天衣無縫の公爵令嬢・改訂版~月下の瞳~

みつまめ つぼみ

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第4章 魔導学院の来訪者

第26話 魔王の息子

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「ほぅ、ここが貴賓室きひんしつか。名前だけは大層なものだな」

 貴賓室きひんしつには、いつものメンバーに加えてケーニヒが居た。

「ごめんステファン、なんか背中に張り付いてきちゃって……」

「いや、いいんだ。
 ……メルフィナは謝らないでくれ」

 ステファンの隣にベルンハルト、そしてステファンの向かいに私。

 さらにベルンハルトの向かい――つまり、私の横にケーニヒが座っていた。

 ベルンハルトは『なんでこいつがいるんだ?』とでも言いたげな顔をしている。

 まぁ、そう思うよね。普通は……。

 ケーニヒが余裕のある笑みで告げる。

「ステファン、魔道具の件だが……」

 その言葉に、ステファンの目が輝いた。

 ケーニヒがそれを確認するかのように言葉を続ける。

「次の休日に、メルフィナの家まで取りに来い」

「なんで私の家なのかな?!」

「俺がお前の家に行くからだ。
 ついでに渡せば手間が省けるだろう?」

 ステファンがうなずいた。

「わかった。そうしよう」

 私はステファンに振り向いて謝る。

「ごめんね、ステファン。今日一日でわかったろうけど。
 ケーニヒは昔からこうやって周りをめちゃくちゃに引っ掻き回すのが趣味なんだよ。
 ほんと、性格悪いんだから!」

 ケーニヒが楽し気に告げる。

「昔はそうだったが、今は単純にお前以外に興味がないだけだ」

「嘘つけええええ!! 昔とちっとも変ってないじゃないか!」

 ケーニヒが顎に手を当てた。

「ふむ……だとしたら、もう魂に刻み込まれたものだろう。
 何をどうやっても帰ることはできないと思え。諦めろ」

 どうやら、しつけるのは無理のようである。

 私はドッと疲れて椅子の肘置きに倒れ込んだ。

「明日以降もこんなのが続くのー?!」

「そうだな」

「なんで他人事なんだよ?!」

「お前が勝手に疲れているだけだからな。
 お前も気にせず、好きに生きろ。
 周りを気にしすぎだ」

「気にするよ! これでも私は第一王子の婚約者なの!
 そのそばにケーニヒが居たら、醜聞スキャンダルなんてものじゃないでしょー?!」

 私の声が貴賓室きひんしつに響き渡った。

「答えは出たのか?」

「う゛……まだです」

 私の声は尻すぼみだ。

「ならば問題あるまい?
 ――さぁ、俺のことなど気にせず、ステファンと話し合うがいい」

 こいつ、ぜってー全部分かっててやってるな?!

 ――おっといけない。私は咳払いをして自分を落ち着けた。

「えーと、ステファン。私はここに来たよ?
 君は何を話したい?」

 ステファンは茫然ぼうぜんとした顔で私を見つめていた。

「……本当に、元に戻ったんだな」

「ふぇ?」

 私は小首をかしげた。

「あの夜以前のメルフィナだ」

「あー、うん。そうだね。
 なんか、心のバランスが崩れてたのを、ケーニヒに直してもらったみたい」

 私は気恥ずかしさで頭を掻きながら、紅茶を一口飲んだ。

 ケーニヒが私の肩を叩いてステファンに告げる。

「ステファン。お前もこの程度はできるようになっておけ。
 前世のお前――『ハインツ』にはできていたことだ」

 ステファンが私を見てたずねてくる。

「そうなのか?」

 私はそれにうなずいて答える。

「勇者『ハインツ』と女魔導士『カリナ』は、小さい頃からの幼馴染おさななじみだったんだよ。
 相手が何を求めていて、何をしたらいいのか。
 顔を見るだけで分かったんだよ」

「そうか……」

 そう言ってステファンは、手の中にある紅茶に目を落としていた。




****

 魔王城にある謁見えっけんで、魔王リュディガーが告げる。

「リヒャルトよ、魔王軍親衛隊百人を率いて勇者ハインツを討って来い。
 このまま放置しておけば、経験を積み魔王城を脅かしかねん。
 『神に選ばれし勇者』とはいえ、まだまだヒヨッコ――今のうちに叩き潰せ」

