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しおりを挟む撮影は予定していたよ時間より、2時間遅く終わった
俳優陣はほとんどNGを出すことなく撮影は進み、スタジオ撮影を終えた
明日からは大学の合間に撮影に参加する
僕の授業のスケジュールに合わせて、僕が出る部分の撮影を行うらしく、撮影のスケジュールが変更になる
監督と助監督と連絡先を交換していたら、叶響までもが連絡先を聞いてきた
なんでも大学からロケ地まで、叶響のマネージャーさんが車で迎えに来て、送ってくれるという
最初はそんな事してもらう訳にはいかないとお断りしていたけど、早く現場に着けば撮影も早くできると言われると、僕の予定に合わせてもらっている手前お願いする事にした
叶響へ大学のスケジュールを送れば、明日からマネージャーさんが大学へ僕を迎えに来てくれる
マネージャーさんが撮影現場を出たら、叶響から連絡が来る事になった
そうしてクランクインから早1ヶ月、撮影は急ピッチに進んでいる
元々この映画の撮影期間は2ヶ月しかなかった
主要メンバーのスケジュールが合わず、クランクインがずれ込んだ為らしい
残り1ヶ月で地方ロケが待っている
問題は大学だ
1ヶ月も地方に滞在する事は不可能だ
どうしようかと悩んでいると、叶響のマネージャーさんに声をかけられた
「え??」
「悪い話ではないと思います。映画が公開されれば、彼方君は一般人からも注目を集め、今のままだと自分自身で対処しなければなりません。
既に他のプロデューサーや監督から、出演のオファーも来てますよね?
そういった人達の間に入り、橋渡しをしたり、俳優としての彼方君とプライベートの彼方君を守るのが、我々マネージャーの仕事です。
君は理解できないかもしれませんが、あの映画が世に出れば、君は一般人ではいれなくなります。
それほどに存在感があり、ずば抜けた演技力でした。」
マネージャーさんの言いたいことはわかる
控えめに言っても、あの映画が公開されれば、僕は一般人ではいれないって…
けど僕が叶響の所属する事務所に在席するって……
「君の身の安全のためが第1ですが、君の演技力を他社に渡したくないというのも本音です。
演技の勉強をすれば、君はもっともっと上手くなる。私達はそんな君の演技が見たい。この手で育ててみたい。
うちの事務所は実力主義なんです。先輩だとか後輩だとか関係なく、どれだけ実力があるかによって、お給料も、付くマネージャーも変わります。
1度考えてみてくれませんか?俳優として歩む事、うちに在席する事を。」
真剣なマネージャーさんの口調に、しばらく考えたあと頷いた
この1ヶ月周りの人から【才能がある】とか【演技力が凄い】とかいろいろ言われた
でもやはり自分がそこまで凄いとは思えず、純粋に演技の勉強をしたいと思った
今回は叶響に演技させられているだけだ
脚本家の意図を正確に読み取り、ヒントを与えられ、叶響の演技プランに沿うように誘導されている
それを悔しいと思った
自分じゃない誰かになるって凄く楽しい
撮影を重ねるに連れ、その気持ちは大きくなる
確かに、スタジオに遊びに来た他のプロデューサーさんや監督さんからオファーを貰った
けど、今の僕にはまだ引き受けるほどの力はない
叶響が隣りにいるからこそ、安心して身を任せる事ができて、演技に集中できているのだと、この前痛感したのだ
『咲夜』が新人刑事と鉢合わせするシーン
2人だけのシーンだった
ロケ現場はギャラリーも多い街中
あり得ないくらい緊張した
新人刑事が『咲夜』を追い詰めようと言葉で攻撃してくるが『咲夜』は全て無視し無表情を貫く、最後に『あんた殺されたいの?』と言うだけのシーンだった
新人刑事役の俳優さんは若手実力派俳優として、今人気の俳優さんだったが、間のとり方や演技の仕方に戸惑った
『咲夜』に向けての台詞なのに、所々アドリブが入り、まるで僕自身を責めているかのように聞こえた
ふと目線をギャラリーの方へ移すと、そこに叶響が居た
彼を見ただけで固まった体から力が抜け、僕は『咲夜』に戻れた
叶響が居ないと『咲夜』になれないなんて、こんなのじゃ意味がない
これじゃあ駄目だと痛感した
それから他の共演者のシーンにも顔を出すようにした
どんな演技をするのか、勉強になるだろうと思い見学させてもらった
1人1人、役に入り込み、その人物の個性を引き出す演技をしている
その中で1人だけ、何故か浮いている人がいる
演技が下手なわけでは決してない
なのに何故浮いて見えるのか、ジッと撮影を見ていた
見るたびに首を傾げてしまう
今日も共演者のシーンを見学していた
僕の出番は日が落ちてからだ
