新約・精霊眼の少女外伝~蒼玉の愛~

みつまめ つぼみ

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164.閑話~蒼玉の兄(1)~

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 春の柔らかい日差しが、部屋に差し込んでいた。

 いつもの朝、いつもの時刻。

 青年は、ゆっくりと目を覚ました。

 青年の名前はサイモン・フォン・ファルケンシュタイン。今年で十五になる。

 エドラウス侯爵家の嫡男だ。

 寄宿生活も三年目に突入し、最後の一年をこれから過ごすことになる。

 サイモンはゆっくりと体を起こし、伸びをしてからベッドから降りた。

 タオルを手に取り、共用水場で顔を洗う。

 身支度を整えてから、未だに春眠に身を委ねているルームパートナーの肩をゆする。

「おいアクセル、そろそろ起きておけよ」

 その声に、呼ばれた青年が「あー、もうそんな時間か」と応えた。

 それを確認するとサイモンは、学生食堂へと向かった。




****

 寄宿舎の玄関に向かうサイモンに、外から「おはようサイモン」と声がかけられた。

 サイモンは声の主――深紅の髪を持つアミンに「おはようアミン」と応える。

 その横には不愛想な黒髪の青年、アレックスも立っていた。

 彼にもサイモンは「おはようアレックス」と声をかける。

 アレックスは「ああ」とだけ応えた。

 彼ら三人が『ザフィーア』の年長組、その中の寄宿生たちだ。

 合流した三人の足は、いつものように学生食堂に向かった。




****

 食堂入り口に並ぶメニューを眺めながら、三人の青年は今日も頭を悩ませる。

「今朝はどれだと思う?」

「昨日がC、B、Cでした。ならば今朝はAではないでしょうか」

「――いや、今朝の内容ならCだろう。彼女の好きな魚料理だ」

 アミンとアレックスが推測を述べた。

 サイモンは兄の勘で「たぶん、Bだな」と口にし、三人は注文カウンターへと向かった。


 カウンターで推測した日替わり定食を注文し、定食が乗ったと礼を受け取った。

 そのまま『ザフィーア』のメンバーが居るテーブルへと向かう。

 サイモン、アミン、アレックスの目が、ひとりの少女のトレイを見る。

 どうやら今朝は、B定食のようだ。

 サイモンは兄の自尊心を満たしつつ、「おはようマリー」と彼女に声をかける。

 マリオン・フォン・ファルケンシュタイン。サイモンの一歳年下の妹だ。

 彼女は食べる手を止め、「おはようございます、サイ兄様」と可憐な笑みで応えた。

 再び彼女は、食事の攻略を始める。

 寄宿生活に年目になっても、彼女の手つきは危なっかしかった。

 サイモンは見ていてハラハラするのだが、凝視していると彼女が怒ってしまう。

 そうなると魔術で姿を隠してしまうので、努めてそちらを見ないようにしていた。

 周囲の仲間たちも、同様だった。


 なんで一年間食堂に通い続けて、未だに手元が危ういんだ?


 兄であるサイモンにも、それはわからなかった。

 そこまで不器用な妹ではなかったと、サイモンは記憶している。

 サイモンたちが席に着くと、先に着席していた年少組から朝の挨拶が飛び交った。

 彼らにもサイモンは「おはよう、みんな」と応え、食事を口に運びだした。


 マーセル王子はこの半年で、幾分か青年らしい精悍さを獲得しつつあった。

 艶やかな金髪を朝の光で照らしながら、彼は食事を続けていた。

 マーセル王子が誰にあてるともなくつぶやく。

「ザフィーア年長組は、今年度で卒業か。
 こうした朝も、あと一年だけだな」

 サイモンたちは最終学年。来年の今頃は卒業している。

 その頃には己の決めた進路に従い、それぞれの職業に就いていることだろう。

 サイモンは微笑みながら応える。

「まだ一年もあるんだ。
 その一年を楽しもうじゃないか」

 マーセル王子がニヤリと不遜な笑みをサイモンに返した。

「おや、あと一年しかマリーと一緒に居られないのに、随分と冷静だな。
 シスコンは抜けたのか?」

 サイモンが患う重度のシスコンは、自他ともに認めるものだった。

「……少しずつ慣らしている最中だ。
 もうじき脱するさ。未来の義弟殿」

 マリオンとマーセル王子は、二年後のグランツ卒業後をもって、婚姻することが決まっていた。

 未だに婚約者の間柄ではあるが、この二年で彼女たちが破局を迎えることはないだろう。

 サイモンの言葉に、マーセル王子は楽しそうに笑った。

「ハハハ! 俺の兄は二人とも優秀で、鼻が高いぞ!
 それが共に国を支えてくれるというのだ。
 実に頼もしいというものだろう」

 昨冬、国王と王妃から、第二王子であるマーセル王子に対して立太子を命じられていた。

 卒業間もなく、マーセル王子は王太子となるのだ。

 第一王子であるオリヴァー王子も、昨冬までの間にマーセル王子の成長を見守っていた。

 その成長ぶりには、目をみはるものがあった。

 オリヴァー王子も納得して、マーセル王子に王太子の座を譲ることにした。

 その成長は当然、サイモンも認めるところだ。

 サイモンが微笑みでマーセル王子に応える。

「マリーと婚約を決めてから、マーセル殿下の伸びは本当に目覚ましかったな。
 女一人で、男はこうも変わるのかと感心したよ」

 マーセル王子は、自信に満ちた笑みをサイモンに返していた。
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