新約・精霊眼の少女外伝~蒼玉の愛~

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
66 / 67

168.閑話~蒼玉の兄(5)~

しおりを挟む
 秒針の音が静かに響き渡る室内。

 ついに三分ほどで、サイモンが耐えきれずに口を開く。

「レナもララも、遅いな」

 その声は外に漏れないよう、抑えたものだった。

 サイモンの目は、ずっと部屋の絨毯を見つめている。

 正面に座るサンドラを直視できず、目のやり場に困っていた。

 仕方なく、床を見つめていたのだ。

 サンドラが楽しそうにサイモンに告げる。

「そんなに小さな声じゃなくても大丈夫よ。
 テーブルの上をよく見てごらんなさい」

 ようやくサイモンの目が床から離れ、テーブルに視線が映った。

 そこには、マーセル王子の私物である≪遮音≫の結界を張る魔導具が置いてあった。

 これがあれば、室内の音が外に漏れることはない。

 驚いたサイモンがサンドラに尋ねる。

「なぜ、これがここに?」

「昼間のうちに借りておいたのよ。
 『遊びに使うから』って」

 ――用意周到だな。

 視線をテーブルの上に移した時、サイモンは自分の失策に気が付いた。

 視界の中にサンドラの部屋着姿が入ってしまったのだ。

 武術を修めているサイモンは、視界の隅にあるものでも正確に把握できる。

 彼は思わず、サンドラの姿を査定してしまう。

 少女らしさと女性らしさを危うい均衡で兼ね備えた肢体が、惜しげもなくさらされている。

 豊満な胸と腰だが、必要なくびれを兼ね備え、魅惑天気な曲線がサイモンを苛んだ。

 床に座っていると、椅子に座ったサンドラの腰が目の高さに来る。

 今までまったく気にしていなかったが、余りに無防備な位置取りだった。

 サイモンも健全な年頃の男子だ。

 こんなものは、目の毒にしかならない。

 彼は異性として意識してしまった少女の誘惑に、必死に抗っていた。


 耳には秒針の音だけが聞こえてくる。

 レナやララが部屋にやってくる様子はない。

 サイモンが疑問を覚え始めた頃。

「ねぇ、知ってる?」

 サンドラが突然語りかけた。

 その声はまるで、猫が獲物をなぶるかのように楽し気なものだった。

「……何をだ」

「女ってね。見られることに敏感なの。
 すぐにどこを見られてるのかわかるのよ。
 たとえば今、サイモンが私の胸を見てるのもわかってる。
 さっきまでは足だったわね」

 サイモンの顔が、弾けるようにサンドラの顔に向いた。

 視界の隅で、気付かれないように見ていたはずだった。

 それを見抜かれていた周知で、顔が真っ赤に染まっていた。

 『何かを言わなければ』と口を開くが、言葉を見つけられずに言い淀んだ。

 ようやく言い訳を諦めたサイモンが、うつむいて大きなため息をついた。

「……何がしたいんだ?」

「今のサイモンが私の部屋着にどういう反応をするのか、ちょっと知りたくなっただけよ。
 想像以上に楽しい結果になったわね?」

 サンドラは実に楽しそうに、目を細めてニヤリと微笑んだ。

 うつむいたサイモンを相手に、勝利を確信したようだ。

 それでもなお、攻撃の手を緩める気配はない。

 ――こいつ、嗜虐嗜好者の気でもあるんじゃないのか?

 なぶられている。

 その事実を感じながらも、サイモンの脳裏には先ほどまで視界に納めていたサンドラの姿が焼き付いて離れなかった。

 ――確かに、この部屋着は刺激的だ。認めよう。降参だ。

 サイモンは、完全に白旗を挙げていた。

 さらにサンドラのなぶる言葉が続く。

「実はね。レナもララも呼んでないの。
 だからいくら待っても、誰も助けに来てはくれないわ」

 再び弾けるようにサイモンが顔を上げ、その目がサンドラの瞳を捉えた。

「……何を考えてるんだ?
 こんなことがばれたら大問題だぞ?
 お前の嫁入りに支障をきたす」

 たとえ手を出さなくても、婚前の貴族子女の男女が部屋に二人きりだ。

 これは家同士の諍いに発展しかねない、大問題だった。

 ここに来るまで誰に見られたのか。

 誰にここに来ることを教えたのか。

 必死にサイモンは記憶をさかのぼっていた。

 サンドラが余裕のある笑みで告げる。

「ばれなければ問題にはならないし、ばれても問題にならない方法もあるのよ?」

 サイモンはサンドラの言葉で、頭が一瞬停止した。

 だがすぐに、『罠にはめられた』ことを理解した。

「お前を婚約者にしろと、そう言いたいのか」

 婚前に関係を匂わせた男女がそのまま婚姻する。

 それが唯一、問題をうやむやにする手段だ。

 サンドラがニンマリと微笑んだ。

「三日前、サイモンは私を『美しい女』と認識した。
 私も今、こうして取り乱すサイモンを見て『可愛らしい男』と認識できたわ。
 お互いを伴侶として認める条件は、クリアできたんじゃない?」

「何を馬鹿なことを?!
 だとしても、ばれないうちに部屋から抜け出せば問題にはならないだろう?!」

 サンドラの笑みが、さらに嗜虐の色に染まる。

「あら、今のあなたが立ち上がれるのかしら?
 さっきまで堪能していた私の体、その目に焼き付いているのでしょう?」

 サイモンは何も言い返せず、ただその瞳を見つめ返した。

 男の生理現象を隠すには、男子寄宿生が着る部屋着はあまりにも心もとなかった。

 追い詰められたサイモンは、内心で途方に暮れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

異世界に移住することになったので、異世界のルールについて学ぶことになりました!

心太黒蜜きな粉味
ファンタジー
※完結しました。感想をいただけると、今後の励みになります。よろしくお願いします。 これは、今まで暮らしていた世界とはかなり異なる世界に移住することになった僕の話である。 ようやく再就職できた会社をクビになった僕は、不気味な影に取り憑かれ、異世界へと運ばれる。 気がつくと、空を飛んで、口から火を吐いていた! これは?ドラゴン? 僕はドラゴンだったのか?! 自分がドラゴンの先祖返りであると知った僕は、超絶美少女の王様に「もうヒトではないからな!異世界に移住するしかない!」と告げられる。 しかも、この世界では衣食住が保障されていて、お金や結婚、戦争も無いというのだ。なんて良い世界なんだ!と思ったのに、大いなる呪いがあるって? この世界のちょっと特殊なルールを学びながら、僕は呪いを解くため7つの国を巡ることになる。 ※派手なバトルやグロい表現はありません。 ※25話から1話2000文字程度で基本毎日更新しています。 ※なろうでも公開しています。

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

転生小説家の華麗なる円満離婚計画

鈴木かなえ
ファンタジー
キルステン伯爵家の令嬢として生を受けたクラリッサには、日本人だった前世の記憶がある。 両親と弟には疎まれているクラリッサだが、異母妹マリアンネとその兄エルヴィンと三人で仲良く育ち、前世の記憶を利用して小説家として密かに活躍していた。 ある時、夜会に連れ出されたクラリッサは、弟にハメられて見知らぬ男に襲われそうになる。 その男を返り討ちにして、逃げ出そうとしたところで美貌の貴公子ヘンリックと出会った。 逞しく想像力豊かなクラリッサと、その家族三人の物語です。

処理中です...