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第2章 契約
第12話 時間をください
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夕食の席で、シュバイクおじさまに尋ねる。
「私に婚約打診の話が来ているというのは本当?」
「おや、耳が早いね。
お前は不服なのかい? 顔色が優れないようだが」
私は迷った末に、『はい』とも『いいえ』とも言えなかった。
おじさまが小さく息をついた。
「そうか、サラ様だね?
だが今回は王家からの打診。ジルケ公爵に知らせないわけにもいかない。
彼が王都に来れば、おそらく話は進んでしまうだろう」
「……私はどうしたらいいのかな」
「ステファン殿下に不服はないのだろう?
だが心がそれを許してくれない」
私はゆっくりと頷いた。
「では、こう考えてみてはどうだろう。
『自分は勝利者』だと思わず、ただ素直に自分の気持ちに向き合ってごらん。
お前は選ばれない者の苦しみを思える子だ。
同時に、殿下をその立場に追いやれる状況にある」
私は黙っておじさまの言葉を聞いていた。
「誰の心を一番大切にしたいのか、よく考えてごらん?
人間は神じゃない。全員を救うことはできないんだ。
だから、自分にとって譲れない物をきちんと見極めなさい」
「……はい、おじさま」
私は静かに夕食を終えると、自分の部屋に戻った。
****
星明りだけの真っ暗な部屋で、暗闇に目を凝らす。
おじさまが言っていたことも、少しだけわかる。
私がステファンの婚約を断れば、彼にも『選ばれなかった者』の苦しみを与えることになる。
そうまでして守りたいものが、今の私にあるのかな。
私の心は彼の選択を嬉しく感じている。
『カリナ』の心も、そう感じてる気がする。
そのすべてに背を向けて『悪者になりたくない』というのは簡単だ。
だけど、その結果は誰の気持ちも報われないことになる。
――時間が欲しい。
自分の気持ちが確かだと思える瞬間が欲しい。
事態があまりに急展開で、頭も心も付いてこない。
この気持ちを確かめさせてくれたら――。
でも、ああいう強引な所が『ハインツ』でありステファンだ。
頭でっかちの『私』の腕を引っ張って、知らない世界へ連れていってくれた人。
――ああ、まただ。また『カリナ』の気持ちが混じってきてる。
これが本当に私の気持ちなのか、分からなくなっていく。
あんな人だから断れない。だけど、私には勇気が足りない。
神様お願いです――どうか、どうか時間を私にください。
思い悩んでいた私の意識は、暗闇に溶けるように薄れていった。
****
翌日の放課後、リアンが私の席に近づいてきた。
「どうかしらメルフィナ。今日はもう大丈夫?」
「……そうですわね。少し相談したいこともありますし」
リアンが頷いたのを見て、私が立ち上がる――同時に、残っていたステファンが告げる。
「お茶会か? なら今日は俺も参加していいか?」
愕然とする私をよそに、リアンが嬉しそうな声を上げる。
「まぁ! 殿下もいらっしゃるの?!
是非、お話をお聞かせ願えませんか?」
リアンめぇ、友情より好奇心を取ったなぁ?!
私は素早くステファンの前に移動して告げる。
「君ね、どういう場になるか分かって言ってるの?!」
「ん? 俺とお前の婚約について、根掘り葉掘り聞かれるんだろ?」
分かって言ってるのか……。
リアンが私たちを急かすように背中を押した。
「さぁさぁ、みなさん待ってらっしゃいますわ!」
ぐ、リアン! 覚えてろー?!
****
放課後の食堂のテラスで、私たちはお茶会に参加していた。
リアンとその友人五人、いつものメンバーだ。
紅茶を片手にリアンが尋ねる。
「殿下は本当に、メルフィナと婚約を結ぶおつもりなのですか?」
ステファンが力強く頷いた。
「ああ、本気だ。
メルフィナやジルケ公爵から返事はまだもらっていない。
だが必ず勝ち取ってみせる」
固い決意表明をするステファンの後頭部を、私の平手が叩いた。
「なんでそう大事なことを私抜きで話を進めちゃうのかな?!」
「嫌なら断ればいい。
ジルケ公爵も、お前の意向を無視して話を進める男ではない。
――まぁ、断らせはしないがな」
「なんでそんな自信たっぷりなの?! 頭の中まで自信が詰まってるの?!」
ステファンが不敵な笑みを浮かべて答える。
「俺は一度決めたことはやり抜くと決めている。
結果が決まっているなら、物事は早く進めた方がいいだろう?」
ぐぬぬ、この自信過剰め!
