新約・精霊眼の少女外伝~蒼玉の愛~

みつまめ つぼみ

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138.命の価値(1)

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 ユルゲンは在外公館に戻ると、迅速に部下たちに指示を飛ばしていた。

「ベッカー議員の捜索は引き続き行え。
 ディーツ議長に対する監視も、通常の五倍に増やせ。
 奴の周辺に近づく人間は、片っ端から洗っていけ」

 部下たちはうなずくと、自分たちのやるべきことのために外へ駆け出していく。

 ユルゲンもまた、過去の調査資料を洗い直していた。

 ディーツ議長が、何も知らないとは思い難い。

 このペテル共和国で、最も力を持つ貴族だ。

 だが今現在、奴はしっぽを掴ませるへまをしていない。

 『真実無害な人間である』という確証を掴むまで、奴は黒と断定して動くと決めた。

 子供たちをつれて帰国するまで、残りわずかな時間しかない。

 その間に、できるかぎりの調査を手伝うつもりだった。

 ユルゲンの勘では、この六年間追い求めている『帝国側の古代魔法使い』も、奴が匿っている。

 その古代魔法使いを封殺しない限り、この大陸に真の平穏は訪れない確信があった。

 ――あれから二十年弱、その魔導士も老齢に達している可能性が高い。

 監視の目を強化し、動きを封殺して老衰を待つ。それもまた、ひとつの道だ。

 ユルゲンは慎重に見落としがないか確認しながら、書類の束を消化していった。




****

 午後になり、訪問してきたお医者様の診察を受けた。

「一週間も安静にしていれば、帰国の旅にも耐えられるでしょう」

 私はうなずいてお礼を告げ、お医者様を見送った。

 帰宅しても完全回復するためには、しばらく静養期間が必要みたいだ。

 お医者様と入れ替わりに、ヴァルター様がひとりで部屋に入ってきた。

 サブリナは静かに部屋から出ていき、扉を閉めた。

 婚前の男女を二人きりにする――普通ならあり得ない行動だ。

 たぶん、ユルゲン伯父様から命じられてたんだろうな。

 これから話すのはヴァルター様の魔法に関すること。

 他の人が居たら、彼は真実を話してくれないから。


 私はしばらく、なんと言うべきか言葉を探した。

 ようやく『それ』を見つけ出し、彼に告げる。

「……助けてくれて、ありがとう」

 ヴァルター様は、静かに首を横に振った。

「僕がやりたくてやったことです。
 マリオン様は、気にしなくていいですよ」

 私は再び、言葉を探してから応える。

「……あなたの魔法は、『生命力を代償にする』と聞きました。
 あの鉄枷てつかせを破壊するのには寿命を削るとも。
 それも、ヴァルター様が望んだことなんですか?」

 少しの沈黙のあと、ヴァルター様がうなずいた。

「そうです。僕が望んだことです。
 だから、マリオン様が気にすることではありません」

 私は思わず吼えた。

「気にするなって方が無理です!
 なんでそこまでしたんですか!」

 私はヴァルター様の目を、まっすぐ見据えた。

 彼の目は、静かに私の視線を受け止めている。

「好きな子が目の前で死にかかっていたなら、助けたいと思うのが普通でしょう?
 なにも不思議なことではありませんよ」

「助け出すだけなら、鉄枷てつかせまで壊す必要はなかったはずです!」

 興奮する私に対し、ヴァルター様は冷静に応える。

「あれには魔法が付与されていた。
 それがどんなものか、僕にはわからなかった。
 リスクをすべて排除する必要があると、僕は判断した。
 ……他に質問は?」

 私はまた言葉を探してから、彼に尋ねる。

「……どのくらいの寿命を削ったんですか」

 時計の音が、ゆっくりと室内に鳴り響いていた。ゆっくりと五秒――。

「言ったでしょう?
 マリオン様が気にすることではない、と。
 僕が僕の判断で行った。
 僕が選択した、僕の人生だ」

 私は必死に言葉を探した。

 また秒針の音が聞こえる。

 何秒経ったのか――。

「ヴァルター様の、覚悟を知りたいと思います。
 あなたがどれほどの覚悟で、私を救い出したのかを」

 私が必死に絞り出した言葉を、ヴァルター様はいともたやすく弾き返す。

「それを知っているのは、僕だけでいい。
 マリオン様が知ったとしても、失った寿命が戻る訳じゃない。
 あなたが気に病むだけだ」

「……『私が気に病む』ほどの寿命を、削ったんですね?」

 ヴァルター様は何も応えなかった。

 私は小さく息をついて、彼に告げる。

「わかりました。私の命に代えてもその寿命、元に戻します」

 私は目をつぶり、豊穣の神の気配を手繰り寄せ、語りかける。


(――豊穣の神様、聞こえますか)

『ああ、聞こえているよ』

 小さくて遠いけれど、声が響いた。

(ヴァルター様が削った寿命は、どれくらいなんですか)

『彼はそれを君に知られたくないんだ。
 マリオンも、そのことは忘れなさい』

(――どれくらいなんですか!)

 私は豊穣の神に吼えていた。

 また私の耳に、秒針の音が聞こえた――。

 豊穣の神のため息が聞こえたあと、彼の声が聞こえる。

『二十年だ』

 ――絶句した。

『だがそれを元に戻す魔法は、君の魂が耐えられない。諦めるんだ』

(なんとかでき――)


 目をつぶっていた私は激しく肩を揺さぶられ、会話を中断させられた。

 ヴァルター様が吼える。

「君が何をしようとしているのか、僕にはわからない!
 だけど『命に代えても』だなんて言われて、黙ってみていると思うなよ?!」

 私は目を開けて叫ぶ。

「他人の命を踏み台にしてまで、生き残りたいとは思わない!
 そんな重たいもの、私には背負えない!
 あなたの二十年に報いる術など、私は知らない!」

 私の頬は、いつの間にか涙で濡れていた。

 視界が涙でにじむ。

 ヴァルター様は冷静に、穏やかに私に告げる。

「……言ったでしょう?
 僕が選んだ、僕の人生だ。
 惚れた女のために、命を費やした。ただそれだけのことだ。
 その僕の生き方を否定することは、たとえ君でも許しはしない」

 その目は、静かだけど揺ぎ無い決意で固められていた。

 彼が言葉を続ける。

「マリオン様、そのことは忘れるんだ。
 あなたは、何も背負わなくていい」

 私の肩を優しく叩いたあと、ヴァルター様は静かに部屋を後にした。

 私はただ、涙を流し続けて呆然としていた。




****

 一週間後、私の回復を確認したあと、私たちは帰国することになった。

 帰り道の間、私はふさぎこみっぱなしだった。

 女子の会話にも参加する気になれず、黙って窓の外を眺めていた。

 レナやララ、サニーが必死に元気づけてくれようとするけど、心が付いて行かなかった。

 そんな私の様子を見ていたユルゲン伯父様が、ため息をついてから私に告げる。

「すまない、私が口を滑らせたせいだな。
 帰ったらヒルデガルトに相談してみなさい。
 もしかしたら、なんとかなるかもしれない」

 私は勢いよくユルゲン伯父様に振り向き、その目を見つめた。

「……本当ですか?」

「聞いてみる価値はある、と思う。
 だが、あまり期待はしないでくれ」


 私はその一言を一縷の望みに、早く家に帰りつきたい気持ちを抑え込んでいた。
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