お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ

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第1章:希代の聖女

第24話 おてんば姫のお披露目(2)

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 今夜の夜会に合わせ、お父様が公爵家に戻ってきた。

「ただいまティベリオ。シトラスに問題は起こらなかったかい?」

「ええ、大丈夫よ。夜会の手配もぬかりなく進んでいるわ」

 お父様とお母様が話をしている間、私はお父様を見上げていた。

 やっぱり忙しいのだろう、疲れているのが見ていてもわかってしまった。

 おそらく満足な睡眠時間も取れていない。

 お父様の視線が私に寄越される。

「シトラス、夜会には参加できそうかい?」

「はい、問題ありません。それより――≪慈愛の癒しセイント・ヒール≫!」

 私の祈りに応え、まばゆい光がお父様を包み込んでいた。

 驚くお父様の顔から、みるみる疲労が抜けて行く。

「――ふぅ。どうでしょうか、少しは身体が楽になりましたか?」

 お父様が戸惑いがちに応える。

「あ、ああ。少し驚いたけどね。
 だけどこんなところで聖女の力を使ってしまって、夜会に影響が出たらどうするつもりだったんだ?」

 私はにっこりと微笑みを返した。

「私が倒れても、病弱な令嬢と噂される程度で済みます。
 ですがお父様に今倒れられてしまうと、問題が多く生まれてしまいます。
 ならば迷うことはないと思いました」

「そうか……だがやはり顔色が悪い。
 夜会までは部屋で休んでいなさい。
 食事も部屋でとって構わないよ」

「はい、わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」

 お父様が部屋に戻るのと同時に、私たちもそれぞれの部屋に戻っていく。

 階段を上る途中、アンリ兄様が不安気な表情で私を見ているのに気が付いた。

「大丈夫です、お兄様。社交界も慣れたものなんですから」

 なんせ十年間、参加してきた世界だ。

 ずっとぼっちだったけどね!

「ならなぜ、そんなに顔色が悪いんだ。
 不安なんだろう? 無理をすることはない。
 気分が悪くなったら、すぐに言うんだ」

 アンリ兄様はこの二日間、私を見てきている。

 に不安で押しつぶされそうになっていく私の事を見抜いたのだろう。

 私は黙って微笑みながらうなずいた。




****

 夕方になり、夜会の支度が始まる。

 ドレスに着替え、子供用の化粧を施していく。

 ……なーんで子供にまで化粧をするのかなぁ?

 正直いって、化粧は苦手だ。

 息苦しくなるし、顔がべたべたするのも気持ち悪く感じる。

 これだけは十年っても慣れることはできなかった。


 日が落ちて外が賑わってきた。来賓らいひんがやってきているのだ。

 窓から様子を眺めると、公爵邸への道に馬車の行列ができていた。

 どうやらかなりの人数が参加するようだ。

 扉がノックされ、そちらに振り向く――アンリ兄様だ。

「そろそろ控室の方に移動しよう」

 私は静かにうなずいた。




 今夜の夜会は公爵家の大ホールで開かれる。

 今私が居るのは、ホールの中の控室だ。

 既にホールには多数の来賓らいひんがつめかけて、会話を交換している最中だろう。

 遠くから聞こえてくる楽団の奏でる音色が、私の嫌な記憶を呼び覚ます。

 私はソファに座りながら、手にかく嫌な汗を握りしめていた。

「どれくらいの方が来ているのかしら」

 アンリ兄様が応えてくれる。

「領内の貴族とその家族、二百人ほどが参加するはずだ。
 だがほとんどは下位貴族だ。
 王都からやってきている貴族もいるらしいが、数は多くないと聞いている。
 お前のことは事前にグレゴリオ最高司祭が聖女であると宣告し、その後にお前が登場する段取りになっている」

「え?! グレゴリオ最高司祭がきてらっしゃるの?!」

 グレゴリオ最高司祭だって忙しい人のはずだ。

 そんな人までが、私のお披露目夜会なんかに?

 アンリ兄様が頷いた。

「ああ、この夜会のために来てくださった。
 今はまだ国が布告をする前だ。お前が確かに聖女であると、聖教会の司祭が認めなければならない。
 司祭の手配を頼んだら、グレゴリオ最高司祭が名乗り出たそうだ」

「そんな……グレゴリオ最高司祭にまで、ご迷惑をおかけしてしまったのね」

 お母様は私の街での行動は「恥じるべきところはない」と言ってくれたけれど、私の軽率な行動でお父様やグレゴリオ最高司祭に無駄な労力と時間を使わせてしまっている。

 これからはアンリ兄様やお父様の言う通り、公爵令嬢らしい行動を心がけた方がいいのかもしれない。

 私が落ち込んでいると、アンリ兄様の優しい声が頭の上から降ってくる。

「そんなに落ち込むな。母上が言うとおり、悪を憎む心は公爵家の人間として誇らしいと思う。
 今回はただ、時期が悪かっただけだ。
 お前はお前らしくあれば、それで構わないだろう」

