横浜で空に一番近いカフェ

みつまめ つぼみ

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第2章:横浜で空に一番近いカフェ

7.

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 初出勤の朝、千晴は早めに目を覚ました。

 一週間以上経過し、一人暮らしにもだいぶ慣れた気がしていた。

 そして今日からが本番、新しい職場での仕事が始まる。

 スマホを確認すると、天流からショートメッセージが届いていた。


天流:家の前で待ってるから。


 返事は返さずスマホをロックし、顔を洗いに行く。

 白いブラウスとジーンズに着替えてから、化粧で顔を整える。

 最後にグレーのカーディガンを羽織り、ショルダーバッグを肩にかけた。

「よし!」

 気合の声を上げ、忘れ物が無いかを再点検して部屋を出た。


 玄関前では、天流がスーツ姿で微笑んでいた。

「今日は一緒に通勤するけど、明日からはひとりで大丈夫かな?」

 千晴が唇を尖らせて応える。

「子ども扱いしないでくれますか?」

 天流が軽やかに笑いながら、千晴に社員証を手渡した。

「IDだよ。持っておいて。
 それでラウンジに入れるから」

 鞄にしまおうとした千晴に、天流が声をかける。

「ブラウスは胸ポケットのあるものが便利だよ。
 出かける時に首から下げておけば、忘れて困ることが無いからね」

 千晴が天流を見ると、首からグリーンのストラップが垂れ下がって胸ポケットにつながっていた。

 小さく息をついた千晴が、振り返って応える。

「着替えてきます」

「うん、わかった。待ってるよ」

 千晴が急いでカーディガンからグレーのジャケットに着替えていく。

 貰った社員証を首から下げ、ジャケットの内ポケットにしまった。

 急いで外に飛び出して千晴が告げる。

「お待たせしました」

「大丈夫、そんなに待ってないよ。
 ――それじゃあ行こうか」

 うなずいた千晴が、天流と一緒にエレベーターホールに向かった。




****

 千晴が天流と一緒に桜木町駅に向かって歩いて行く。

 通勤するサラリーマンやOLの姿が、あちこちで見られた。

 駅に向かう人の流れと、ランドマークに向かう流れ。

 千晴たちはランドマークを目指し、エスカレーターを上り、動く歩道に乗る。

 左端に寄っていると、右側をせかせかと歩いて行くサラリーマンたちが通り過ぎていく。

「なんであんなに急いでるんですか?」

「なんでだろうね?
 あわてなくても職場は逃げないのに」

 天流がランドマークタワーに向かって歩くのを千晴が呼び止めた。

「あれ? ラウンジはあっちじゃないんですか?」」

「それはお客さん用。
 従業員はこっちだよ」

 千晴は天流と一緒にランドマークタワーに入っていく。

 奥まったところにある扉を抜けると、大きな搬入用エレベーターホールに出た。

「うわ……こんなところにエレベーターが?」

 天流が楽しそうに口に指を当てた。

「内緒だからね?」

 ホールには十人以上の人間が居て、黙ってエレベーターの到着を待っていた。

 エレベーターの扉が開くと、窓のない殺風景な小部屋が現れる。

 天井の高いエレベーターに乗りこむと、天流がカフェのある階のボタンを押した。

 エレベーターは高速で上昇しながら、各階に人間を吐き出していく。

 最後に千晴と天流だけが残り、エレベーターを降りた。

 エレベーターホールを抜けた千晴が、辺りを見回して告げる。

「こんなところに出るんですね」

「まぁね。お客さんに気をつけてね。
 ――こっちだよ」

 天流が先導し、千晴をカフェの事務所内に招き入れた。




****

 事務所には二人の男女が制服に着替えて待機していた。

 一人は快活に見える二十代前半の男性。

 もう一人は千晴より年上に感じる髪の長い女性だ。

 天流が二人に告げる。

「宮城、横山さん、新人を紹介するよ。
 ――広瀬さん、自己紹介」

 千晴があわてて告げる。

「広瀬千春です! よろしくお願いします」

 男性――宮城がニヤリと笑った。

「俺は宮城信太朗、バリスタだ」