リアンが再びステファンに尋ねる。
「殿下はメルフィナのどこに惹かれたのですか?」
「そうだな……まず、一目惚れだった。
伴侶にするならこの人がいいと、俺に思わせた」
リアンたちから黄色い声が上がった。
ステファンが紅茶を一口飲んで続ける。
「共に時間を過ごすうちに、その想いは強くなる一方だった。
俺の隣に居てほしい。そう思ったんだ」
ステファンはまっすぐ私の目を見て言い切った。
私は頭の先まで茹で上がりながら、その言葉を聞いていた。
なんでこいつは、こんな場で赤裸々に自分の気持ちを語れるわけ?!
リアンが今度は私に尋ねてくる。
「メルフィナは? 殿下のことをどう思ってらっしゃるの?」
「……その気持ちは嬉しく思っています」
ステファンに釣られて、うっかり言葉が口からこぼれ出た。
また黄色い声が上がり、ステファンの顔が綻んだ。
「ほんとか?」
「……ほんとだよ」
出した言葉は戻せない。
口に出したら、もう気持ちに抑えが効かなくなっていた。だけど――。
「でも私は、将来この国を背負っていく人の伴侶になる自信なんてないよ」
「自信などいらない。不安になる必要もない。
お前はただ俺の傍で、お前なりに俺を支えてくれればいい」
わからない。なんで?
「どうしてそこまで自信を持てるの?」
『ハインツ』もそうだった。その自信の根拠が『カリナ』には理解できなかった。
だけど『ハインツ』は言った通りのことを常に実行して見せた。
きっとステファンも同じなんだろう。
「さぁな? ただ俺は『一度決めたことは覆さない』。
それだけは揺らいだことがない」
その自信に満ちた眼差しが、私には心地よかった
この人にならすべてを預けて付いていける、そう思わせてくれた。
私とステファンが見つめ合っていると、リアンがぼそりと呟く。
「熱烈、ですわね……」
その日のお茶会は、黄色い声が途切れることなく終わっていた。
****
休日になり、ステファンはメルフィナとベルンハルトを伴って商店街を歩いていた。
商店に入り、新商品をチェックしながら遊んでいく。
若者らしい休日の過ごし方だ。
その様子を、高い屋根の上から観察している黒い影が一つ――。
目立つはずのその姿を見咎めるものはいなかった。
≪隠蔽≫の魔導術式で認識を阻害され、誰もその存在を感知できないのだ。
黒い影――マントを着込んだケーニヒが金色の瞳でメルフィナたちを見つめていた。
「ステファン第一王子――貴様の器、見せてもらおう」
その言葉は風に流され、王都の空に消えていった。
****
私たちは、結局何も買わずに商店街の端まで来ていた。
ステファンが小さく息をついて告げる。
「今日は外れか。馬車に戻るか」
私たちが頷き、ステファンを先頭に来た道を戻っていく。
ステファンが大通りから伸びる路地を横切ろうとしたとき――。
「ベルンハルト!」
『私』が叫ぶと同時に防御結界を展開しステファンに抱き着く。
それと同時に防御結界が破裂音を立てて『なにか』を弾き飛ばしていた。
――路地の奥から?!
騎士たちの半数がベルンハルトを連れて路地奥へと駆け出して行った。
しばらく様子を見ていると、路地奥からベルンハルトが顔を出した。
どうやら取り逃したようだ。
ステファンが忌々しそうに告げる。
「そろそろ尻尾を掴みたいものだがな」
「そうだね……」
首謀者は絞り込めてる。あとは証拠だけなのに。
――ふぅ。
私は防御結界を解除して一息ついた。ステファンに怪我はない。
――再び、『私』の勘が大音量の警告音を上げた。
慌てて振り向くと、黒ずくめの男が私に向かって突進してきていた。
その手に見えるのは、大型のダガーナイフ。距離はもうほとんどない。
――だめだ、結界が間に合わない!
