横浜で空に一番近いカフェ

みつまめ つぼみ

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第2章:横浜で空に一番近いカフェ

8.

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 千晴たちはランドマークプラザ二階、クィーンズタワー側にあるファストフード店に居た。

 席に座りポテトをつまみながら、千晴がぽつりとつぶやく。

「ここにもチェーン店があったんですねぇ」

 宮城がハンバーガーにかじりつきながら告げる。

「そりゃあどこにでもあるさ。
 遅番の時以外、俺たちは結構使ってる。
 最近は二十四時間営業の店が減ってきたから、遅番の時は気をつけろよ」

 横山が笑みをこぼしながら告げる。

「昼間のうちに買い物しておけばいいだけよ。
 遅番なんて夕方からなのよ?」

 千晴がハンバーガーをちまちまと食べながら告げる。

「それで、なんで子のメンバーなんですか?」

 天流がフッと笑って応える。

「広瀬さんには、しばらく早番で仕事を覚えてもらう。
 早番はいつもこのメンバーなんだ。
 そのうち遅番にも入ってもらうよ」

「シフトは誰が決めてるんですか?」

 宮城がハンバーガーの髪を丸めながら告げる。

「チーフにきまってんだろ」

「チーフ?」

 小首をかしげる千晴に、天流が応える。

「私のことだよ。
 これでもちょっとは偉いんだ」

 ――狐の『あやかし』がカフェのチーフとか、意味がわからない。

 千晴は複雑な心境でシェイクをすすっていた。

 横山が千晴に尋ねる。

「それで、少しは仕事を覚えられた?」

「――あ、はい。なんとか。
 でもやっぱりお客さんは多いですよね」

 むすっとした男性が、黙々とポテトを口に入れていた。

 千晴の視線が、その男性に注がれる。

 天流がクスリと笑みをこぼして告げる。

「キッチンスタッフの磯貝だ。
 ベテランだから、困った時は頼ると良いよ」

「はぁ……。
 ――広瀬です。よろしくお願いします、磯貝さん」

 男性――磯貝は短く「ああ」とだけ応えた。

 ――無愛想な人だなぁ~?!

 横山が楽し気に磯貝の頬をつつく。

「大丈夫よ、愛想が無いだけで、結構可愛い人なの。
 趣味がファンシーショップ通いなのよ?」

 ――それは意外過ぎる?!

 思わず千晴がまじまじと磯貝を見つめた。

 スポーツ刈りで体格もよく、体を鍛えているかのように見える。

 武骨なこの磯貝がファンシーショップに居る姿を、千晴は想像できなかった。

「……可愛いもの好きで悪かったな」

「いえ! 悪いと思ってる訳じゃなくて!」

 あわてた千晴の姿に、周囲が笑みをこぼした。

 宮城が千晴に告げる。

「気にすんな、怒ってるわけじゃねーから。
 こいつはいつもこんな調子なんだよ」

 横山がたしなめるように宮城に告げる。

「こら、年上に対する口のきき方ぐらい、いい加減覚えなさいよ」

 宮城が「へっ」と笑みをこぼした。

「別に磯貝相手ならいいじゃねぇか。
 知らねー仲じゃねーんだし」

 磯貝は黙々とハンバーガーの体積を減らしていた。

 天流が千晴に告げる。

「ともかく、今はこのメンバーをよく覚えておいて。
 中番の人たちはおいおい覚えてもらえばいいかな。
 バイトの子ばっかりで、すぐ入れ替わっちゃうけど」

 千晴がきょとんとした顔で天流に尋ねる。

「定着率が悪い職場なんですか?」

「今はどこも人材の取り合いだからね。
 観光地のカフェとか、忙しいだろう?
 そうなるとやっぱり、他に逃げられやすいんだ」

 千晴が最後のポテトをつまみながら告げる。

「贅沢ですねぇ。
 これぐらいなら、目が回るって程じゃないじゃないですか。
 飲食業なんだから、多少忙しいのは当たり前でしょうし」

 天流が嬉しそうに微笑んだ。

「頼もしいことを言ってくれるね。
 君をスカウトした私の目に、狂いはなかったな」

「そもそも、なんで私にスカウトしたんですか?
 まるで違う業種でしたよね?」

「んー、私は占いが趣味でね。
 それで『この人はいい感じがする』って出て。
 試しに声をかけてみたんだよ」

 ――狐の占い? 妖術か何かかな?