 見上げると、優しい眼差しのアンリ兄様の微笑みがあった。

 ……いつかアンリ兄様にも迷惑をかけてしまうかもしれない。

 そうならないよう、やはり公爵令嬢らしくするべきなのだろう。

「ありがとうございます、お兄様」

 私が微笑んで告げた言葉で、アンリ兄様の微笑みが陰った。

「そんなに悲しい笑顔を見せないでくれ。
 私たちは、お前に明るい笑顔でいて欲しいんだ」

 どうやら、微笑むのに失敗していたらしい。

 私はうつむいて表情を隠した。

 段々時間が迫ってきている。

 指先が緊張で震えているのを、握りしめてごまかした。

 深呼吸をして時計を見る――午後六時。開宴から一時間がった。

 私が登場してもおかしくない時間だ。

 ホールの方から、大勢の人間のどよめきが聞こえてきた。

 おそらくグレゴリオ最高司祭が『私が特別な聖女である』と告げたのだろう。

 つまり、出番だ。

 扉がノックされ、お母様が姿を見せた。

「さぁ、シトラス。行くわよ――アンリ、しっかりエスコートしなさい」

 私は目の前に差し出されたアンリ兄様の腕を取る。

 ソファから立ち上がると、膝が笑っているのを自覚してしまった。

 あれほど覚悟を決めたのに、まだ怖いのかな。

「大丈夫だ、私が傍に付いている」

 顔を上げると、アンリ兄様が優しく微笑んでいた。

「はい、よろしくお願いします」

 私はアンリ兄様にエスコートされ、ゆっくりとホールに向かって行った。




****

 ホールへの扉をくぐると、大勢の貴族たちの視線がこちらへ集中した。

 人数は少ないけど、その奇異の目だけで私は全身が総毛立ち、背中を冷たい汗が流れて行く。

 ――ああ、十年前の夜会を思い出す。あの時は所作も満足にできてなくて、嘲笑が聞こえてきてたっけ。

 そのままゆっくりとお父様の元へ歩いて行く。

 その間も、貴族たちの視線を私は浴び続けていた。

 私は自分をふるい立たせ、貴族の微笑みを顔に張り付ける。

 お父様の元へ辿り着くと、お父様が私にうなずいてから来賓らいひんに告げる。

「この子が我が新しい娘、シトラスだ。
 先ほどグレゴリオ最高司祭が告げたように、希代の聖女として聖教会から認定されている。
 先日、病床にせっていた妻を癒してくれたのもシトラスの聖女の奇跡だ。
 彼女が間違いなく聖女であると、私もここに宣言する。
 ――さぁシトラス、自己紹介を」

 背中を押され、私は一歩前に出てカーテシーで挨拶する。

「シトラス・ファム・エストレル・ミレウス・エルメーテですわ。
 これから貴族社会の一員として加わります。
 皆さま、よろしくお願いします」

 顔を上げると、周囲の貴族たちは呆然ぼうぜんとしているようだった。

 ……なんで? 私、何も間違えてないよね? やっぱりなんかやらかした?

 こういう時はとっとと引っ込むのが一番だ。

 一歩下がり、お父様の後ろへ控える。

 お父様が来賓らいひんに向けて告げる。

「では夜会を続けよう!」

 お父様の合図で、楽団が演奏を再開する。

 それと同時に私とお父様の元へ、周囲の貴族たちが集まり始めた。

 次々と挨拶を告げてくる貴族たちの顔と名前を覚えながら言葉を交わしていく。

「フランコ・デルス・グランデ子爵です。希代の聖女に会える僥倖ぎょうこう、神に感謝いたします」

「まぁ、グランデ子爵? あなたの領地はバラの香水が有名だそうですわね。
 今度試してもよろしいかしら。お勧めの香りを教えてくださらない? ――まぁ! ではその香水をお母様にお願いしておきますわね」


「アンドレア・ボニフ・メローニ伯爵です。シトラス様は本当に二週間前に公爵家に来たばかりなのですか?」

「ええ、その通りですわよ?
 メローニ伯爵と言えば、良質の綿素材の産地をお持ちだそうですね。
 私、先日からお母様に教わって刺繍を始めましたの。
 よろしければ糸と布を試させてもらえるかしら――ええ、楽しみにしていますわ」


「ジョン・デルソ・バッフィ伯爵です。あなたは本当に七歳なのですか? とてもそうは見えません」

「間違いなく、七歳ですわよ? お疑いなら、ジルベルト伯爵領のベイヤー司祭をお尋ねください。
 彼が私に洗礼を施してくださいましたの。
 バッフィ伯爵と言えば、公爵領でも有数の精強な私兵団をお持ちだそうですわね。
 お父様も常々、頼りにしていると口になさってます。
 豚や馬の産地としても有名だとか。普段から愛用させていただいてますわ」


