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6巻
6-3
しおりを挟む《二百三十六日目》
朝起きてまず最初に、復讐者に連絡をとった。
これは勿論、昨夜脳内インフォメーションのあった[英勇詩篇〔輝き導く戦勇の背〕]について、何をどのようにしてどんな事があったのか、事情を聞く為だ。そうして聞いた話によると、こうである。
鈍鉄騎士やスカーフェイスといった複数の団員と共に、王国中を修行して回っている復讐者は、王国と《キーリカ帝国》の国境近くのとある村に立ち寄ったという。
この村名産の乳製品を求めて、わざわざ予定を変更したそうだ。商魂たくましい【行商人】達が帝国まで運んだそれを食べた事のある鈍鉄騎士が『近くまで来たしよォ、土産としちゃぁ丁度いいんじゃねーか。あれ、結構いけるぜ』と勧めたのが切っ掛けだったらしい。
買う物を買ったら、さっさと次の目的地に行くはずだった。
だが村に近づいた時、復讐者はその常人離れした視力で、不安や焦燥を浮かべる村人の表情、包帯を巻いた無数の怪我人、そして最近破壊された形跡がある家屋や村を囲う柵を見出した。
そんな様子が気になった復讐者は、とりあえずスカーフェイスなどひと目で人外だと分かるメンバーは置いて、驚かれにくいように少数の人間だけを引き連れて進んだ。
予想に反して村にはすんなり入れたそうだ。しかし事情を聞く為に近づこうとすると、村人は慌てて逃げてしまったらしい。
何がいけないのか、と復讐者達は互いの顔を見合わせて、そこで失敗に気がついた。
復讐者や鈍鉄騎士など、正式に国軍に所属していた者が我が《戦に備えよ》に寝返った際は、それぞれ戦死したように偽装させている。
だから生きているところを見られると色々と問題になるので、彼らは正体を隠す為、外に居る時は【怒鬼の仮面】を装備している。村に立ち寄った際も、当然そのままである。
そんな武装した仮面の一団がやって来れば、そりゃそんな反応にもなるだろう。
これを聞いた時は思わず『間抜けめ』と思ったが、まだ挽回できる凡ミスなので、この失敗を次に活かせばいい。
だから一先ず説教するのは置いといて。
自分達は慣れて意識すらしなくなっていた仮面も、一般人が見れば驚く代物だ、という事に気がついても、既に後の祭り。距離をとられた後は、村人は物陰から視線を向けてくるだけで、誰も近寄ってこない。
そして、それだけならまだ良かった。
物陰から向けられる無数の視線に込められた感情は、恐怖や怒りが大半を占め、長年探していた怨敵を見るようですらあったという。復讐者達の死角になる物陰では鍬や棍棒を装備し、殺気立つ男衆もいたらしい。
物理的に襲う気満々である。
これはいくらかは排他的なところのある田舎の村だとしても、流石に異常である。やはり何かあるのだろう、と復讐者達はここで確信を持った。
このままでは埒が明かないばかりか、襲撃されて面倒事が加速しそうだと思った復讐者達は、仮面以外の武装を全解除して、危害を加える気は無い事を周囲に伝えた。そして『村長から事情が聞きたい』と言って、どかりとその場に座った。
それから、眉間に皺を寄せながら恐る恐る近づいてきた村人と話をした後、村長の家に招待されて、何があったのか聞き出す事に成功したのだった。
盗賊団《火事場の暴熊》――それが村の悩みの種となっている集団の名称だった。
数日前、赤く発光する鬣と蹄を持つ〝ルミネセンスホース〟に跨り、両刃の巨大戦斧を振るう赤毛の〝熊人〟が頭領を務める《火事場の暴熊》は、村を襲撃した。
唐突の出来事で混乱はあったものの、そこそこ自衛力を持っていたこの村は、村人総出で抵抗し、十数名の盗賊を討ち取った。
