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立太子が目される第一王子、クラウス殿下。
その妃となる聖女アネット。
彼らは一番信用してはいけない。
クラウス殿下に迎合する国王陛下も、信用してはいけない人だろう。
今回のことで筆頭宮廷魔導士の地位が確定したルーカス。
彼もまた、信用してはいけない人間だ。
さらにマティアス殿下という、しつこく私に求婚を迫ってくる人までいる。
王宮の中枢で力を持つ人は、軒並み私の敵ばかりだった。
……この国に私が居る価値なんて、ないんじゃないかしら。
私は深く息をついて、エドガーに告げる。
「エドガーあなた、私を逃がす当てはあるの?」
「……ヴィンタークローネ王国なら、多少は土地勘がある。
俺の両親は、あの国の出身だったからな。
だがこれからあの国は、この国から攻め込まれるはずだ。
戦乱を避けるなら、別の国が良いだろう」
――そうだとしても、私の心は決まっていた。
「構わないわ。ヴィンタークローネ王国へ移り住みます。
あなたも一緒に来てくださるのよね?」
エドガーはうつむいて考えこんだあと、静かな声で応える。
「……あんたが決断するなら、それに従おう。
道中の安全は、俺が守って見せる。
ラインハルト王子の分までな」
私は涙をハンカチで拭ってから、エドガーに告げる。
「そう、それじゃあよろしく頼むわね、エドガー。
私はお父様と、出立の相談をしてくるわ。
準備が整うまで、この屋敷でくつろいでいて」
私は部屋を出ると、侍女たちに告げる。
「客間をひとつ、用意して頂戴。
そこにエドガーをお通しして」
私はひとり、お父様の居る書斎へ向かった。
****
お父様は困惑しながら、大きく息をついた。
「――そうか、この国を離れるか。
そのような真相を知りながら、王家に嫁ぐ気にもなれまい。
公爵家のことは、私とエリックに任せておきなさい。
お前はお前の思う人生を歩むがいい」
弟のエリックは十三歳。
時期公爵家当主となるべく教育は受けてるけど、まだまだ幼い子だ。
「あの子に全てを背負わせることを、お許しください」
お父様が弱々しく微笑んだ。
「なに、エリックとて公爵家の長男だ。気にする必要などない。
お前は公爵家の娘として、いつかは家を出ていかねばならぬ身。
お前が案じるようなことではないよ」
私は深々とお父様に頭を下げた。
「今までお世話になりました、お父様。
どうか、末永くお元気で」
お父様がフッと笑った。
「この国で何ができるかはわからない。
だが私も、手を尽くすだけはしてみようじゃないか。
陛下や殿下たちを諫め、戦争など起こらないようにな」
私はお父様に抱き着き、最後の抱擁を交わした。
その後、書斎から辞去していった。
****
それから三日かけて、私とエドガーは旅の支度を整えた。
三日目の夜、私はエドガーと共に二人きりで馬車に乗り、公爵邸を出立した。
馬車の中で、エドガーがフードの奥でぼそりとつぶやく。
「……あんた、あったばかりの男と二人旅なんて、よくうなずけたな」
私はクスリと笑みをこぼして応える。
「信用できる人間と、そうでない人間の区別くらいはつきますわ。
あなたは魔王城から、子供用のイヤリングを拾ってわざわざ届けてくれるような人。
そんなエドガーが悪人な訳、ありませんもの」
平民の旅装に着替えた私の耳には、変わらずイヤリングが輝いていた。
こんどは一対、ようやく番いと再会できたイヤリングは、どこか嬉しそうに輝いて見えた。
公爵家を出た私はもう、貴族ではなく平民だ。
これからは平民として、ヴィンタークローネ王国で生きて行くことになる。
エドガーはフードの奥から私の顔を見て、言いづらそうに告げる。
「あんた、公爵令嬢だったんだろう?
平民の暮らしなんか、できるのか?」
私はニコリと微笑んで応える。
「公爵家の娘として、覚えるべきことは覚えてきたわ。
魔法だって、宮廷魔導士に負けない実力があるのよ?
働き口なら、いくらでも見つかるはずよ」
エドガーがフードの上から頭をポリポリと掻いていた。
「そうじゃなくてだな……平民は自分のことを自分でやるんだ。
食う物も、貴族の食事とは比べ物にならん。
寝床にだってノミが出る。
そんな底辺の暮らしに、あんたは耐えられるのか?」
「マティアス殿下に嫁ぐ未来に比べたら、何億倍もマシね。
私が至らないところは、エドガーが教えてくださるのでしょう?
頼りにしてますわよ?」
私がウィンクを飛ばして告げた言葉に、エドガーは反論する気が失せたようだった。
「……できる限り教えてやるが、手伝ってはやらんからな。
女物の衣服など、俺が洗って良い物でもない。
洗濯も、自分でやるんだぞ」
「ええ、わかってますわ」
私はエドガーが抱えている禍々しい空気の剣を見て告げる。
「その剣、どうなさったの?
