Epitaph 〜碑文〜

たまつくり

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牢は薄暗く足元を照らしながらゆっくり歩かないと危険だ。杖をつきながら目的の牢へと歩みを進める。

牢とはいっても広さは十分にあり、数名の侍女をつけることも許されている。ただ鉄格子で遮られているため、牢内でしか自由に動き回れないだけ。

「お嬢様…、どうしてお嬢様が」
「ありえませんわ、お嬢様が盗みなど働くわけないのに」

ミリアーヌの侍女の声が歩みを進めるたびに大きくなってくる。

「久しぶりね、ミリアーヌ」

囚われている牢の前に立ち、声をかけた。

「お、お義姉様!」

貴族令嬢とは思えないはしたない速さでミリアーヌは鉄格子に縋り付く 。

「わたくしは知らなかったのです、どうか信じてください!盗んでなどいないのです!」

「知らなかった、と言えば許されるとでも?」

「いえ、許されるとは思っておりませんわ。でも、せめて絞首ではなく毒杯を賜りたく存じます…」

「楽に死にたいということね」

「楽とかではなく、せめて最後は王族らしく死にたいと…」

「だったら絞首も王族らしいわよ、なんせ国王陛下も王太子殿下も絞首なのだから。王族と一緒なんて光栄に思わないと」

「それは…」

「素直に言いなさいな、楽に死にたいと」

「……」

無言なのが肯定だろう、俯いたまま動かなくなる。

「みっともなく足掻かないで、最後の時間を心穏やかに過ごしなさい。私に出来ることはその時間を邪魔しないことだけ」

「そん、な…」

「納得出来なくても受け入れなさい、もうあなたの処刑は決まっているのだから」

「お義姉様、お願いです…。どうか、どうか…」

ペタリと座り込んでしまった床に、パタパタとミリアーヌが流した涙の跡が広がる。

(この子が泣いてるの初めて見るわ)

ミリアーヌはいつも笑っていた、困ったことがあっても首を傾げれば誰かしらが助けに入った。

それが当たり前だと疑問すら抱かなかった、守られることに慣れきった愚かな義妹。

知らなかった、それが真実だろう。母親から贈られた見事なアクセサリーが、どういう経緯で手元に来たのか疑うことをしなかっただけ。

「ねえミリアーヌ、あなたがよく着けていた黒い宝石のネックレス、あれはね、ヤルシュ王国でしか採掘されない貴重な宝石なの」

だから真実を話してあげる。

「髪飾りを返して欲しいと義母ははに言ったら、お前の髪よりもミリアーヌの方が似合っているのだから必要ない、と髪を掴みながら言われたわ」

言うなりミリアーヌの髪を思い切り引っ張る。

「い、痛いですわ!やめて!」

「こうやってね…」

朝まで綺麗に手入れされていたであろう見事な黒髪、どんなに悲鳴が上がろうと力は緩めない。

「どうかおやめください!」

たまらず侍女の一人が駆け寄ってくるが、それも控えていた騎士の剣先によって遮られる。

「痛いでしょ?私は盗られた物を返して欲しいと言うたびにあなたの母親にこうして髪を引っ張られたり、鞭で打たれたりしたの」

持っている杖で容赦なくミリアーヌの肩を叩く。

「返して欲しいと言うたびに、こうして叩かれたら言えなくなるわ」

「い、あ…、やめて!お願いです!いやぁ!」

髪を掴まれているためろくな抵抗が出来ず、ミリアーヌは叩かれるがままに悲鳴を上げ続ける。

「叩かれても誰も助けてくれない気分はどう?私はずーっとそうだった。顔を叩かれて頬が赤くなった時は、それを隠すために厚化粧を施された、それを見て誰もが笑ったわ、みっともない、と」

「…わ、わたくしは何も、何も知らなかった」

「そうね、あなたは何も知らなかった、侍女ですら知っていたことなのにね」

そう言ってようやく髪を離し叩いている手を止め、控えている侍女を見れば、ギクシャクと俯いている。

「あなたの侍女達は私が叩かれるのをよく見ていたもの、嫌らしい笑みを浮かべながらね。本当に下品だったわ。さすがあの義母ははが連れて来ただけあるわ」

下品と言われても言い返すことの出来ない侍女達は唇を噛み締め屈辱に耐えるしかない。

「そうそう、ミリアーヌ。あなたは私がカージリアン邸でどこに住んでいたか知ってる?」

「そ、それは…、離れに」

「離れはどこにあるの?」

「え?」

「だから、あなたの言う離れはどこ?」

ミリアーヌにしてみれば離れは離れだ、どこと問われても行ったこともない場所を具体的に答えることなど出来ない。

「あなたが物置と呼んでいたあそこが離れよ」

「う、うそ…。だってあそこはお母様が物置だと」

「本当よ、私はあそこで一人で住んでいた。身の回りの世話をしてくれる侍女もいなかったから。必要な時だけ侍女が来ていた。食事だって口では言えないような物ばかりだったわ。ただ王太子妃教育で王宮によく行ってたから、それだけは助かったわね」

痛む身体で侍女達の方に向いたミリアーヌは自身が望む答えを得ようとするが、一様に逸らされる顔に真実を知る。

「…ごめん、なさい。お義姉様、本当にごめんなさい」

「あなたの罪は知ろうとしなかったこと、少しでも疑えばそこから真実が分かったかもしれないのに」

それきり牢内にはミリアーヌの泣き声だけが響いていた。それもやがて号泣へと変わる。

「さようならミリアーヌ、処刑は見に行かないからこれでお別れね」
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