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それじゃあエルガ、後はお願いね
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私は手鞄を持つと、見送りに来てくれたエルガに微笑んで告げる。
「それじゃあエルガ、私が居ない間、フレデリック様のことをお願いね」
「ええ、任せてユーディト。ジルベンメーア侯爵家の名にかけてお世話してみせるわ」
私はエルガに見送られ、聖教会行きの乗合馬車に乗り込んだ。
――我がアルスマイヤー男爵家に、自家用の馬車なんてないのだから仕方ないわよね。
なんとか窓辺の席を確保できた私は、見えなくなるまでエルガに手を振っていた。
事の発端は一か月前。聖教会に居る大聖女から、新たな次の大聖女として私が指名されたのだ。
聖教会に所属する聖女たちではなく、ただの男爵令嬢を指名したということで、聖教会でも王国側でも上を下への大騒ぎだったらしい。
私には断る権利もなく、否が応でも頷くしかなかった。
次期大聖女として私には、一年間の修行期間が与えられた。
その中で大聖女の資格がないと判断されれば私は解放され、別の大聖女候補を探すことになるらしい。
……正直に言って、私に大聖女の資格なんてないと思うんだけど。
だからこの時、私はすぐに帰ってこれるものだと思っていた。
私にとって一番の親友、ジルベンメーア侯爵令嬢のエルガ。
彼女は身分の差を気にすることなく、幼いころから一緒に遊んでくれた仲だ。
そしてもう一人、そんな人が居た――第一王子のフレデリック様。
彼は私の黒い髪と瞳を『美しい』と言ってくれ、子供ながらに将来を誓いあった。
もちろん、男爵家の娘でしかない私が、本当にフレデリック様と結ばれることなんかない。
それは子供でも理解できていたのだけれど、夢を見るくらいは許されたかった。
おっちょこちょいであわてんぼうのフレデリック様が少し心配だけど、しっかり者のエルガが傍についていてくれるなら安心だ。
――今日はフレデリック様、見送りに来てはくださらなかったな。
それはしょうがないことなのかもしれない。乗合馬車の見送りに王子が来るなんて、騒ぎが起こって大変だもの。
すぐにまた会える――そう思って、この時は我慢をした。
馬車はのんびりと乗客を乗せ、王都の道を駆けて行った。
****
聖教会の中では、外界との接触を禁止された。
私は見ず知らずの人たちに囲まれ、慣れない環境で言われるままに神に祈りを捧げ続けた。
私が祈る姿を見て、現在の大聖女ジルフィア様が満足気に頷いた。
私の修業期間は、一年間の満期を迎えるまで続けられた。
一年振りに外界に出て、聖教会の馬車で私は王都に送られた。
正式な大聖女就任は、ジルフィア様が亡くなられた後かららしい。
……いったい私の、何を見て大聖女の資格があると思ったのだろう。
私より信心深い聖女も、聖教会には大勢いたと思うんだけど。
大聖女なんて大任、私に務まるのかな……。
だけど一つだけ朗報があった。
大聖女の格は王族に匹敵する。
次期大聖女の私は、つまり王太子のようなものなのだ。
これなら、フレデリック様と婚姻することも可能になる。
婚姻する聖女や大聖女は珍しいらしいけど、規則で禁止されてる訳ではないと確認もしてきた。
私はうきうきと踊る心を持て余しながら、馬車に揺られて王都のタウンハウスへ向かっていった。
****
「――えっ?! フレデリック様とエルガが、結婚するの?!」
お父様から知らされたのは、そんなニュースだった。
「ああ、半年間の婚約期間を経て、今週末に挙式する。
お前は二人と仲が良かったのだから、出席できたらよかったのだがな。
今から招待状を要求しても、間に合うまい」
私は呆然としながら、お父様の言葉を聞いていた。
私の行動は速かった。
王都の聖教会に行き、披露宴に出席できるよう取り計らってもらえないか頼んだ。
王家は渋ったようだけれど、次期大聖女直々の頼みを断る力は王家にもないらしい。
私は聖教会の神官から披露宴の招待状を手渡され、ニンマリと微笑んだ。
招待状を見てニヤついている私を見て、お母様が告げる。
「あなたはフレデリック殿下を慕っていたのではないの?
