司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ

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第4章:異界文書

57.

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 さらに二週間が経過した雨の降る午後、雨音を聞きながら私は静かにペンを置いた。

「……やったぁ! ようやく二冊分をやり遂げたぞー!」

 思わず声を上げてしまった私に、横からサブリナさんの冷静な声がかけられる。

「ちょっとヴィルマ、静かにしてくれる? 嬉しいのはわかるけど、いきなり大声を出されて手が滑ったらどうしてくれるの?」

「――あ! ごめんなさい、サブリナさん。嬉しくて、つい」

 術式でインクを手早く乾かし、二冊分の紙束に丁寧に折り丁を作っていく。

 麻糸で折り丁を手早く綴じ、糊を背に塗って装丁を張り付けた。

 まっさらの新品だけど、見た目は原本と同じ本が二冊出来上がった。

『おいおい! 先に俺を元に戻してくれよ!』

「あ、それもそうだったね。ごめんごめん」

 マギーの身体、魔導書である『異界文書マギア・エクストラ』も折り丁を麻糸で綴じ、≪粘着≫の術式で元々の糊に粘着力を蘇らせて装丁を綺麗に張り直す。

 コップに移しておいたマギーの魂を魔導書に戻せばお終いだ。

 マギーにブックカバーとブックバンドを付け、背中に背負う私に向かって、サブリナさんが疲れたような声で告げる。

「相変わらず、信じられない速度よね。その上に魂を操る魔導なんて、他人に言っても信じないわよ。
 ラーズさんが目に見えないほどの速さで作業をしていたのも見てたけど、やっぱりあなたも化け物なのは変わらないからね?」

 私は唇を尖らせながら抗議する。

「化け物とかモンスターとか、みんな乙女をなんだと思ってるんですか。
 ――それより、ヴォルフガングさんを呼んできてもらえますか。
 私はお爺ちゃんを呼んできます!」

 頷いたサブリナさんと二人で図書館を出る。

 傘をさすサブリナさんと、魔力のまゆで雨を弾く私。

 衛兵もサブリナさんも、私のことを訝しみながら見つめてきた。

「何よそれ、なんで雨があなたを避けてるのよ……」

「え? 雪を避ける生活魔術と同じですよ。
 雨を魔力で避けてるだけです……なんで変な顔をしてるんですか?」

「あなたそれ、疲れないの? 傘をさした方が楽じゃない?」

「ん~、特に疲れる気はしませんし、両手が空きますし、足元の水も弾けますから、靴も濡れませんし。
 こっちの方が便利ですよ? サブリナさんも使ってみたらどうですか?」

 はぁ、とため息をついたサブリナさんが、無言で校舎に向かっていった。

 あれー? 変な事言っちゃったかな?

 私も宿舎に向かって弾む気分で足取り軽く歩きだした。




****

 お爺ちゃんとヴォルフガングさんが修復室にやって来て、二冊の写本をそれぞれ確認していった。

 ヴォルフガングさんが唸るように告げる。

「見事だ。この異質な魔力を実際に再現してみせるとは。
 書かれている内容も、正確に反映されているように見える――文字として読めないのが、残念だけどね」

 お爺ちゃんもぺらぺらとページをめくりながら私に告げる。

「おー、よくできてるじゃねーか。上出来だ。
 これなら九十点には届かねーが、八十五点ぐらいはくれてやる」

 私は思わず声を上げる。

「ちょっとお爺ちゃん! どこに不満があるっての?! きっちり正確に写本してあるでしょ?!」

 お爺ちゃんが図形に見える文字の一つを指さしながら告げる。

「――例えばこの部分、魔力の複製精度がまだ甘い。
 二冊同時だから疲れて集中力がぶれたか?
 模倣するのが難しい魔力だし、常人に気付かれることはないと思うが、まだまだ精進がたりねぇな」

 言われて慌てて指摘された部分を見てみる。ん~~~~~。

 よ~~~~~~~~~く見てみると、確かにほんのわずか、魔力が他と違ってる気がする。

 でもこんなの、髪の毛一本分の百分の一未満ぐらいのわずかな違いだ。

 ヴォルフガングさんも一緒に見てくれたけど、困惑するように口を開く。

「私には、他の文字の魔力と違って見えるようには思えない。
 私にわからないのだから、これに気付ける魔導士はまず居ない。
 十五点も減点するような過失ではないだろう」

 お爺ちゃんが馬鹿にするような目でヴォルフガングさんを見た。

「わかってねぇな。こいつは『異界文書マギア・エクストラ』。
 その魔力のわずかなゆらぎで、意味が変わったらどうしてくれる?
 ヴィルマには正しく複製する技術が確かにある。
 できることをやり通せなかったんだから、十五点程度は減点されても仕方ねぇだろうが」

