聖域の森へ忍び寄る足音

花垣 雷

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第九章:完璧な騎士と、尾行する王

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「アリオスという若造だ。一挙手一投足を、嘘偽りなく報告せよ」

王の命を受けた騎士団長は、冷や汗を流しながら調査を開始しました。しかし、返ってきた報告書は、王が予想していた「不穏な密会者」の姿とは程遠いものでした。

「……陛下、申し上げにくいのですが。街の者たちに聞けば、彼は迷子の子供を見れば一緒に遊び、荷物を持った老人がいれば家まで背負って送り届ける……。まるで、騎士の鑑(かがみ)のような少年だとの評判ばかりです」

騎士団内の仲間たちに聞いても、返ってくるのは「アリオスほど真っ直ぐな男はいない」「少しお人好しが過ぎるが、信頼できる男だ」という称賛の声ばかり。
不審な影など、どこにも見当たりません。

(ならば、なぜあの場所(セレーナ)へ行く? ただの『善良さ』だけで、あそこへ辿り着けるはずがない)

王の疑念は、むしろ深まるばかりでした。
自らの目で確かめるしかない。王は次の休日、身分を隠すための深いフードを被り、自らアリオスの尾行を開始しました。

街を行くアリオスの足取りは、実に軽やかでした。
彼は馴染みの店で昼食用のサンドイッチを買うと、次に小さな雑貨店へと入っていきました。

「——これを。プレゼント用なので、綺麗に包んでいただけますか?」

彼が選んだのは、肌触りの良い、柔らかな白いハンカチでした。
店主と親しげに笑い合い、丁寧に包まれたそれを受け取る少年の横顔には、一点の曇りもありません。その姿は、恋人に贈り物を選ぶ、どこにでもいる青年のようでした。

その後、アリオスは王都の門を出て、壁の外へと向かいました。王は距離を保ちながら追います。アリオスは道中、農作物を荒らしていた小さな魔物を手際よく退治し、困っていた農民を助け、感謝の言葉を背に受けてまた歩き出しました。

(……人助けをしながら、どこへ向かっている)

アリオスに迷いはありませんでした。
彼が太陽の傾きを見極め、迷いなく足を踏み入れたのは、地図から消された禁域——「静寂の森」でした。
王の胸に、鋭い痛みが走ります。
そこは、王である自分が、罪悪感なしには一歩も踏み入れることのできない場所。
しかしアリオスは、まるでお気に入りの庭に遊びに行くかのように、軽やかな足取りで霧の奥へと消えていきました。

王は、震える手でマントを握りしめました。

「……待て、アリオス。お前は……娘に何を届けるつもりだ」

禁じられた境界線を、若き騎士が軽々と越えていく。
その背中を追いながら、王は自分でも説明のつかない「恐怖」と、娘を救い出してくれるかもしれないという「微かな期待」の混ざり合った、複雑な感情に揺さぶられていたのです。
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