愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ

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 王都の城門、その前でエドガーが私に告げる。

「何があっても黙って居ろ。いいな?」

 私は笑顔で頷いた。

「ええ、構いませんわ」

 フードを目深まぶかに被るエドガーを、衛兵は不審がっていた。

 だけどエドガーが懐から短剣を差し出して見せると、衛兵は顔色を変えて直立し、敬礼をしていた。

 エドガーが衛兵に耳打ちすると、何かを衛兵は小声で応えていく。

 そのうちエドガーが何かを告げると、衛兵は慌てて王都の中へ走っていった。

 私はエドガーに促され、そのまま城門の中に入っていく。


 王都の入り口、そこは大きな広場になっていた。

 露店が立ち並び、休憩所になる屋台がいくつも出ていた。

「ここで少し、休憩していく」

「ええ、わかったわ」


 屋台の出しているベンチに座り、私たちは飲み物と一緒に軽食を口にしていた。

 その鮮烈な香りに驚いて、私は声を上げる。

「――これはなに?! とても爽やかね!」

 エドガーがフードの奥にクスリと笑った。

「ヴィンタークローネ特産のハーブを練り込んだパンだ。
 口にすると、清涼感のある風味が広がる。
 夏の風物詩だな」

 飲み物も、ハーブを混ぜ込んだ甘いお茶のようだった。

 私はヴィンタークローネの味を楽しみながら、パンを完食した。

「――はぁ、美味しかった。
 ヴィンタークローネって、不思議な食べ物があるのね」

「気に入ったようでよかった。
 あんたはこれから、この王都で暮らしていく。
 早くこの国での暮らしになれるといいんだがな」

 私はじっとエドガーを見つめて告げる。

「エドガーはこのあと、どうするつもり?」

 エドガーがうつむいて、言いづらそうに応える。

「……俺はこの呪いで、いつ死ぬか分からない身体だ。
 よくもここまで命が持ったと、我ながら驚いている。
 あんたを無事に王都に送り届けられて良かったと、心底思っているよ」

「答えになってないわ。あなたはどうするつもりか、教えてくださらない?」

「……やり残したことがある。
 この王都でやるべきことをやったら、そのやり残しを果たしに行くさ」

 それ以上詳しいことを、エドガーは語る気がないようだった。

 私は黙って広場に居る民衆の姿を見る。

 誰も彼も、笑顔に溢れて楽しそうだ。

 そんな喧騒の中から、ひとつの話声が聞こえてくる。


「ねぇお父さん、ラインハルト殿下はいつお戻りになるんだろうね!」

「なーに、もう間もなくさ。殿下が魔王ごときに破れるわけが無い。
 しばらくすれば、我が国に凱旋なさるはずだ」


 私はきょとんとして、エドガーに尋ねる。

「ねぇエドガー、ゴルテンファルから王子の訃報は届いてないのかしら」

 王家が馬で報せを走らせたなら、徒歩の私たちよりずっと早く情報がもたらされてるはずだ。

 いくらなんでも、訃報が届いていれば民衆にだって噂は広まる。

 だけどそんな様子が、少なくともこの広場には見当たらないようだった。

 エドガーは口角を上げて笑みを作る。

「おそらく、王子の訃報を届ける気がないのだろう」

「それは何故? 一刻も早く知らせるべきではないのかしら」

 国王陛下はあの日の夜会で『ヴィンタークローネに報せを走らせる』と告げた。

 それをしていなかったことになる。

「油断を誘っているのだろう。
 そして攻め入ってから王子の訃報を伝え、兵や民の混乱を誘発するつもりなのだ。
 なんとも、姑息な手段だよ。実に奴ららしい手口だ」

 つまり、すでにゴルテンファル王国はヴィンタークローネ王国へ侵攻する準備を進めているのだ。

 軍を攻め込ませ、混乱するヴィンタークローネ王国軍に王子が死んだと伝え、さらに人心を惑わせようというのだろう。

 求心力が高かった第一王子が魔王との戦いで命を落としたと知れば、その場の戦況は間違いなくゴルテンファル王国軍に有利になる。

 真相を知ろうにも、それを知ってる国が攻め込んできている。

 混乱する兵や貴族たちは、十全には戦えないままだろう。

 私は小さく息をついて告げる。

「そんなことで勝利を収めて、誇りや矜持はないのかしら」

「奴らにそんなものを期待するだけ、無駄だろうさ」


 しばらく待っていると、私たちの前に一台の馬車が止まった。

 中から身なりの良い貴族の老人が現れ、エドガーが彼に頷くと、老人もエドガーに頷き返した。

「アリシア嬢、馬車に乗るぞ」

 私は老人の手を借りてエドガーと共に馬車に乗りこみ、どこかへと連れていかれることになった。
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