 女性――横山が柔らかく微笑んだ。

「私は横山さおり、同じくバリスタよ」

 千晴はきょとんとして天流に尋ねる。

「バリスタってなんでしたっけ?」

 天流が軽妙に笑い声をあげながら応える。

「カウンターの中で料理や飲み物をお客さんに渡す人間だよ。
 ソフトクリームなんかは、カウンターキッチンで作るんだ。
 ほかの料理は奥のキッチンで調理してるよ」

「と、いうことは料理を作る人もいるんですか?」

「いるよ? 今はキッチンで開店準備をしてる。
 広瀬さんはまず、ホールスタッフだね。
 経験を積んだらバリスタにもなれるよ」

 きょとんとした千晴が、天流に尋ねる。

「天流さんはなにをするんですか?」

「私はなんでもできるけど、ホールスタッフとして動いてるよ。
 一番大変な仕事だからね」

 ――そんな仕事、できるのかなぁ。

 戸惑う千晴の背中を、天流が優しく叩いた。

「大丈夫、難しい訳じゃないから。
 ――横山さん、着替えを教えてあげて」

 横山がうなずいて千晴を更衣室へ誘った。




****

 千晴が自分のサイズに合う制服を選び着替えていく。

 白いブラウスと黒いタイトスカート、こげ茶のエプロン。

 ブラウスの胸ポケットに社員証をクリップで留めると、鏡の前で髪を整えた。

 横山がポケットからヘアゴムを取り出して千晴に渡す。

「あなた、髪が少し長いから束ねちゃいましょう。
 飲食業だから、長髪は気をつけてね」

「――あ、はい!」

 横山も髪をバレッタで留めている。

 ――うっかりしてたなぁ。

 セミロングの髪をヘアゴムで束ねた千晴が、横山に尋ねる。

「これで大丈夫ですか?」

「ええ、バッチリよ」

 胸を撫で下ろした千晴が、横山と一緒に更衣室を出た。




****

 事務所に戻った千晴を、天流と宮城が笑顔で迎えた。

「よく似合ってるね、広瀬さん」

 宮城が口笛を吹いて告げる。

「いいね、職場が潤いそうだ」

 天流が手を打ち鳴らして告げる。

「宮城と横山さんは業務に戻ってくれ。
 私は広瀬さんとホールを回る」

 宮城と横山が元気に返事をし、カウンターへ向かっていった。

 天流が広瀬を手招きして告げる。

「私と一緒にホールスタッフの仕事を覚えて。
 まずはそこから始めよう」

「はい!」

 千晴は先導する天流の後を追いかけ、事務所の外へ向かった。




****

 カフェの中を、天流はテーブルの拭き掃除をしながら千晴に教えていった。

「まずは座席の位置を覚えて。
 ――そっちのテーブル、拭いてもらえる?」

 渡されたカウンタークロスを千晴が受け取り、指示されたテーブルを見よう見まねで拭いて行く。

 一通りテーブルを拭き終わると、天流は別のカウンタークロスを取り出した。

「こっちはシート用だから、間違えないで。
 色が違うから覚えやすいでしょ?」

 千晴がうなずいて青いカウンタークロスを受け取った。

 展望席に広がるカップルシートや、階段状になっている木製のベンチを二人で拭いて行く。

「これ! 重労働じゃないですか?!」

 天流が楽し気に笑って応える。

「だからそう言っただろう?」

 一通り清掃が終わる頃、ちらほらと客が入り始める。

「お客さんの邪魔にならないよう気をつけてね。
 ――さて、戻ろうか」

 うなずいた千晴が、天流と共に事務所へ戻っていった。




****

 その後、千晴はカウンターの中に入り簡単な飲み物の提供の仕方を天流から教わっていった。

 だが定期的にホールに出ては、汚れている席を清掃していく。

 千晴もそれに付き添い、清掃のタイミングをレクチャーされて行った。

 午後三時になり、天流が告げる。

「今日はこのくらいかな。
 お疲れ、広瀬さん。
 これから一緒にご飯でも行こうか」

 千晴がきょとんとした顔で尋ねる。

「どこで食べるんですか?」

 天流が肩をすくめて応える。

「ここはランドマークだよ?
 値段を選ばなければ、いくらでも場所はある。
 ――でもまぁ、プラザのファストフードでいいかな?」

 千晴はうなずくと、天流と別々に更衣室に入っていった。
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