そんな殿下と親友であるエルガとの披露宴なんて、辛くないのかしら」
「大丈夫ですわ、お母様。
大切な友人たちの晴れの場ですもの。
私もしっかりと二人を祝福してみせますわ」
私は大切に招待状を抱え、自室に戻っていった。
****
フレデリック様とエルガの結婚式が終わり、披露宴が始まった。
私は披露宴から参加し、用意されたテーブルに着いた。
ご丁寧に、テーブルは会場の隅っこ――次期大聖女を、こんな隅に追いやってもいいのかしら。
私とフレデリック様のことは、貴族たちの間でも知られていたらしい。
来場してくる招待客たちが、私に向かって困惑する視線を寄越してきた。
私は彼らに、微笑みで応えていく。
やがて新郎新婦が入場し、場が大いに盛り上がった。
二人の友人たちから祝辞が続き、フレデリック様たちは笑顔でそれを受け取った。
司会が祝辞の時間の終わりを告げると同時に、私は席を立った。
そのまま私はステージに歩み寄っていく。
――私からも祝辞を申し出ていたのに、それを無視したわね?
笑顔でステージに歩いて行く私を、来客たちが、そしてフレデリック様とエルガが困惑して見つめていた。
ステージに上がった私は、司会を押しのけて新郎新婦を見つめて告げる。
「二人とも結婚おめでとう。
共通の友人として、心からのお祝いを申し上げますわ」
フレデリック様が、困惑したまま頷いた。
「あ、ああ。ありがとうユーディト」
エルガは気まずそうに私から目をそらしている。
「どうしたの? エルガ。せっかくお祝いを述べたのだから、素直に受け取ってくれてもいいのよ?
一年前に私がお願いした通り、あなたは『しっかりと』フレデリック殿下の『お世話』をしたみたいね?」
「……ありがとう、ユーディト」
私はころころと笑いながら告げる。
「まさか、あなたもフレデリック殿下を狙っていただなんて、一緒に居て全く気が付かなかったわ。
確かに私は男爵家の家柄、殿下と結ばれる可能性なんて、養子にでも入らなければあり得ないものね?
それなら次に親しかったエルガが殿下と結ばれても、何の不思議もないと思えるわ」
困惑したフレデリック様が、眉をひそめて私に告げる。
「ユーディトお前、何を言いたいんだ」
「いえね? 私は一年間の大聖女修行の中で、いくつかの奇跡を祈れるようになりましたの。
せっかくですので、余興としてこの場で披露いたしますわ」
私が神へ祈りを捧げると、ステージの壁一面が淡く輝き、何かの映像が映し出されて行く。
それと共に映像から声も聞こえだした。
『ああフレデリック様、お慕い申し上げております』
『私もだユーディト。この世で愛する女性は、お前ひとりだ』
それは十四歳の時に経験した、ひと夏の思い出。
王家の避暑地に招待され、湖畔のコテージで一夜を共にした、私とフレデリック様の記憶。
その赤裸々な映像が、誰の目にも見えるように大きく映し出されていた。
そのまま男女の営みが続く様子を、私は映し続けた。
来客も、司会も、国王陛下たちも、新郎新婦も言葉を失い、映像を見つめているようだった。
充分に場のみんなが全てを理解したところで、私は映像を打ち切って告げる。
「……改めて、フレデリック殿下には『ご結婚おめでとうございます』と述べさせていただきますわ。
婚前交渉で大聖女を抱いた男として、これからもその武勇伝を語り継げばよろしいのではなくて?
――エルガも大変ね? 殿下は男爵令嬢なら、愛を説いてすぐに手を出してしまうような方よ?
