聖域の森へ忍び寄る足音

花垣 雷

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第十三章:ほどかれた禁忌と、既視感の残光

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どれほどの時間が過ぎたでしょうか。

嵐のように激しかったセレーナの呼吸が、次第に凪(なぎ)のように穏やかになっていきました。その規則正しい胸の上下に、アリオスはやっと自分の呼吸を思い出したかのように、深く、長く安堵の息を吐きました。
安堵が訪れると、これまで意識の外へ追いやっていた「問い」が、音もなくアリオスの胸を占領し始めました。

(このレースを、解かなければ……)

汗に濡れた彼女の額や、首元。そこを拭いてやるためには、顔の半分を覆っているこの分厚い布が邪魔でした。けれど、これは彼女が頑なに守り続けてきた境界線でもあります。

「めくるべきか、触れざるべきか」

アリオスの手は、空中で何度も伸ばされては、躊躇(ためら)いに引き戻されました。
気づけば、いつの間にか窓辺にいた金色の小鳥の姿も消えていました。室内には、暖炉の爆ぜる音と、二人の鼓動だけが響いています。

「……汗を、拭き取るだけだ。彼女を、清潔にしてやるだけなんだ」

自分に言い聞かせるように、アリオスは震える指先をレースの結び目にかけました。
銀の糸が解ける小さな音が、静寂に響きます。ハラリ、と白い布が枕元に落ちました。

「——っ」

アリオスは、思わず息を呑みました。
そこに現れたのは、これまでの人生で見てきたどんな芸術品よりも、どんな宝石よりも美しい少女の素顔でした。
長い睫毛が、火照った頬に影を落としています。レースの下に隠されていたその肌は、透き通るように白く、儚げでした。
しかし、驚きはそれだけではありませんでした。

(なんだろう、この……懐かしい感じは)

アリオスは、彼女の顔を「初めて見た」とは思えませんでした。
幼い頃、夢の中で出会ったことがあるような、あるいは、王宮の奥深くに飾られた、今は亡き美しい王妃の肖像画にどこか似ているような——。

セレーナという存在そのものが、アリオスの心の奥底に眠っていた「何か」を呼び覚まそうとしていました。それは、彼が騎士として、一人の国民として、心のどこかでずっと追い求めていた「国の光」の正体そのものでした。

眠る彼女の顔をじっと見つめながら、アリオスは確信していました。
彼女をこのまま、この暗い森に置いておいてはいけない。この美しさを、この命を、二度と孤独に返してはならないのだと。

その時、セレーナの睫毛が微かに震えました。
夢と現実の境界で、彼女の意識がゆっくりと、浮上しようとしていました。
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