新約・精霊眼の少女外伝~蒼玉の愛~

みつまめ つぼみ

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160.天運(2)

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 トビアスが小さく息をついた。

「――ふぅ。どうやらあなたは、何も話す気がないようだ。
 ここに居ても無駄ですね。
 連れて帰ることにします」

 そういうとトビアスは、私のそばに腰を下ろした。

「私をみんなの元に帰してくれるの?」

 トビアスはニヤリと笑った。

「まさか。
 別の安全な場所に連れ帰って、貴方がすべてを話すように手を尽くすだけです。
 ――酷い目に遭うと思うので、そんなことはしたくないんですけどね」

 だからここで話してもらいたい、そう彼は言った。

 今なら彼の独断で私を逃がすこともできるから、と。

 連れ帰ってしまったら、そんなことはできなくなるのだと。

 その瞳に、嘘は無いように思えた。

「……優しいのね。
 その優しさで、今すぐ私を解放してくれてもいいんじゃない?
 今なら、あなたのことは秘密にしておいてあげる」

 トビアスが楽しそうに笑った。

「おや、交換条件ですか?
 それなりに魅力的ですが、今後あなたから古代魔法の秘密を聞き出す機会は無くなるでしょう。
 私は古代魔法を諦めるつもりはないんです。残念ながらね」

 トビアスがふと気が付いたかのように、大きな毛布を取り出した。

 その毛布を、私の肩から下にかぶせる。

「その恰好は目の毒です。
 一晩は一緒に過ごさねばなりません。
 きちんと隠しておいてください」

 言われてみれば、私は水着を着たままだ。

 下着同然の姿を彼に見せていたことに、私はいまさら気が付いた。

「……紳士なのね。
 かなり刺激的な格好だと思うんだけど。
 良く手を出されなかったものだわ」

「我慢するのに苦労しましたよ。
 これでも年頃の男子ですので」

 再びトビアスが肩をすくめ、ひょうきんに笑った。

 私も思わず笑みを返す。

「あら、こんな慎ましい体型でも、あなたの食指が伸びたのかしら?」

 トビアスがニコリと微笑んだ。

「あなたは充分魅力的ですよ。
 だからきちんと気を付けてください」

 そう言ってトビアスは、座ったまま眠り始めた。

 ――彼が眠ってしまえば、縄を焼き切って逃げることができるだろうか。

 だけどなんとなく、私が立ち上がった瞬間に彼が目を覚まして捕まってしまう。

 そんな気がした。

 夜が明ければ、彼は『安全な場所』に私を連れて移動するだろう。

 その道中で逃げる隙が、あればいいんだけど。




****

 どれくらい経っただろうか。

 トビアスがふと顔を上げ、立ち上がった。

 ――やっぱり、目をつぶっていただけか。

 トビアスは周囲の気配を探っているみたいだ。

 しばらくして、諦めたようにため息をついた。

「どうやら、この場所が見つかってしまったようです。
 不本意ですが、もう移動しなければなりません。
 移動中で気が変わったなら、早めに行ってください。
 向こうに着いたら、あなたは死ぬまで責め苦を受けます」

 そう言って私を肩に担ぎあげたトビアスが、遺跡の通路を駆け出していった。

 死ぬまで責め苦か……それは嫌だなぁ。


 いくつかの角を曲がったところで、トビアスの足が止まった。

「……挟まれましたか」

「そういうことだ。マリオンを下ろせ」

 マーセル殿下の声が通路に響いた。

 前から現れたのは、マーセル殿下、サイ兄様、アラン様。

 後ろから現れたのは、ヴァルター、アレックス様、アミン様。

 トビアスは無言のまま、マーセル殿下を見つめて居た。

「聞こえなかったのか? マリオンを下ろせ」

「聞こえていますが、お断りします」

「この人数相手に、マリオンを担いで勝てると思っているのか?」

 突然、甘い匂いが強く漂った。

 私はむせ返る匂いに、思わず顔をしかめる。

 トビアスが静かに告げる。

「マーセル王子とサイモン、アランの足止めをしろ。殺しても構わん」

 その言葉と共に、背後に居たヴァルターたちが剣を抜いて殿下たちに襲い掛かった。

 マーセル殿下たちも、即座に剣を抜いて応戦している。

 その突然の様子に、私は驚いて声を上げる。

「ヴァルター?! 何をしてるの!?」

 だけど私の声が聞こえないかのように、ヴァルターはサイ兄様と切り結んでいた。

 状況を確認したトビアスが、別の咆哮に走り出す。

「待て! トビアス!」

 マーセル殿下の声が、通路に響き渡った。




****

 私はトビアスを睨み付けながら尋ねる。

「あの四人に何をしたの?」

「『仲良くなるおまじない』、と言いました。
 ちょっとした魔導具でしてね。
 軽く使えば相手の心を捕らえ、警戒心を薄める効果が望めます。
 強く使うと相手の意志を奪い、洗脳することができる。
 しばらくの間、彼ら四人は私の傀儡です。
 効果が切れた時の副作用が強いので、できれば使いたくなかったんですが」

 そんな強烈な魔導具なんて、聞いたことない。

「古代魔法を応用して作った者らしいですよ。
 人間が抵抗するのは無理だと、そう言われてたんですけど。
 なぜあなたには効果がないのでしょうね」

 そんなの、こっちが聞きたいぐらいだ。


 通路の奥に出口が見えた。

 ここを出てしまえば、死ぬまでの責め苦が私を待ち受ける。

 ヴァルターとアレックス様が相手だ。

 いくらサイ兄様とアラン様でも、相手をするのは厳しいはず。

 マーセル殿下なら、なおさら足手まといだろう。

 彼らの助けが来るのは、諦めた方が良い。

 トビアスたちにいくら責めたてられても、私が知ってることは少ない。

 『知らない』ことを証明する方法なんて、私は知らない。

 私が解放されることはなく、死ぬまで無意味に責め苦を受けるのだろう。

 ……神に頼るか。

 目をつぶり、愛の神の気配を手繰り寄――。

 突然、私は床に放り出されていた。

 何が起こったかわからず、慌てて辺りを見回す。

 薄暗がりで鶴具を押し付け合う、マーセル殿下とトビアスがそこに居た。

「マリオンを返してもらうぞ」

「そうはいきません」

 二人は何度も剣を打ち合わせていく。

 二人の力量は、互角に近いように見えた。

 ――マーセル殿下、いつの間にこんなに強くなってたの?!

 何合目かの打ち合いで、トビアスの上半身が浅く切りつけられた。

 マーセル殿下が優勢なんだ。

 またしばらく打ち合ってるうちに、だんだんと形勢がはっきりしていく。

 トビアスが苦しそうに顔を歪めた。

「――くっ!」

 トビアスが鋭く私に『何か』を投げつける。

 それに素早く反応したマーセル殿下が、私の前で『何か』を弾き飛ばしていた。


 気が付いた時、そこにトビアスの姿はなかった。
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