「気づいたか?」
「え?」
後ろから声をかけられ振り向くと、現場入りしたばかりの叶響が立っていた
「違和感があるだろう?彼。」
少しかがんで耳元で囁くように言われ肩が跳ねる
「…はい、でも演技が下手なわけじゃないので…何でだろうって……」
彼とは新人刑事役の【佐藤 未来】だ
「そうだな…彼方が新人刑事役をするならこのシーン、どう演じる?」
どう演じる…か………
元々この新人刑事は、ドラマの終盤から登場した
父親が警察官僚で、周りから親の七光りと言われている
本人はスネをかじることもあるから、何を言われても気にしない性格だ
性格は不真面目ですぐサボろうとしたり、軟派な為すぐ女の子に声をかけるが、こっ酷く振られる
痛い系の彼だが、この警察チームに入り揉まれながら成長していく
仲間を思いやる気持ちや正義感というものを学び、1人の警察官として任務を遂行しようと奮闘する
「僕なら……アドリブはまず入れません。このシーンの彼はまだ成長していないので、親が子に反発するように先輩刑事へ子供のような態度を取ると思います。」
「うん、けど佐藤君の演技にはどこかカッコつけてるところがある。あれは佐藤君が佐藤君として演じてしまってるからだ。」
「佐藤さんが佐藤さんとして?」
「彼はイケメンで、女性から人気があるだろ?新人刑事とは真逆だ。実際の彼とは真逆だからこそ、自分がどう見えるか気にしてしまって、役との矛盾が生じる。」
「……変にアドリブが入るのも、新人刑事のカッコ悪さを隠すため……?」
「そういうこと。このシーン、NGになるよ。赤松監督のあの表情、そろそろ我慢の限界って感じだしね。
彼は実力があるから、かっこいい自分を脱ぎ捨てれれば、また成長するだろうな。
さっ、ずっと外にいたら寒いだろ?ロケバスに戻ろう」
背中に手を当てられ促される
叶響のエスコートで僕はロケバスに戻ることにした
戻る際監督の顔をチラッと見たが、鬼の赤松と言われるのが頷けた
まるで般若がそこに居た
「ところで、決めたか?」
叶響の隣に座り、台本を確認していると突然そう話しかけられた
「……事務所のことですか?」
「あぁ。もうすぐ地方ロケが入る。大学は休まないといけなくなるだろう。
彼方が個人で大学に掛け合うより、事務所から掛け合うほうが許可も出やすい。
今後の事を考えても、例えうちの事務所じゃなくても、何処かの事務所には所属しておいた方がいい。」
叶響の言う事は分かっている
僕が足踏みしているのは…………
「……叶さんは…どうして俳優になったんですか?」
「…俺?俺は………初めはモデルとしてスカウトを受けたんだ。当時まだ中学生だった。
俺の家は両親が教師で、日頃から厳しく育てられたんだ。それが嫌で……まぁ不良と呼ばれる奴らとつるむ様になった。
そんな俺を両親は見限って、俺を居ないものとして扱ったんだ。」
「…居ないもの?」
「食事も用意されることも無いし、洗濯も俺のだけ放置、帰宅する前にドアにはチェーンがかけられて、中学の給食費さえ支払われてなかった。」
「それって………」
「ネグレクト。そんな時にスカウトを受けて、今の社長の家へ転がり込んだ。最初はモデルだけしてたけど、進学を考えた時にもっと金がいるって思って役者の道に進んだ。自分で稼いで学費を出して大学まで卒業したんだ。
高校卒業まで俺のマネージャーをしてくれてた今の社長が独立するって言うから今の事務所の立ち上げを手伝って現在に至るってところ。
俺が役者の道に進んだのは、演じるのが楽しいとかそんな理由じゃない。
ただ必要に迫られて進んだんだ。」
「……そうだったんですか……」
これだけ有名な叶響が、そんな苦労をしていた事に驚いた
「悪いな、この世界に入るか悩んでる奴に『演じる事が楽しいから』って言ってやれなくて」
「いえ……偽りの言葉は聞きたくないので……叶さんは今でも演じる事が楽しいとは思わないんですか?」
「いや、今は楽しいと思えてるよ。あの頃は仕事の事より、自分のこれからの人生が見えなくて、とにかく必死だったから……」
その時のことを思い出しているのか遠い目をする叶響が、急に何処か遠くへ行ってしまうような不安に襲われた
ギュッと叶響の服を掴む
「……?」
首を傾げ、僕を見る叶響に僕の決意を話す
「叶さん、僕は貴方に引っ張ってもらう役者じゃなく、隣に立って高め合える役者になります。」
「………高め合える………そうか…………ありがとう、追いついて来るの楽しみにしてる」
叶響は、今まで見たこともない無邪気な子供のような笑顔を僕に向けた
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