これからも浮気をされないよう、くれぐれも気を付けるのね」
気まずくなって目をそらすフレデリック様と、彼への嫌悪感をあらわにしたエルガの表情を確認して、私は満足してステージを降りた。
そのまま私は披露宴の会場を後にし、自宅へと戻っていった。
****
お父様たちが聞いてくる噂では、あの後フレデリック様とエルガはすぐに奥に引っ込んでしまったらしい。
国王陛下や王妃殿下、ジルベンメーア侯爵夫妻も奥に引っ込んだとの事なので、緊急の家族会議でもしたのだろう。
来客たちは様々な噂を流し、フレデリック様の軽薄ぶりを非難していた。
そもそも私とフレデリック様が仲睦まじいことは元々噂になっていて、いつか私が上位貴族に養子入りするだろうと言われていたらしい。
そんな私を捨てエルガを取り、婚姻してしまった。
次期大聖女に対する大きな無礼を働いたことになり、国王陛下たちは頭を抱えているらしい。
……それはそうよね。今の私は王族に匹敵する権威を持つんだもの。
他国の王族にこんなことをしたら大問題、国際問題からの戦争にだって発展する。
噂を聞き付けた聖教会もそこは同じようで、この国の王家に強い抗議を伝えたという。
お父様が、おずおずと私に告げる。
「ユーディト、お前は大丈夫なのか」
私は微笑んで応える。
「ええ、問題ありませんわ。
私は次期大聖女。聖女や大聖女は、婚姻する人間が少ないらしいの。
ですから私も、生涯独身を貫くことでしょう。
一時の幻とは言え、フレデリック殿下に愛は教えていただきました。
私にはそれで充分ですわ」
これでフレデリック様の軽薄な性分が直れば良いのだろうけれど、お母様は「ああいうのは、治らないのよ」と仰った。
きっとエルガは、これからもフレデリック様の浮気に悩まされるだろう。
侍女がリビングにやって来て告げる。
「聖教会の馬車が参りました」
「ええ、今行きますわ。
――お父様、お母様。行ってまいりますわね」
これから王族と聖教会で話し合いが行われる。
事の真偽を確認する意味で、私も場に呼ばれた。
あの映像が真実だと認定されれば、王家は聖教会と我が男爵家に賠償金を支払うことになるだろう。
でもきっとあの二人なら大丈夫。
エルガは『ジルベンメーア侯爵家の名にかけてお世話してみせる』と言い切ったのだから、最後まで『お世話』をしてくれるだろう。
……一度宣言したことなのだから、逃げ出せると思わないでね? エルガ。
私は微笑みを湛えながら、聖教会の馬車に乗りこんだ。
「それじゃあエルガ、私が居ない間、フレデリック様のことをお願いね」
「ええ、任せてユーディト。ジルベンメーア侯爵家の名にかけてお世話してみせるわ」
私はエルガに見送られ、聖教会行きの乗合馬車に乗り込んだ。
――我がアルスマイヤー男爵家に、自家用の馬車なんてないのだから仕方ないわよね。
なんとか窓辺の席を確保できた私は、見えなくなるまでエルガに手を振っていた。
事の発端は一か月前。聖教会に居る大聖女から、新たな次の大聖女として私が指名されたのだ。
聖教会に所属する聖女たちではなく、ただの男爵令嬢を指名したということで、聖教会でも王国側でも上を下への大騒ぎだったらしい。
私には断る権利もなく、否が応でも頷くしかなかった。
次期大聖女として私には、一年間の修行期間が与えられた。
その中で大聖女の資格がないと判断されれば私は解放され、別の大聖女候補を探すことになるらしい。
……正直に言って、私に大聖女の資格なんてないと思うんだけど。
だからこの時、私はすぐに帰ってこれるものだと思っていた。
私にとって一番の親友、ジルベンメーア侯爵令嬢のエルガ。
彼女は身分の差を気にすることなく、幼いころから一緒に遊んでくれた仲だ。
そしてもう一人、そんな人が居た――第一王子のフレデリック様。
彼は私の黒い髪と瞳を『美しい』と言ってくれ、子供ながらに将来を誓いあった。
もちろん、男爵家の娘でしかない私が、本当にフレデリック様と結ばれることなんかない。
それは子供でも理解できていたのだけれど、夢を見るくらいは許されたかった。
おっちょこちょいであわてんぼうのフレデリック様が少し心配だけど、しっかり者のエルガが傍についていてくれるなら安心だ。
――今日はフレデリック様、見送りに来てはくださらなかったな。