これ自体は結構凄い事だが、残念ながら防衛の綻びから多少の侵入を許してしまい、その時に若い村娘が数名攫われた。
思っていた以上の損害を受けた盗賊団は、これ以上力押ししても割に合わないと判断したのだろう。『村娘を返して欲しくば金を出せ、出せば無傷で返してやる、ただし援軍を呼べば安全は保証しない』と言い残して去っていったそうだ。
盗賊団が去った後、村人達はアンデッドを発生させない為に村人盗賊の区別なく死者の埋葬だけを終えると、壊された家屋の補修も後回しにして今後どうするかを話し合った。
この村ぐらいの規模なら、村人全員が家族のようなものだ。お互いを子供の頃から知っているし、協力して日常を過ごしている。
だから村としては、身代金を払えるものなら払い、村娘達を取り戻したい。
だが要求された額は、家屋の修繕などを考えると、簡単には払う事ができない。
非情かもしれないが、村娘数人の為に百数十名の村人の生活が困窮するのも、それはそれで困るのだ。
それでも何とかしようと、やれる事はやってみたらしいが、結局解決の目処が立たたないまま、支払い期限がやって来た。それが復讐者達が村を訪れた日の夕刻であり、もう少しで約束の時間になるところだったという。
時が過ぎるにつれ、自然と村人達の精神状態も穏やかではなくなりつつあった。そんなタイミングだっただけに、復讐者達は盗賊団の一員だと思われた結果、様子見しつつ隙あらば襲いかからんという村人の反応に繋がったのだそうだ。
俺は俺で、仮面はそこまで大きな理由では無かったのか、と思いつつ話の続きを待つ。
それでまあ、色々あって生まれ故郷を壊滅させられ、この手の輩に強い嫌悪感を持っていた復讐者は、ほぼ無償に近い金額で盗賊団の討伐を請け負った。
ただし、この討伐には他の団員は参加しないという条件で。
これは今回の件はあくまでも復讐者が個人的に請け負う、という形を取る為だった。もし鈍鉄騎士達も参加するとなると、傭兵団たる我々としてはそんな報酬額ではとても釣り合わないので、仕方がないのである。
そうした事情など知る由もない村長と村人は、ただならぬ気配を帯びた復讐者を畏れつつ、深々と頭を下げたそうだ。
そんな訳で、夕刻。復讐者は討伐依頼の手始めとばかりに、村の入り口にノコノコと集金にやって来た十数名の下っ端盗賊を、逃げる間も与えずサクリと殺害。
人質達がその場に連れて来られていなかった為、数名は生きたまま捕らえ、《戦に備えよ》流の拷問で監禁されている場所など全てを吐かせた。
手際よく情報を収集した後はそいつ等も処分し、遺体の後始末は鈍鉄騎士達に任せると、復讐者は一人、村を出発した。
その時には既に太陽は沈み、星月も無数の雲に覆われていた。
ランタンでも持てばどうとでもなるが、復讐者は奇襲する側である。存在を知られない為に、目立つ光源を持つ事はできない。
だが夜間訓練の成果として、優れた知覚能力を十二分に活用できるようになっていた復讐者は、暗闇の中でも動く事が可能だった。夜闇はむしろ、復讐者の姿を覆い隠し、拠点で宴会中だという盗賊団員達を暗殺する助けとなるのである。
隙をついて村娘の安全を確保し、盗賊団を皆殺しにして、依頼は完了となるはずだった。
しかし、盗賊団の拠点があるはずの、森の中の開けた場所は、遠くからでも分かる程激しく燃えていた。
何事かと思った復讐者は可能な限り気配を消して急行したが、現場に到着した時には全てが終わっていた。
夜に赤く輝くその場所で、復讐者は見て、嗅いで、聞いた。
《火事場の暴熊》の拠点の中央で、松明めいて激しく燃え上がるルミネセンスホース数頭と苦悶の表情を浮かべた盗賊達の焼死体。その傍らに転がる、潰された蛙のような無数の撲殺体。
直前まで宴会していた事が窺える、周囲に散った料理の数々。砕けた酒瓶から零れて地面に染み込むその中身。粉砕されたロングソードや大きく凹んだブレストプレートなど、破損した武具の数々。