魔法を解除してすぐは、次の魔法展開まで少し時間が必要だ。
その隙を狙われた形になっていた。
体が咄嗟に動かない。ゆっくりと流れる時間の中で、私は迫りくる男を見ていた。
ナイフが届く――痛みを覚悟して、私は固く目をつぶった。
「私に婚約打診の話が来ているというのは本当?」
「おや、耳が早いね。
お前は不服なのかい? 顔色が優れないようだが」
私は迷った末に、『はい』とも『いいえ』とも言えなかった。
おじさまが小さく息をついた。
「そうか、サラ様だね?
だが今回は王家からの打診。ジルケ公爵に知らせないわけにもいかない。
彼が王都に来れば、おそらく話は進んでしまうだろう」
「……私はどうしたらいいのかな」
「ステファン殿下に不服はないのだろう?
だが心がそれを許してくれない」
私はゆっくりと頷いた。
「では、こう考えてみてはどうだろう。
『自分は勝利者』だと思わず、ただ素直に自分の気持ちに向き合ってごらん。
お前は選ばれない者の苦しみを思える子だ。
同時に、殿下をその立場に追いやれる状況にある」
私は黙っておじさまの言葉を聞いていた。
「誰の心を一番大切にしたいのか、よく考えてごらん?
人間は神じゃない。全員を救うことはできないんだ。
だから、自分にとって譲れない物をきちんと見極めなさい」
「……はい、おじさま」
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おじさまが言っていたことも、少しだけわかる。
私がステファンの婚約を断れば、彼にも『選ばれなかった者』の苦しみを与えることになる。
そうまでして守りたいものが、今の私にあるのかな。
私の心は彼の選択を嬉しく感じている。
『カリナ』の心も、そう感じてる気がする。
そのすべてに背を向けて『悪者になりたくない』というのは簡単だ。
だけど、その結果は誰の気持ちも報われないことになる。
――時間が欲しい。
自分の気持ちが確かだと思える瞬間が欲しい。
事態があまりに急展開で、頭も心も付いてこない。
この気持ちを確かめさせてくれたら――。
でも、ああいう強引な所が『ハインツ』でありステファンだ。
頭でっかちの『私』の腕を引っ張って、知らない世界へ連れていってくれた人。
――ああ、まただ。また『カリナ』の気持ちが混じってきてる。
これが本当に私の気持ちなのか、分からなくなっていく。
あんな人だから断れない。だけど、私には勇気が足りない。
神様お願いです――どうか、どうか時間を私にください。
思い悩んでいた私の意識は、暗闇に溶けるように薄れていった。
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翌日の放課後、リアンが私の席に近づいてきた。
「どうかしらメルフィナ。今日はもう大丈夫?」
「……そうですわね。少し相談したいこともありますし」
リアンが頷いたのを見て、私が立ち上がる――同時に、残っていたステファンが告げる。
「お茶会か? なら今日は俺も参加していいか?」
愕然とする私をよそに、リアンが嬉しそうな声を上げる。
「まぁ! 殿下もいらっしゃるの?!
是非、お話をお聞かせ願えませんか?」
リアンめぇ、友情より好奇心を取ったなぁ?!
私は素早くステファンの前に移動して告げる。
「君ね、どういう場になるか分かって言ってるの?!」
「ん? 俺とお前の婚約について、根掘り葉掘り聞かれるんだろ?」
分かって言ってるのか……。
リアンが私たちを急かすように背中を押した。
「さぁさぁ、みなさん待ってらっしゃいますわ!」
ぐ、リアン! 覚えてろー?!
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放課後の食堂のテラスで、私たちはお茶会に参加していた。
リアンとその友人五人、いつものメンバーだ。
紅茶を片手にリアンが尋ねる。
「殿下は本当に、メルフィナと婚約を結ぶおつもりなのですか?」
ステファンが力強く頷いた。
「ああ、本気だ。
メルフィナやジルケ公爵から返事はまだもらっていない。
だが必ず勝ち取ってみせる」
固い決意表明をするステファンの後頭部を、私の平手が叩いた。
「なんでそう大事なことを私抜きで話を進めちゃうのかな?!」
「嫌なら断ればいい。
ジルケ公爵も、お前の意向を無視して話を進める男ではない。
――まぁ、断らせはしないがな」
「なんでそんな自信たっぷりなの?! 頭の中まで自信が詰まってるの?!」
ステファンが不敵な笑みを浮かべて答える。
「俺は一度決めたことはやり抜くと決めている。
結果が決まっているなら、物事は早く進めた方がいいだろう?」
ぐぬぬ、この自信過剰め!