 千晴が食べ終わるのを見て、宮城が告げる。

「じゃ、親睦会はこのくらいでいいか!
 明日からよろしくな、広瀬!」

「あ、はい。
 お疲れさまでした」

 宮城と横山が、千晴に手を振りながら去っていった。

 磯貝は黙って席を離れ、店を出ていく。

 天流が告げる。

「私たちも帰ろうか。
 どこか立ち寄るところはある?」

「はぁ……別にまっすぐ帰るつもりですけど」

「じゃあ少し、みなとみらいを散策してみない?
 暗くなるまで、少し時間があるだろう?」

 千晴が顔をしかめて応える。

「なんで地元の観光地なんて歩かないといけないんですか。
 それにチーフが遊んでていいんですか?」

 天流が軽やかに笑って応える。

「私は今日、午後を空けてあるんだ。
 広瀬さんの初出勤日だからね」

「……いつもは何時まで働いてるんですか?」

「別にシフト通りだよ?
 事務処理がある日は残業していくけど」

 ――割と普通だな?

「飲食業って、もっとブラックなのかと思ってました」

「最近は法律もうるさいからね。
 ――さぁ行こうか。
 散策はまた今度にして、コンビニにでも行こう」

 千晴がうなずくと二人が席を立ち、店を出ていった。




****

 観光客でにぎわう桜木町駅前を抜け、関内方面へ歩いて行く。

 歩道橋の上で立ち止まり振り返る天流を見て、千晴が尋ねる。

「何を見てるんですか?」

「いや、ここもだいぶ変わったなって。
 少し前まで、もっと寂しかったんだけどね」

「そんなに変わったんですか?」

「うん、前は何にもなかったからね。
 随分と開発が進んだと思うよ。
 ――広瀬さんが、産まれる前くらいかな」

 ――めちゃくちゃ昔じゃない?!

 唖然とする千春に振り向き、天流がクスリと笑った。

「もっと前は、ランドマークすらなかったからね。
 神社で積み上がっていくタワーを見あげて、いつか登ってみたいなって思ったんだ。
 今はその夢がかなって、ちょっと楽しいかな」

「想像もつかないですね、ランドマークがないみなとみらいなんて」

 天流が楽し気に笑った。

「君たちの世代は、そうだろうね。
 君のご両親なら、ランドマークが無い頃も知ってるはずだよ。
 ここは造船所が無くなってから、十年ぐらい更地だったから」

「ふぇ~、今度聞いてみようかな……」

 天流が千晴に近づいて告げる。

「そろそろ日が暮れる。
 早くコンビニに行こうか」

 うなずく千晴と天流は、並んで歩きだした。




****

 コンビニで仕入れた缶ビールと総菜をローテーブルに乗せ、今夜も千晴の部屋に天流が居た。

「それじゃあ改めて、広瀬さんのはつっ出勤を祝おう」

 天流が掲げた缶ビールに、千晴がおずおずと缶ビールを当てる。

 ビールを喉に流し込んでいく天流を見て、千晴が尋ねる。

「狐ってビールが美味しく感じられるんですか?」

「個体差があるんじゃないかな?
 私は元々、お酒が好きだったからね。
 人に紛れているうちに、この味が好きになったんだ」

 千晴が感心しながらレバニラ炒めに箸を伸ばす。

「――それで、天流さんって何歳なんです?
 ランドマークよりは長生きなんですよね?」

 天流が楽しげに笑い声をあげた。

「そりゃあもう、長いこと生きてるよ?
 今の姿になったのは、平安時代くらいかな」

 ――めっちゃくちゃご長寿だったー?!

「うわ、それじゃあ敬老の日になにか贈りますね」

「そんな老人扱いしないでよ。
 これでも若々しいつもりなんだけどなぁ」

「いえ、確かに若く見えますけど。
 お仲間とかは居ないんですか?」

 天流が一本目の缶ビールを空にしてから応える。

「いるよ? 私の仲間は、全国各地に。
 でも別に連絡を取り合う訳じゃないからね。
 何をしてるかまでは知らないな」

「じゃあ、『あやかし』の仲間は?」

「そこら辺に居るよ。
 君たちが気が付いてないだけで、いろんなところに。
 日本は案外、『あやかし』が多い国なのさ」

 ――知らなかったな……知られざる世界の裏側だ。


 その後、一時間ほどの酒盛りが続くと天流が立ち上がった。

「今日は広瀬さんも働いたから、疲れてるだろう?
 私は早めに帰るよ」

「――え? もう帰っちゃうんですか?」

 天流がニコリと微笑んだ。

「もっと一緒に居たいなら、まだいるけど」

 急に恥ずかしくなった千晴が、あわてて首を横に振った。

「大丈夫です! 今夜はちゃんと眠れますから!」

「そう? でも眠れない時は、またメッセージ送って」

 静かな足取りで帰っていく天流の背中を見送り、千晴がため息をついた。

 静まり返った部屋で、缶ビールを飲み干す。

「――うし! お風呂入るか!」

 着替えを手にした千晴は、シャワーを浴びにバスルームに向かった。
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