周囲に充満する濃い血の匂い。バチバチと燃える木造の簡易テントから立ち昇る黒煙。撒き散らされた臓腑と糞尿の悪臭。
まだ息はあっても動けないのか、生きたまま炎に焼かれていく盗賊の断末魔。
それは、どう見ても誰かが盗賊団を殲滅した後だと分かる有様だった。
何が起こったのか復讐者が調べた末、激しく燃え盛る一画からやや離れた場所に、乱暴されたのかボロボロになった服を着た村娘達と、明らかに高価な武具を纏った二人の麗人を発見した。状況的に、この二人の麗人が村娘達を助けた事は明白だった。
そうして事情を聞く為に声をかける寸前、復讐者は二人に襲われた。
それが、復讐者の《副要人物》たる【妖炎の魔女】と【慈悲の聖女】との出会いだったそうだ。初対面でいきなり襲われるとは、なんともまたインパクトのある出会いである。
後になって聞いてみたところ、【妖炎の魔女】と【慈悲の聖女】は復讐者を、村へ集金しに出向いていた盗賊団の仲間だと勘違いしてしまったらしい。
一応襲いかかる前に村娘達に聞いたが、『あんな人は知らない』と言われたので、先手必勝とばかりに行動に移ったそうだ。
そんな勘違いから始まった戦闘だったわけだが、二人に襲いかかられた復讐者は、苦戦しつつも見事に勝利した。
以前の復讐者のままなら、高度な連携を自然に行う二人の前に敗れていた可能性もある。
しかし復讐者は、自力を上げる修業として、強力なマジックアイテムではなくありふれた量産武具のみを使用し、強力過ぎる加護能力及び〝戦技〟を封印して戦ってきた。自身の力に振り回される事もなく、存分に使いこなせるようになったその実力で、勝利を手に入れたのである。
手加減するだけの余裕すらあった復讐者は、気絶させた二人から装備を取り上げて頑丈な縄で捕縛した後、村娘達に事情を説明した。
救い主だった二人が負けた事でパニックになりかけていた村娘達を何とか落ち着かせると、血の池地獄もかくあらんというその場から、気絶した二人を担いで一旦離れるように指示。村娘達が指示に従っている間に、盗賊団の所有物からまだ使える物の回収を済ませ、まだ勢いよく燃えていた辺りを消火したそうだ。
やるべき事を終えた後は、気絶していた二人を強制的に起こし、村娘達の前で事情を説明。目覚めた瞬間の二人は、拘束されている事に気がつくと激しくもがいたらしいが、事情を理解するとようやく大人しくなったという。
そうして二人は自分達の勘違いを理解し、その償いとしてしばらくの間復讐者の為に働く、なんて言い出した――
聞いた話は、大体こんな感じである。
正直、激しくトントン拍子というか、都合がいいというか。
これが[詩篇]のもたらす運命なんだろうな、と思いつつ。
二人が復讐者の為に働く云々についてだが、復讐者の権限では勝手に承諾する事が出来なかったので、保留となっているそうだ。一連の説明の後、その判断が俺に委ねられた。
だが、コチラの被害といえばせいぜい復讐者が怪我をしたぐらい。それも大したモノではなかった上、錬金術師さん作の魔法薬で既に回復している。
つまり、彼女達から受けた被害らしい被害などはなかった訳だ。むしろ彼女達が倒した盗賊団から回収した品もあるので、少しばかり儲けさせてもらった、とも言える。
よって、仲間入りを強固に反対する理由はない。それに復讐者の《副要人物》なら、今後役立つ可能性は高いだろう、という思惑もある。
一方で、《副要人物》だから大丈夫だとは思うが、人づてに教えられた情報だけでは信用も信頼もできるはずはなく、彼女達と実際に話してみない事にはなんとも……
という事で、通信機能付き名刺、ならぬ〝名鉄〟経由で二人を面接した結果、問題無さそうだったので仲間入りの許可を出した。