 サブリナさんが私を抱きしめながらお爺ちゃんに抗議する。

「ちょっとラーズさん、もう少し褒めてあげたらどうなの? 一か月間、ずっと頑張ってたのよ?」

 お爺ちゃんは冷たい眼差しでサブリナさんの視線を打ち返していた。

「だから八十五点だと言ってるし、『よくできてる』とも伝えたろうが。
 満点はやれねーが、写本としては充分じゃねーか?
 ――だがなサブリナ、勘違いをするなよ?
 努力をすればそれで良いなんてのは、いつか心を腐らせる。
 目標に向かって正しい努力をして初めて評価されるんだ。
 仕事に誇りを持つなら、結果にこそ責任を持て」

 サブリナさんが逆にしゅんとして落ち込んでしまった。

 ……お爺ちゃん、こういうところが職人気質だからなぁ。

 私は慣れてるけど、普段の優しいお爺ちゃんしか知らないと、びっくりするよね。

 写本を閉じたお爺ちゃんが告げる。

「よーし、大きなミスはなさそうだな。中身を読めねぇから、魔力を精査しただけだが。
 ――そっちはどうだ、ヴォルフガング」

 ヴォルフガングさんも、写本を閉じて頷いた。

「私の目では、経年劣化していない点を除いて、完全な複製にしか見えない。
 実に素晴らしい仕事だ。
 ――ではどちらかの本に、原本と偽るための加工をするとしよう」

 お爺ちゃんが頷いた。

「見た目では俺の持ってる本が原本に近くできている。
 これに同等の経年劣化を引き起こせば、複製は終いだな――」

 話をしているお爺ちゃんの手の中で、見る間に写本が原本のように朽ちかけた魔導書に変わっていった。

 ゆっくりと机の上に置かれたそれは、朽ち具合もマギーそっくりに模倣されている。

「凄い、こんなことできるの?!」

 お爺ちゃんが得意そうにニヤリと微笑んだ。

「ヴィルマにもこれぐらいは、すぐにできるようになる。大して難しい技じゃねぇよ」

 今度はヴォルフガングさんが朽ちた写本に手をかざし、術式を施していく。

「では私が特定条件で崩壊する術式を仕込んでおこう。
 トリガーは……そうだな、原本の『異界文書マギア・エクストラ』から一定距離離れたら、としておこうか。
 時間が条件では、輸送で手間取った時に面倒になるかもしれないからね」

 ヴォルフガングさんが手慣れた感じで術式を施していく。隠蔽魔術も併用してるのはさすがだ。

 こうして、私たちは目的だった『二冊の写本』を完成させた。

 ヴォルフガングさんが本を二冊とも受け取り、口を開く。

「ではこれは、私がこれから王宮に持ち帰ろう。
 設置時に封印結界も張る必要があるから、そこのランプも回収していくよ」

「はい! 後はよろしくお願いします!」

「承ろう」

 ヴォルフガングさんは二冊の写本と四つのランプを手提げ袋に入れ、術式で保護してから修復室を後にした。

 私は達成感と疲労感で、椅子に腰を下ろし、机の上で伸びていた。

「あ~~~~~~やりきった~~~~~!」

 サブリナさんが私の頭を撫でてくれながら微笑んだ。

「お疲れ様、ヴィルマ。今日はもう早上がりして、ゆっくり休んだら? 一か月間働き詰めだったでしょう?」

 私は「よいこらしょ」と立ち上がって応える。

「いえ! そうは言ってられません! 私は司書ですから、きちんと仕事を――?」

 気が付くと私は、お爺ちゃんに抱きかかえられていた。

 お爺ちゃんがサブリナさんに告げる。

「ヴィルマは宿舎に連れ帰る。責任者――ディララ、だったか? あいつにそう伝えておいてくれ」

 サブリナさんが微笑みながら頷いて「わかったわ」と応えた。

「お爺ちゃん?! 私はまだ動けるよ!」

「馬鹿野郎、自分の体調管理ぐらいしっかりしとけ。
 今のお前はもう疲れ切ってる。休息が必要だ」

 お爺ちゃんが厳しい目で睨み付けてきたので、私は大人しく口を閉じた。

 そのまま図書館を出て、宿舎に向かうお爺ちゃんを見ながら、私は告げる。

「お爺ちゃんも雨を魔力で弾くんだね。
 やっぱりこっちの方が、傘をさすより楽だよね?」

 お爺ちゃんがニヤリと笑った。

「今は両手が塞がってるから魔力で弾いてるだけだ。
 俺は問題ないが、普通の人間は雨をしのぐのにこんな技を使おうとはしない。
 それなりに集中力が要るし、技術も求められる。何より目立つしな。
 俺やヴィルマの感覚が一般人に通用すると思うなよ?」

 そっか、そういうものなのか。

 私はお爺ちゃんに抱えられながら、宿舎のドアをくぐった。
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