愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ

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 私たちは旅程を、順調に消化していった。

 マティアス殿下の差し向ける追っ手に会うこともなく、私たちは進んでいく。


 海辺に来ると、私ははしゃいでエドガーに告げる。

「海よ! 私、海なんて初めて見るわ!」

「そうなのか? だが先を急ぐぞ」

「あら、少しくらいいいじゃない。浜に行ってみましょう?」


 夏の日差しの中、私は素足になって波に足を浸す。

「わぁ、エドガー見て! 波って面白いのね!
 波が引いて行くと、私の体も海に持っていかれそうになるわ!
 話に聞いていた海とは、こんなものなのね!」

 エドガーは静かに私の様子を眺めているようだった。

「子供みたいにはしゃいで……。
 十五歳だろう、あんた」

「悪いかしら? エドガーも足を浸してみたら?
 とても気持ちがいいわよ?」

 エドガーはフードの奥で、私をまぶしそうに見つめながら応える。

「……水を伝ってあんたに呪いが移ったらまずい。俺は遠慮しておく」

「もう! 考え過ぎよ。ここまで呪いが移る兆候はなかったわ。
 あなたも少しは、旅を楽しんでみたらどうかしら?」

 私がなんどか催促すると、エドガーは渋々ブーツを脱いで裸足になった。

 彼の武骨な足首が夏の日差しにさらされれる。

 エドガーはその足を波に浸すと、静かに波に身をさらしていた。

「……懐かしいな、海の感触も」

「あらそう? エドガーは海の経験があるのかしら」

「子供の頃は何度か、海で泳いだこともある。
 広くて深くて、興味深い生き物の宝庫だぞ、海は」

 私はクスクスと笑みをこぼして応える。

「それは是非、いつか知りたいものね。
 女性が海で泳ぐなんて、できるのかしら?」

「水着はあるが、淑女が着るようなものではない。
 肌を露出させる服だからな。
 あんたが海を知ることはあるまい」

「だから、私はもう平民よ?
 なんならこの場で、服を全て脱ぎ捨てて、裸で海に飛び込んでみようかしら?」

 エドガーが慌てて私を止めに走った。

「――馬鹿! やめろ!
 平民でも、裸になって泳ぐなんて子供しかやらんぞ!」

「ふふ、冗談よ。でも止めてくれてありがとう、エドガー」

 エドガーは私から顔を背けて応える。

「……フン! あんたがみっともない真似をすると、俺が恥をかく。それを止めただけだ」

 クスクスと笑う私に、エドガーはバツが悪そうに告げる。

「そろそろ上がれ。先を急ぐぞ」

「ええ、わかってるわ。わがままを聞いてくれてありがとう」

 私たちは海から上がり足を拭くと、靴を履いて国境へ向かい進んでいった。




****

 ヴィンタークローネとの国境に辿り着き、私はお父様が用意して下さった通行証を見せる。

 身分が怪しい人間を落とさない衛兵たちも、ローゼンガルテン公爵の署名がある通行証ですんなり道を空けてくれた。

 私たちはそのまま国境を抜け、ヴィンタークローネの地を踏んだ。

 エドガーが歩きながら私に告げる。

「もうこれで、マティアス王子の追手が迫ることはあるまい。
 だがヴィンタークローネの王都まであと一週間、気を抜かずに行くぞ」

 私はきょとんとエドガーを見た。

「王都まで行くの? それは何故?」

「あんたみたいな世間知らず、そこらの町で暮らさせる訳にはいかないだろう。
 王都には少ないが伝手がある。それを頼ってあんたを預ける」

 私は歩きながら、ニコリと微笑んでエドガーを見つめた。

「どうしてそこまでしてくださるのかしら。
 私はもうただの平民の娘よ? 返せるものなんて、この心と体以外に有りはしないわ」

 エドガーが深いため息をついて応える。

「そんなものを、気軽に俺なんかに渡そうとするんじゃない。
 あんたは王都で、下位貴族とでも縁談を組んでもらうといい。
 俺が何とか、伝手で話を付けてやる」

「だから、なぜそこまでしてくださるの?
 エドガーに取って、私は見ず知らずの元公爵令嬢でしょう?」

「……世間知らずのあんたを放っておけないだけだ。
 夢見が悪くなる真似は、俺にはできん」

 先を急ぐエドガーの背中を見ながら、私はクスリと笑みを漏らす。

 ――本当に、お変わりないんだから。

 エドガーがこちらに振り返り告げる。

「なんだ? なにを笑った?」

「いーえ、なんでもありませんわ。お気になさらないで」


 私たちはこれまで通り、並んで王都へ伸びる街道を歩いて行った。
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