今後は臨時団員として、復讐者の下で働いてもらう。能力はありそうなので、ぜひ頑張ってもらいたいものだ。
……なんてやりとりがあった他は、ひたすら情報収集に勤しんだ一日だった。
ただ、迷宮都市《ラダ・ロ・ダラ》の酒は絶品すぎて、情報収集のついでについつい飲んでしまったが、これは仕方ないだろう。
うん、仕方がない。
仕方がないんだ。
《二百三十七日目》
迷宮都市《ラダ・ロ・ダラ》には、『屋台通り』と呼ばれる一画が存在する。
名前通りズラリと屋台が並んでいるその通りは、串焼きやら焼きそばやら、そんな感じの様々な屋台料理が楽しめる場所だ。材料には派生ダンジョンから持ち帰られたドロップアイテムがふんだんに使用されている為、非常に美味しいと評判である。
誰でも使用できる無料訓練所で軽い午前訓練をこなした俺とカナ美ちゃんは、そこに昼飯を喰いに行った。
鉄板に載せられた分厚い肉が高熱を宿す灼岩によって焼かれ、食欲を掻き立てる匂いとジュウジュウという小気味よい音を発している。匂いと音の相乗効果で、自然と涎が溢れてくる。
そんな肉を包むのは、新鮮で瑞々しい野菜。野菜特有の甘さが、肉の旨みをより一層引き出す事に成功している。
濃厚な肉と新鮮な野菜、この組み合わせは最高だ。
そしてそれさえ凌ぐのは、やはり酒だ。
喉が焼けてしまいそうな程アルコール度数の高いここいらの火酒は、一度飲めば病みつきになるほど美味い。個人的には、なんとあのエルフ酒よりも上だ。
まあ、好みの差、程度の違いではあるが。
その他にも色々と料理を食べ歩いたのだが、結構楽しめた。
加えてこの屋台通りには、美味い料理が楽しめる、という事の他にも利点が存在する。
というのも、ここの主な客層は、派生ダンジョンから帰還したか、あるいは今から潜ろうとする攻略者達である。
攻略者は職業柄、俺達が求めている迷宮の情報を多く持っている訳だが、酒が入るここでは饒舌になり易い。その上、血と汗を流して無事帰還を果たした気の緩みなどもあって、普段は漏らさないような情報がポロっと出てくる事もある。
【盗聴】を使えば、通りを埋め尽くす雑音の中からでも話し声を拾う事ができるので、ここでの情報収集は効率が良いのだ。
普通なら聞けないそんな貴重な情報を集めつつ、屋台通りの料理を堪能し、色んな店を冷やかしながらゆっくりと宿に帰った。
夜にカナ美ちゃんと色々やった後、小腹が空いたので、残しておいた〝グリーフ・カリュブディス〟と〝アクリアム・ゴーレムボール〟、そして〝レッドアーム・ジェミニュヴィア〟の死体を二人で食べた。
[能力名【水災の大渦】のラーニング完了]
[能力名【悲嘆の叫涙】のラーニング完了]
[能力名【地形効果:水】のラーニング完了]
[能力名【緊急離脱】のラーニング完了]
[能力名【高圧縮】のラーニング完了]
[能力名【硬質球体】のラーニング完了]
[能力名【灼沸の赤腕】のラーニング完了]
[能力名【重複存在】のラーニング完了]
[能力名【存在復元】のラーニング完了]
亜神級神代ダンジョン【清水の滝壷】の階層ボス達はどれも美味かったが、この中であえて一番を決めるなら、やはりレッドアーム・ジェミニュヴィアだ。
特に両腕の部分が最高だ。
口の中で溶けてしまう程柔らかい肉に、ちょっとピリッとした辛さが加わり、味が引き立っていた。
カナ美ちゃんもかなり気に入っていたので、また皆で獲りに行こうと約束した。
これで残るは〝シャークヘッド・ボルトワイアーム〟の内臓のみだが、これは後の楽しみとして、しばらくとっておく事にしよう。
《二百三十八日目》
迷宮都市《ラダ・ロ・ダラ》に拠点を造る事にした。
純粋にここが気に入ったという理由もあるが、それだけではない。
