挨拶が終わった後も、殿下には話しかける声が鳴り止まず、空気を読んでそっと離れた。

このような場での食事はもはや飾りのような位置付けだが、勿体無いのでカクテルとフルーツを頂いた。

「ミラ・アストライア様。少し、お時間をいただけるかしら。」

後ろから知っている声がかかる。

美しい藤色のドレスを纏い、堂々とした態度を崩さぬ女性ーー

「リネット様、お久しぶりです。本日はご参加いただきありがとうございます。もちろん大丈夫です。」

華やかな宴が行われる会場の中、食事台のエリアには二人だけの対話の場のようだった。

リネット様は真っ直ぐにミラを見つめて言った。

「先程はとても素敵だったわ。私は…ルシア殿下と婚約するつもりでこれまで生きてきたの。
家柄も、血統も、王妃様とも良好な関係にあって、疑うことはなかったの。」

ミラはうつむくことなく、正面から彼女を見返した。

「……はい。リネット様は王族にふさわしいと、私も感じておりました。」

リネット様はふっと笑った。

「ルシア殿下って、優しくて紳士的で、自分が大切に扱われているように感じるじゃない?
でもそれって"特別"ではないのだと、貴方に接する彼を見て分かったの。」

「私には一度も向けられたことのない眼差しを、貴方には自然に向けていた。」

「最初に学園で見た時は、正直腹が立ったわ。ずっと私の方が一緒にいるのに…って。」

「でも不思議ね、段々と認めざるを得ない気持ちになっていったわ。貴方、愛されてるわね。」

止まることがなく、いや、あえて止まらないように次々と出てくる言葉を、しっかりと聞く。
喉が一瞬だけ詰まったが、ミラは静かに口を開いた。

「私はーー彼と一緒に歩みたいと願いました。」

「私自身が、ルシア殿下の力になりたい。彼の願いを、共に背負いたい。
……その想いだけは、誰にも負けたくないと思っています。」

最初は、ただの憧れだったと思う。遠くて、手が届かなくて、畏れ多い存在で。
この想いの始まりは、運命だとか一目惚れだとか、そんな激情的なものではなかった。
けれど、何度も言葉を交わすうちに、彼と過ごす時間が重なる度に、彼への想いは少しずつ、でも確かに育っていった。

彼が私も受け入れてくれていることが分かるから、私も彼の全てを受け入れたい。

恋慕の気持ちの大小を勝手に争うのは烏滸がましいと思った。けれど、言わなければいけないと思った。

「私は…ルシア殿下を愛しています。」

リネット様が目を見開いた。
その後、少しだけ目を伏せて笑った。

「ルシア殿下が惚れるのも無理ないわね。」

そして、すっと手を差し出す。

「…女性としては、少し誇らしいわ。貴方、勇敢なんだもの。貴方が選ばれたことが、悔しくないと言えば嘘になるけれどね。」

ミラは少し戸惑った後、その手を見つめーーしっかりと、握り返した。

「ありがとうございます。」

二人の令嬢は静かに微笑み合った。

「これからも、時に語り合いましょう。」

「ええ、ぜひ。」

「それでは、私は結婚相手を探すのに忙しいので、こちらで失礼するわね。」

二人は静かに頭を下げ、互いに敬意を込めた視線を交わす。
煌びやかな人々が集まる中へと去っていく後ろ姿をぼんやりと眺めていた。 


自分が口に出した言葉が遅れて反芻される。
ミラはその想いを胸に秘めながら、もう一度会場の中心部へと戻って行った。

その先には、殿下がーー誰よりも愛おしそうに、自分を見つめて待っていたから。

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