 リヒャルト――後に『ゾーン』と名乗る魔族が不敵な笑みで答える。

「父上は随分ずいぶんと臆病だな。
 親衛隊全軍に俺を加えるのか?
 過剰戦力にもほどがあるだろう」

 魔王が険しい顔で答える。

「……嫌な予感がするのだ。
 これまで戦闘経験が少ない人間が、信じられん戦果を挙げ続けている。
 既にバーキも滅ぼされた――通常ならあり得ん事態だ」

 リヒャルトの顔色が変わった。

「バーキが?! 奴は公爵級上位だぞ?!」

「だが、事実だ――理解したならただちに迎え。
 失敗は許さんぞ」

 リヒャルトは戦慄を覚えながら思案した。

 バーキは特に戦闘能力に秀でた個体。

 それを滅ぼせる相手では、親衛隊全軍でも確かに心許こころもとない。

 リヒャルトが指揮を任されるのも納得というところだ。

「……了解した、父上。
 勇者の首、確実に持ち帰ろう」

 黒いマントをひるがえし、リヒャルトは謁見えっけんあとにした。




****

 リヒャルトは呆気あっけに取られていた。

 親衛隊全軍――侯爵級五十名と戦闘に優れた伯爵級五十名。

 国家群を相手にしても数日で滅ぼせるだけの戦力だ。

 これに低級眷属五千を加えた大軍勢。

 それが手も足も出ることなく数を減らしていく。

 大地を蒸発させ、地形を蹂躙していくほどの大攻勢を、勇者パーティはものともしない。

 絶対防御の魔法結界の中から、こちらを滅ぼす光の刃が襲ってくる。

 防御一辺倒かと思いきや、低級眷属の隙間を縫って勇者が結界から飛び出しては伯爵級や侯爵級を滅ぼしていく。

 そしてすぐに離脱して結界内に戻っていくのだ。

 核となる魔族が滅ぼされれば使役する低級眷属も消滅する。

 戦闘は半日も経たないうちに、リヒャルトたちの劣勢になっていった。

 ――癒しの聖女がいるとは聞いていた。それが中核を担っていると読んでいた。

 だが実情は違う。あの勇者パーティのコアは戦闘指揮を執る魔導士だ。

 まだ若い女魔導士――長い金髪と琥珀色の瞳を持ち、堅牢な防御結界を維持し続ける女。

 あれこそが公爵級バーキを滅ぼした源泉。

 あの女を殺さねば、こちらの敗色は覆らない。

「全軍、前に出るぞ! あの女魔導士をなんとしても仕留めろ!」

 背後で戦況を見ていたリヒャルトは、残った親衛隊全軍を率いて女魔導士――カリナを狙った。




****

 朝に襲撃をかけてから半日――辺りはすっかり夜のとばりが降りていた。

 リヒャルトが率いた魔王軍親衛隊は全滅。残っているのは自前の低級眷属のみだ。

 勇者たちは防御結界内でテントを張り、のんきに夕食をとっていた。

 リヒャルトが何度か最大火力の術式で攻撃を仕掛けてみたが、彼らにはそよかぜすら送れない。

 すでに辺りの地形は跡形もなく吹き飛び、えぐれた荒れ地が残るのみだ。

 その中で勇者パーティの防御結界内だけ、芝や樹木が生えた地面を残していた。

「――ふぅ。やるだけ無駄か」

『楽しい舞踏会、なるだけ長く楽しみましょう?』

 カリナの言葉がよみがえる。

 攻撃すればこちらも魔力を消耗する。

 あちらが引きこもる限り、こちらに勝ち目はないだろう。

 ――おそらく、バーキは渾身こんしんの力を込めた最大術式を放ち、それが通用せずに負けた。

 リヒャルトが同じことをしても、あの防御結界を貫くことはできない気がした。

 あちらに攻めっがなければ話にならない。

 リヒャルトは低級眷属を全て引っ込め、魔力を温存することにした。

 半径五十メートルにも及ぶ防御結界、それが揺らぐ瞬間を狙う。

 睡眠不要の魔族であるリヒャルトは、結界の前で勇者パーティ――いや、女魔導士カリナの様子をうかがい続けた。




****

 二週間以上が経過した。

 その間、勇者パーティが隙を見せることはなかった。