俺は前々から、何かあった時の事を考えて、王国にある総合商会《戦に備えよ》本店以外にも、他国に身を隠す事ができる拠点を持つべきだと思っていた。
かなり極端な例になるが、王国の周辺国が結託して俺達を潰そうとしたとしよう。
俺達の商売相手になりそうな、あるいは既になっている者達に向けて『《戦に備えよ》相手に商売すれば俺達が黙っちゃいないぞ』とでも言ったとする。
国家にそう警告された時点で大半は逃げるだろう。それでも残ってくれる商売相手がいたとしても、やがては圧力に屈する。
また『《戦に備えよ》が複数の国から疎まれている』という認識が生まれれば、それを払拭するのに非常に無駄な労力が必要になる。
お転婆姫はそうなっても手助けしてくれそうではあるが、流石に王国だけで周辺国全てに対抗する事はできないし、下手をすれば王国が崩壊するだろう。お転婆姫がいても、第一王妃がいても、それは覆しようがない。
そして、国を思えば、俺達を切り捨てるのが当然だ。
武力だけでは解決できない、あるいは解決し難い問題もあるという事だ。
これはあくまでも極端な例だ。殆ど有り得ないだろう。
しかし似たような問題が出てくる可能性は無きにしも非ずなので、やれる事はやれる時にやっておいて、いざという時の手間を省きたい。
そんな訳で今日、総合商会《戦に備えよ》の子会社――迷宮商会《蛇の心臓》が密かに誕生した。
誕生したばかりの《蛇の心臓》には、当然ながら拠点となる店舗がまだない。
店員は既に連絡してこっちに来させている団員を使えばいいし、商品はしばらく余裕で回せる数がアイテムボックス内に入れてある。だが店舗がないと、商売だけでなく本来の目的である拠点造りすら滞る。
そこでまずは、迷宮都市内の土地や家屋の売買を主な商売にしている大手の商会に行って、店舗を買う事にした。
しかしそうなると、交渉が必要となる。
《蛇の心臓》と《戦に備えよ》の繋りはできるだけ秘匿したい。分体を【寄生】させた代理を仕立ててもいいのだが、手持ちのアビリティの【変身】と【形態変化】を使えば気軽に別人になれるので、今回はそちらの手段を用いる事にした。やはり分体経由よりも直接商談した方が色々とやり易いし、何より【買値三〇%減少】が効果を発揮してくれる。
早速、パッと見では誠実そうな、金髪碧眼の青年実業家風な外見に変身した。
服は清潔さを際立てつつも品の良いモノを選び、悪趣味にならない程度に装飾品で着飾っていく。
鏡を見て確認したが、これなら誰が見ても俺だとは分かるまい……いや、カナ美ちゃんはこの状態でもひと目で看破してしまったので、誰が見ても、とは言えないか。
それはさて置き、一人で行くのもどうかと思い、付き添いを造る事にした。
【中位魚人生成】で済めば手っ取り早かったのだが、流石に陸上で魚人は無理がある。陸上生活が可能な肺魚型の魚人や半魚人達なら使えない事もないが、しかし内陸であるここには滅多に居ない種なので今回は止めておく。
それでどうしたかというと、【下位アンデッド生成】を使ってブラックスケルトンを一体生成し、それを分体でコーティング。そこに更に【変身】というひと手間を加えた。
そうして生まれたのが、白髪の目立つ老年執事だ。
高級な執事服を着こなす直立不動なその姿は勇ましく、老年ではあるが不埒な輩などひと捻りしてしまいそうな雰囲気を纏っている。
コイツが変身した状態の俺に付き従うと、なかなかそれっぽくなった。思いつきだったがこれで正解のようだ。
こうして準備が整うと、骸骨百足……ではなく普通の馬車に乗って、目当ての大手商会まで直行した。
到着した店舗は三階建てと非常に大きく、迷宮から採掘したのだろう大理石や木材のような何かを多用して造られている。