リアンが再びステファンに尋ねる。
「殿下はメルフィナのどこに惹かれたのですか?」
「そうだな……まず、一目惚れだった。
伴侶にするならこの人がいいと、俺に思わせた」
リアンたちから黄色い声が上がった。
ステファンが紅茶を一口飲んで続ける。
「共に時間を過ごすうちに、その想いは強くなる一方だった。
俺の隣に居てほしい。そう思ったんだ」
ステファンはまっすぐ私の目を見て言い切った。
私は頭の先まで茹で上がりながら、その言葉を聞いていた。
なんでこいつは、こんな場で赤裸々に自分の気持ちを語れるわけ?!
リアンが今度は私に尋ねてくる。
「メルフィナは? 殿下のことをどう思ってらっしゃるの?」
「……その気持ちは嬉しく思っています」
ステファンに釣られて、うっかり言葉が口からこぼれ出た。
また黄色い声が上がり、ステファンの顔が綻んだ。
「ほんとか?」
「……ほんとだよ」
出した言葉は戻せない。
口に出したら、もう気持ちに抑えが効かなくなっていた。だけど――。
「でも私は、将来この国を背負っていく人の伴侶になる自信なんてないよ」
「自信などいらない。不安になる必要もない。
お前はただ俺の傍で、お前なりに俺を支えてくれればいい」
わからない。なんで?
「どうしてそこまで自信を持てるの?」
『ハインツ』もそうだった。その自信の根拠が『カリナ』には理解できなかった。
だけど『ハインツ』は言った通りのことを常に実行して見せた。
きっとステファンも同じなんだろう。
「さぁな? ただ俺は『一度決めたことは覆さない』。
それだけは揺らいだことがない」
その自信に満ちた眼差しが、私には心地よかった
この人にならすべてを預けて付いていける、そう思わせてくれた。
私とステファンが見つめ合っていると、リアンがぼそりと呟く。
「熱烈、ですわね……」
その日のお茶会は、黄色い声が途切れることなく終わっていた。
****
休日になり、ステファンはメルフィナとベルンハルトを伴って商店街を歩いていた。
商店に入り、新商品をチェックしながら遊んでいく。
若者らしい休日の過ごし方だ。
その様子を、高い屋根の上から観察している黒い影が一つ――。
目立つはずのその姿を見咎めるものはいなかった。
≪隠蔽≫の魔導術式で認識を阻害され、誰もその存在を感知できないのだ。
黒い影――マントを着込んだケーニヒが金色の瞳でメルフィナたちを見つめていた。
「ステファン第一王子――貴様の器、見せてもらおう」
その言葉は風に流され、王都の空に消えていった。
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私たちは、結局何も買わずに商店街の端まで来ていた。
ステファンが小さく息をついて告げる。
「今日は外れか。馬車に戻るか」
私たちが頷き、ステファンを先頭に来た道を戻っていく。
ステファンが大通りから伸びる路地を横切ろうとしたとき――。
「ベルンハルト!」
『私』が叫ぶと同時に防御結界を展開しステファンに抱き着く。
それと同時に防御結界が破裂音を立てて『なにか』を弾き飛ばしていた。
――路地の奥から?!
騎士たちの半数がベルンハルトを連れて路地奥へと駆け出して行った。
しばらく様子を見ていると、路地奥からベルンハルトが顔を出した。
どうやら取り逃したようだ。
ステファンが忌々しそうに告げる。
「そろそろ尻尾を掴みたいものだがな」
「そうだね……」
首謀者は絞り込めてる。あとは証拠だけなのに。
――ふぅ。
私は防御結界を解除して一息ついた。ステファンに怪我はない。
――再び、『私』の勘が大音量の警告音を上げた。
慌てて振り向くと、黒ずくめの男が私に向かって突進してきていた。
その手に見えるのは、大型のダガーナイフ。距離はもうほとんどない。
――だめだ、結界が間に合わない!
魔法を解除してすぐは、次の魔法展開まで少し時間が必要だ。
その隙を狙われた形になっていた。
体が咄嗟に動かない。ゆっくりと流れる時間の中で、私は迫りくる男を見ていた。
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