それはしょうがないことなのかもしれない。乗合馬車の見送りに王子が来るなんて、騒ぎが起こって大変だもの。
すぐにまた会える――そう思って、この時は我慢をした。
馬車はのんびりと乗客を乗せ、王都の道を駆けて行った。
****
聖教会の中では、外界との接触を禁止された。
私は見ず知らずの人たちに囲まれ、慣れない環境で言われるままに神に祈りを捧げ続けた。
私が祈る姿を見て、現在の大聖女ジルフィア様が満足気に頷いた。
私の修業期間は、一年間の満期を迎えるまで続けられた。
一年振りに外界に出て、聖教会の馬車で私は王都に送られた。
正式な大聖女就任は、ジルフィア様が亡くなられた後かららしい。
……いったい私の、何を見て大聖女の資格があると思ったのだろう。
私より信心深い聖女も、聖教会には大勢いたと思うんだけど。
大聖女なんて大任、私に務まるのかな……。
だけど一つだけ朗報があった。
大聖女の格は王族に匹敵する。
次期大聖女の私は、つまり王太子のようなものなのだ。
これなら、フレデリック様と婚姻することも可能になる。
婚姻する聖女や大聖女は珍しいらしいけど、規則で禁止されてる訳ではないと確認もしてきた。
私はうきうきと踊る心を持て余しながら、馬車に揺られて王都のタウンハウスへ向かっていった。
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「――えっ?! フレデリック様とエルガが、結婚するの?!」
お父様から知らされたのは、そんなニュースだった。
「ああ、半年間の婚約期間を経て、今週末に挙式する。
お前は二人と仲が良かったのだから、出席できたらよかったのだがな。
今から招待状を要求しても、間に合うまい」
私は呆然としながら、お父様の言葉を聞いていた。
私の行動は速かった。
王都の聖教会に行き、披露宴に出席できるよう取り計らってもらえないか頼んだ。
王家は渋ったようだけれど、次期大聖女直々の頼みを断る力は王家にもないらしい。
私は聖教会の神官から披露宴の招待状を手渡され、ニンマリと微笑んだ。
招待状を見てニヤついている私を見て、お母様が告げる。
「あなたはフレデリック殿下を慕っていたのではないの?
そんな殿下と親友であるエルガとの披露宴なんて、辛くないのかしら」
「大丈夫ですわ、お母様。
大切な友人たちの晴れの場ですもの。
私もしっかりと二人を祝福してみせますわ」
私は大切に招待状を抱え、自室に戻っていった。
****
フレデリック様とエルガの結婚式が終わり、披露宴が始まった。
私は披露宴から参加し、用意されたテーブルに着いた。
ご丁寧に、テーブルは会場の隅っこ――次期大聖女を、こんな隅に追いやってもいいのかしら。
私とフレデリック様のことは、貴族たちの間でも知られていたらしい。
来場してくる招待客たちが、私に向かって困惑する視線を寄越してきた。
私は彼らに、微笑みで応えていく。
やがて新郎新婦が入場し、場が大いに盛り上がった。
二人の友人たちから祝辞が続き、フレデリック様たちは笑顔でそれを受け取った。
司会が祝辞の時間の終わりを告げると同時に、私は席を立った。
そのまま私はステージに歩み寄っていく。
――私からも祝辞を申し出ていたのに、それを無視したわね?
笑顔でステージに歩いて行く私を、来客たちが、そしてフレデリック様とエルガが困惑して見つめていた。
ステージに上がった私は、司会を押しのけて新郎新婦を見つめて告げる。
「二人とも結婚おめでとう。
共通の友人として、心からのお祝いを申し上げますわ」
フレデリック様が、困惑したまま頷いた。
「あ、ああ。ありがとうユーディト」
エルガは気まずそうに私から目をそらしている。
「どうしたの? エルガ。せっかくお祝いを述べたのだから、素直に受け取ってくれてもいいのよ?
一年前に私がお願いした通り、あなたは『しっかりと』フレデリック殿下の『お世話』をしたみたいね?」
「……ありがとう、ユーディト」
私はころころと笑いながら告げる。
「まさか、あなたもフレデリック殿下を狙っていただなんて、一緒に居て全く気が付かなかったわ。
確かに私は男爵家の家柄、殿下と結ばれる可能性なんて、養子にでも入らなければあり得ないものね?