周囲の物件よりも金がかかっているとひと目で伝わってくる。この商会の財力と権威を分かりやすく示しているのだろう。肝の小さな商人なら、これだけで威圧されてしまうのかもな。
まあ、俺にとってはそんな事はどうでもよく、さっさと中に入って店員を捕まえ、要件を伝えた。
するとしばらく待たされた後、奥の部屋に案内される。
そこはやや小ぢんまりとしていたが、ソファは上質なもので、出された紅茶や菓子はお転婆姫が出してくれた最高級品に近い中々の代物だ。
それを遠慮なく堪能していると、今回の交渉相手が部屋に入ってきた。
まだ年若い青年だ。丸眼鏡をかけた優男で、その顔にはニコニコと常時微笑を貼り付けている。
正直胡散臭いが、話をサクサクと進めていく。
俺が今回求めた物件の条件は、
・迷宮都市《ラダ・ロ・ダラ》に存在する三つの【派生ダンジョン】全てと大体等距離にある
・小さいよりも大きい方が良い
という二つだけだ。
三つの【派生ダンジョン】はそれぞれを線で結ぶと、丁度正三角形に近い形になる。
だから三角形の中心くらいに物件があればいいのだが、そこはやはり立地的に人気の場所で、宿泊施設や換金所など、様々な施設が集まっている。いい物件が残っている可能性はほぼ無いと言っていいだろう。
駄目元で聞いてみたのだが案の定、普通の物件は残っていないと言われた。
しかし問題のある物件なら残っている、とも言う。
詳しく聞いてみると、そこは昔、名を馳せた攻略者が膨大なドロップアイテムと潤沢な資金を注ぎ込んで建築した屋敷だそうだ。
屋敷は三角形の中心点から微妙に上へズレた場所に存在し、上空から見ると〝工〟型の構造になっている、地下室付き地上三階建て。
屋敷の周囲には高さ約五メートル、幅約二〇センチ、一辺の長さ約一〇〇メートルという正方形状の壁が存在しているので、俺の目的の一つである拠点として使う事も十分に可能だ。
立地的にも広さ的にも、王都本店の時と同じく、多少手を加えれば即座に店舗にできる、まさに打ってつけの物件と言えた。
しかし数ヶ月前から、この屋敷には多数の不法滞在者が居座り、占拠しているらしい。
住み着いているのがただのゴロツキや貧乏人なら問題は無かったのだが、残念ながらそいつ等は裏稼業が専門の、品行方正ではないタイプの攻略者集団だという。
集団の中に実力者が混じっているのが非常に厄介で、当然何度か退去させようとしたらしいが、全て失敗してしまったらしい。
そんな事情を聞いた後も、勿論交渉を続けた。
これほどいい立地の物件を逃すなんて勿体ない。曰く付きの物件とあれば尚更だ。上手い事やれば、普通に買うよりも格安で手に入るのだから。
そうして、あの手この手で若い担当者を言いくるめ、途中で中年の担当者に代わった後も交渉を進め、最終的にはここの商会長である老人と直接交渉して、買い取る事を決めた。
最初の提示額よりも遥かに安くなっただけでなく、住み着いた攻略者達を退去させる事ができたら、改装も格安で行ってくれるという。
いやいや、実にいい取引だった。
さてと、この姿のまま寄り道してから帰るとするか。
その夜、たった一晩の間に、件の屋敷に不法滞在していた数十人の攻略者は忽然と姿を消した。
彼ら不法滞在者は実はライバル商会によって差し向けられていた、なんて裏事情が判明したりしなかったりしたが、まあ、そういう事もあるだろう。
アビリティを得られなかったが、色々と使えるドロップアイテムを回収できたのは僥倖だった。
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この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
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