 水や食料の補給すら、カリナが仲間たちと同伴することで小規模の防御結界魔法を展開して移動していく。

 それを追いかけて仕留めようとすると、背後から聖女を伴った勇者が襲い掛かってくる。

 かといって勇者を倒す好機かと思えば、カリナが隙をついて攻撃を仕掛けて来た。

 前後両方を相手取るには、リヒャルトとはいえ苦しい。

 勇者ハインツは未熟でも、豊穣ほうじょうの神の祝福を受けている。

 その光輝く剣は、油断すればリヒャルトの防御も簡単に貫いてくる。

 多少のダメージは治癒の神の祝福を受けた聖女コルネリアが癒してしまう。

 その上でカリナは正攻法もからめ手も自在に操ってくるのだ。

 防御結界内でこちらの隙をうかがっているカリナに、リヒャルトが足を止めて告げる。

「……めだ。切りがない。
 カリナと言ったな。俺はお前の味方になる。
 それで手を打たないか?」

 カリナが眉をひそめて答える。

「何のつもり?
 そんなことを言って油断させようっての?
 陳腐な作戦だね」

 リヒャルトが不敵な笑みで答える。

「そうではない。俺はお前を気に入った。
 親父を滅ぼす手伝いをしてやる。
 その間、お前のそばに居られるならば、な」

「……そんな言葉、簡単に信用されると思ってるの?」

「俺はお前の言葉を疑わない――これでどうだ?
 お前の言葉を必ず信じ、どんなことでも応じてやろう。
 信じられんのなら、好きなだけ試すがいい」

 カリナが近くにあるコップを手に取り、祈りと共に水で満たした。

「……これは『魔族を苦しみの末に滅ぼす水』。
 神の奇跡だから、魔族の力じゃ解毒はできないよ。
 これを飲み干せたら信じるし、命は助けてあげる」

 カリナはコップを地面に置くと、コップの部分だけ防御結界を解除してみせた。

 リヒャルトが楽しげに笑う。

「本当に器用な女だ――いいだろう。
 お前が言うならば飲み干してやる」

 リヒャルトは迷うことなくコップに近づき、手に取ると一気にあおった。

 飲んだ直後から激痛で倒れ込み、のたうつリヒャルトを見てカリナがつぶやく。

「嘘……なんで迷わず飲めるの……」

 激痛で苦しみながらリヒャルトが答える。

「これ、くらい……お前の、信頼を、得るため、ならば……安い、代償、だ」

 カリナがあわてて防御結界から飛び出し、リヒャルトに駆け寄った。

「待っててゾーン! 今、解毒するから!」

 背後からハインツが険しい顔で叫ぶ。

「やめろカリナ! 戻ってこい!」

 カリナは構わずリヒャルトの元でひざまずき、解毒の奇跡をリヒャルトに祈った。

 痛みが遠のいていく中、リヒャルトが告げる。

「……なぜ、信じた?」

 カリナがニッコリと微笑んで応える。

「ゾーンが信じてくれたからだよ。
 信じてくれる人を裏切るなんて、私にはできないもん」

 それはリヒャルトが感じたことのない感情だった。

 胸の奥が熱い――こんな感情が自分にあるのかと驚いていた。

「……カリナ、『俺はお前だけの味方』だ。今から死ぬまで、ずっとな」

 カリナが噴出しながら答える。

「なーに? それ。魔族って案外、律儀なの?」

 まだ足元がおぼつかないリヒャルト――ゾーンがニヤリと笑いながら立ち上った。

「俺にも俺が分からん。だが、案外悪くない気分だ」




****

「――とまぁ、これがメルフィナカリナとの馴れ初めだ」

 ケーニヒの昔話が終わった。懐かしいなぁ。

 話を聞いていたステファンは絶句していた。

 体を震わせていたベルンハルトが大きな声で叫ぶ。

「神話か?! 神話の世界なのか?!」

 その声は、小さな貴賓室きひんしつに大音量で響き渡っていた。
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