それなら次に親しかったエルガが殿下と結ばれても、何の不思議もないと思えるわ」
困惑したフレデリック様が、眉をひそめて私に告げる。
「ユーディトお前、何を言いたいんだ」
「いえね? 私は一年間の大聖女修行の中で、いくつかの奇跡を祈れるようになりましたの。
せっかくですので、余興としてこの場で披露いたしますわ」
私が神へ祈りを捧げると、ステージの壁一面が淡く輝き、何かの映像が映し出されて行く。
それと共に映像から声も聞こえだした。
『ああフレデリック様、お慕い申し上げております』
『私もだユーディト。この世で愛する女性は、お前ひとりだ』
それは十四歳の時に経験した、ひと夏の思い出。
王家の避暑地に招待され、湖畔のコテージで一夜を共にした、私とフレデリック様の記憶。
その赤裸々な映像が、誰の目にも見えるように大きく映し出されていた。
そのまま男女の営みが続く様子を、私は映し続けた。
来客も、司会も、国王陛下たちも、新郎新婦も言葉を失い、映像を見つめているようだった。
充分に場のみんなが全てを理解したところで、私は映像を打ち切って告げる。
「……改めて、フレデリック殿下には『ご結婚おめでとうございます』と述べさせていただきますわ。
婚前交渉で大聖女を抱いた男として、これからもその武勇伝を語り継げばよろしいのではなくて?
――エルガも大変ね? 殿下は男爵令嬢なら、愛を説いてすぐに手を出してしまうような方よ?
これからも浮気をされないよう、くれぐれも気を付けるのね」
気まずくなって目をそらすフレデリック様と、彼への嫌悪感をあらわにしたエルガの表情を確認して、私は満足してステージを降りた。
そのまま私は披露宴の会場を後にし、自宅へと戻っていった。
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お父様たちが聞いてくる噂では、あの後フレデリック様とエルガはすぐに奥に引っ込んでしまったらしい。
国王陛下や王妃殿下、ジルベンメーア侯爵夫妻も奥に引っ込んだとの事なので、緊急の家族会議でもしたのだろう。
来客たちは様々な噂を流し、フレデリック様の軽薄ぶりを非難していた。
そもそも私とフレデリック様が仲睦まじいことは元々噂になっていて、いつか私が上位貴族に養子入りするだろうと言われていたらしい。
そんな私を捨てエルガを取り、婚姻してしまった。
次期大聖女に対する大きな無礼を働いたことになり、国王陛下たちは頭を抱えているらしい。
……それはそうよね。今の私は王族に匹敵する権威を持つんだもの。
他国の王族にこんなことをしたら大問題、国際問題からの戦争にだって発展する。
噂を聞き付けた聖教会もそこは同じようで、この国の王家に強い抗議を伝えたという。
お父様が、おずおずと私に告げる。
「ユーディト、お前は大丈夫なのか」
私は微笑んで応える。
「ええ、問題ありませんわ。
私は次期大聖女。聖女や大聖女は、婚姻する人間が少ないらしいの。
ですから私も、生涯独身を貫くことでしょう。
一時の幻とは言え、フレデリック殿下に愛は教えていただきました。
私にはそれで充分ですわ」
これでフレデリック様の軽薄な性分が直れば良いのだろうけれど、お母様は「ああいうのは、治らないのよ」と仰った。
きっとエルガは、これからもフレデリック様の浮気に悩まされるだろう。
侍女がリビングにやって来て告げる。
「聖教会の馬車が参りました」
「ええ、今行きますわ。
――お父様、お母様。行ってまいりますわね」
これから王族と聖教会で話し合いが行われる。
事の真偽を確認する意味で、私も場に呼ばれた。
あの映像が真実だと認定されれば、王家は聖教会と我が男爵家に賠償金を支払うことになるだろう。
でもきっとあの二人なら大丈夫。
エルガは『ジルベンメーア侯爵家の名にかけてお世話してみせる』と言い切ったのだから、最後まで『お世話』をしてくれるだろう。
……一度宣言したことなのだから、逃げ出せると思わないでね? エルガ。
私は微笑みを湛えながら、聖教会の馬車に乗りこんだ。
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