人間が持つような物ではありませんわよね?」
エドガーがフードの奥で二っと笑った。
「魔物が持っていた剣だ。
普通の人間が触れれば、呪われて体が腐り落ちる。
あんたは決して、これに触れるなよ?」
私はエドガーが抱える剣をまじまじと見つめ、静かにうなずいた。
その妃となる聖女アネット。
彼らは一番信用してはいけない。
クラウス殿下に迎合する国王陛下も、信用してはいけない人だろう。
今回のことで筆頭宮廷魔導士の地位が確定したルーカス。
彼もまた、信用してはいけない人間だ。
さらにマティアス殿下という、しつこく私に求婚を迫ってくる人までいる。
王宮の中枢で力を持つ人は、軒並み私の敵ばかりだった。
……この国に私が居る価値なんて、ないんじゃないかしら。
私は深く息をついて、エドガーに告げる。
「エドガーあなた、私を逃がす当てはあるの?」
「……ヴィンタークローネ王国なら、多少は土地勘がある。
俺の両親は、あの国の出身だったからな。
だがこれからあの国は、この国から攻め込まれるはずだ。
戦乱を避けるなら、別の国が良いだろう」
――そうだとしても、私の心は決まっていた。
「構わないわ。ヴィンタークローネ王国へ移り住みます。
あなたも一緒に来てくださるのよね?」
エドガーはうつむいて考えこんだあと、静かな声で応える。
「……あんたが決断するなら、それに従おう。
道中の安全は、俺が守って見せる。
ラインハルト王子の分までな」
私は涙をハンカチで拭ってから、エドガーに告げる。
「そう、それじゃあよろしく頼むわね、エドガー。
私はお父様と、出立の相談をしてくるわ。
準備が整うまで、この屋敷でくつろいでいて」
私は部屋を出ると、侍女たちに告げる。
「客間をひとつ、用意して頂戴。
そこにエドガーをお通しして」
私はひとり、お父様の居る書斎へ向かった。
****
お父様は困惑しながら、大きく息をついた。
「――そうか、この国を離れるか。
そのような真相を知りながら、王家に嫁ぐ気にもなれまい。
公爵家のことは、私とエリックに任せておきなさい。
お前はお前の思う人生を歩むがいい」
弟のエリックは十三歳。
時期公爵家当主となるべく教育は受けてるけど、まだまだ幼い子だ。
「あの子に全てを背負わせることを、お許しください」
お父様が弱々しく微笑んだ。
「なに、エリックとて公爵家の長男だ。気にする必要などない。
お前は公爵家の娘として、いつかは家を出ていかねばならぬ身。
お前が案じるようなことではないよ」
私は深々とお父様に頭を下げた。
「今までお世話になりました、お父様。
どうか、末永くお元気で」
お父様がフッと笑った。
「この国で何ができるかはわからない。
だが私も、手を尽くすだけはしてみようじゃないか。
陛下や殿下たちを諫め、戦争など起こらないようにな」
私はお父様に抱き着き、最後の抱擁を交わした。
その後、書斎から辞去していった。
****
それから三日かけて、私とエドガーは旅の支度を整えた。
三日目の夜、私はエドガーと共に二人きりで馬車に乗り、公爵邸を出立した。
馬車の中で、エドガーがフードの奥でぼそりとつぶやく。
「……あんた、あったばかりの男と二人旅なんて、よくうなずけたな」
私はクスリと笑みをこぼして応える。
「信用できる人間と、そうでない人間の区別くらいはつきますわ。
あなたは魔王城から、子供用のイヤリングを拾ってわざわざ届けてくれるような人。
そんなエドガーが悪人な訳、ありませんもの」
平民の旅装に着替えた私の耳には、変わらずイヤリングが輝いていた。
こんどは一対、ようやく番いと再会できたイヤリングは、どこか嬉しそうに輝いて見えた。
公爵家を出た私はもう、貴族ではなく平民だ。
これからは平民として、ヴィンタークローネ王国で生きて行くことになる。
エドガーはフードの奥から私の顔を見て、言いづらそうに告げる。
「あんた、公爵令嬢だったんだろう?
平民の暮らしなんか、できるのか?」
私はニコリと微笑んで応える。
「公爵家の娘として、覚えるべきことは覚えてきたわ。
魔法だって、宮廷魔導士に負けない実力があるのよ?
働き口なら、いくらでも見つかるはずよ」
エドガーがフードの上から頭をポリポリと掻いていた。
「そうじゃなくてだな……平民は自分のことを自分でやるんだ。
食う物も、貴族の食事とは比べ物にならん。
寝床にだってノミが出る。
そんな底辺の暮らしに、あんたは耐えられるのか?」
「マティアス殿下に嫁ぐ未来に比べたら、何億倍もマシね。
私が至らないところは、エドガーが教えてくださるのでしょう?
頼りにしてますわよ?」
私がウィンクを飛ばして告げた言葉に、エドガーは反論する気が失せたようだった。
「……できる限り教えてやるが、手伝ってはやらんからな。
女物の衣服など、俺が洗って良い物でもない。
洗濯も、自分でやるんだぞ」
「ええ、わかってますわ」
私はエドガーが抱えている禍々しい空気の剣を見て告げる。
「その剣、どうなさったの?
人間が持つような物ではありませんわよね?」
エドガーがフードの奥で二っと笑った。
「魔物が持っていた剣だ。
普通の人間が触れれば、呪われて体が腐り落ちる。
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