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ボロ馬車で(見た目)
しおりを挟むぽかぽかと春の陽気が差し込む、未舗装の街道を一台のぼろぼろ馬車が進んでいく。
セデス村から王都まではおよそ5日。のんびり行けば7日。……そしてうちは、のんびり派。
外側は年代物で、ところどころ塗装が剥げ、車輪だって「いつ外れてもおかしくない!」みたいな見た目だけれど、中身は別だ。
父様は必要なところにだけ妙な執着と手間をかけるタイプなので、馬車の内部はふかふかの座席とクッション、厚手の毛布、収納棚を私の魔法でリペアして、それから――屋敷で使われていた古い《簡易結界の魔道具》をこっそり取り付けてある。
おかげで、夜は野営でもそこそこ安全に眠れる。
見た目はボロでも中身は豪華、まさにセデル村の生き写しである。
御者台には父ヘンリーと、護衛という名目の「村でちょっと腕の立つ若者」ディートが座っていた。
ディートは無愛想そうに見えるけど、実は気遣いが細かい。馬の汗を拭いたり、御者台に座る父様の背をそっと支えたり。
……こういう人、地味にモテるんだよね。
「なあリナ、ほんとに割れてねーか? あんまり揺れっと、中身がぶちまけちまうんじゃねーか?」
心配性のカイル兄様が、隣で身を乗り出してくる。
「だいじょうぶ。布と藁で包んでるから、これくらいじゃ割れません」
私は籠の中からそっと一本取り出して瓶を透かした。
淡い草の緑が陽光にきらりと透け、底から細かい光が立ち上る。
濁りも、泡立ちもなし。香りもいい。いつもの色、いつもの手応え。
「ふふっ、今回のポーションはすごく良い出来かも」
「おおっ、それは頼もしいな!」
兄様が嬉しそうに笑う。
その笑顔は少し日焼けして、汗の跡も残っていて、疲れは見えるのに――どこか誇らしげで。
「これを騎士団に納めれば、きっと喜んでもらえるぞ。セデル村の名誉にもなる。ひょっとしたら、なんかいいものもらえたりしてな!」
「うん、お金たくさんと、美味しいものたくさんくれるといいです」
私は真顔で答えた。
兄様が吹き出す。
「お前、ほんと正直だな」
そりゃそうだ。
私の魔法のことが知られないようにしつつ、村は豊かになってほしい。
魔法が少し使える田舎貴族、なんて立場は――面倒に巻き込まれる未来が見えるだけ。
力を見せびらかして英雄になるとか、そういうのはまっぴらごめん。
ひっそり、こっそり、ちゃっかり稼ぐのが最高だ。
馬車はギシギシと音を立てながら緩やかな丘を越えた。
その向こう――遠く霞むように、白い城壁が見えてくる。
「あ、王都が見えた……!」
思わず声が大きくなる。
御者台の父様が振り返って、にっこにこの笑顔で手を振った。
「よーし! もうひと息だぞ! あの東門から入るんだ!」
父様の声は明るい。
……けれど、胸の奥に少しだけ嫌な汗が滲む。
大丈夫だよね?
今回の納品の取りまとめをしてくれたのは、村に立ち寄った騎士、ギルバート様。
礼儀正しくて、真面目で、誠実そうな人だった。
たぶん、きっと、絶対に、悪い人にだまされたりしない……はず。
でも、うちの父様は、お人好しで、ちょっと騙されやすい。
だから、もし――もし、王都で何かあったら。
「……私がちゃんと見ていないと」
小さく呟くと、兄様がこちらを見て笑った。
「頼りにしてるぜ、魔法少女リナ様」
「その名前、村の外で言うの禁止!」
私はステッキを軽く兄様の肩に当てた。
旅はまだ続く。
王都は、もうすぐそこだ。
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