 私は必死に頭を回転させて受け答えを続けていく。

 慣れた貴族の微笑みを張り付けて返答する私を見て、貴族たちは感心するようにうなずき、去っていった。


「ギド・デアル・ソロカイテ伯爵だ。なるほど、二週間でよくぞここまで仕込んだものだと感心しましょう。
 だが所詮は農村の生まれ、下賤げせんな血が公爵家に入るなど、エルメーテ公爵は正気なのですかな?」

 私の体温が急激に下がったような感覚におちいった。

 一瞬視界が暗くなったけど、気合でなんとか踏ん張った。

 アンリ兄様が私の前に出て背中でかばい、何かを叫ぼうとしたのを私が手で止めた――この人は、アンリ兄様が口を出しちゃだめだ。

「……私の生まれが農村なのは確かですが、お父様を侮辱ぶじょくするのはやめてくださるかしら。
 そしてあなたの発言は、私に聖女の力を与えて下さった聖神様を侮辱ぶじょくするに等しい行為です。
 その言葉を訂正しないのであれば、聖神様の名において、あなたを神に対する反逆者としてグレゴリオ最高司祭に告げなければなりません。
 それでも構いませんか?」

「ふふ、小娘がいっぱしの口を。反逆罪を問われるのは本意ではない。先ほどの言葉は訂正させてもらおう。
 ――だが、まともな婚姻を貴族社会で結べると思うなよ?
 どうやって司祭をごまかしたのかは知らないが、こんな小娘が希代の聖女だなど、笑わせてくれる。
 私を納得させたければ、聖女の力とやらを見せてみるがいい」

 お父様が苛立たしそうにソロカイテ伯爵に告げる。

「ソロカイテ伯爵、口が過ぎるぞ!」

「果たしてそうかな? エルメーテ公爵も目を覚まされてはいかがか。
 噂では街でも大暴れしたと聞く。とても聖女や公爵令嬢の取る行動ではあるまい?
 今からでも遅くはない。エルメーテ公爵家から放逐ほうちくしてはいかがか」

 ソロカイテ伯爵領は貴金属の産地として有名だ。

 貴金属は宝石類と並んで、貴族社会で最も重宝される品。

 つまり彼の領地は、国家の中で重要な位置をになってることになる。

 そんな彼の発言力は、公爵領内でも群を抜いていた。

 お父様が強く出られないとわかっているのだ、この男は!

 だけど! ここまで侮辱ぶじょくしてくる相手なら戦わないと!

 前回の人生ではここで逃げていたから状況が悪くなっていった。

 同じてつを踏むわけにはいかないのだから!

 私は祈りをソロカイテ伯爵のカフスに向けた。

「≪無垢なる妖精セイント・フェアリー≫! 知っている秘密を全て打ち明けて!」

 驚いているソロカイテ伯爵のカフスから、ふわりと小さな女の子が浮き上がっていた。

『ソロカイテ伯爵は、裏帳簿を付けてるよ! 税金を誤魔化しているんだ!
 それと領内に若い愛人が二人いるよ! これは夫人にも秘密なんだ!』

 驚くほどぺらぺらと、妖精が明るく秘密を暴露していった。

 隣に居た夫人が眉を逆立ててソロカイテ伯爵の襟元を掴んだ。

「あなた! 愛人が二人も居るってどういうことかしら?!」

「待てパオラ! 話せばわかる! こんなもの、この小娘のまやかしだ!」

 夫婦喧嘩が始まりかけたところで、お父様が間に割って入った。

「その話し合いは帰宅してから続きをして欲しい。
 ――それより、裏帳簿の件について詳しく聞かせてもらおうか。
 貴公は脱税をしていると、そういうことなのだな?
 その金の行き先も詳しく吐いてもらおう」

 納税は民衆の義務だけど、領主も国に納めなきゃいけないお金はある。

 貴金属や宝石類は、採掘量に応じて税金を納める義務が、この国にはあるのだ。

 裏帳簿を付けていたということは、採掘量を過少申告していた、つまり脱税していたことになる。

 悪質な脱税だった場合、死罪だってあり得る重罪だ。

 すっかり青い顔になったソロカイテ伯爵が、あわてて身をひるがえした。

 お父様が大きな声で叫ぶ。

「その男を捕まえろ! 反逆罪だ!」

 走り去っていくソロカイテ伯爵がホールの入り口に差し掛かると、その入り口を一人の大男――お父さんがふさいだ。

 お父さんは鬼のような形相で怒りをほとばしらせている。

「貴様、よくもシトラスを侮辱ぶじょくしてくれたな」

「――そこをどけ!」

 ソロカイテ伯爵がお父さんを跳ね除けようとしたけれど、お父さんは剛拳ごうけんでソロカイテ伯爵の顎を下から打ち抜いていた。

 天井に叩き付けられたソロカイテ伯爵が、糸の切れた操り人形のように落ちてきて、そのまま床に激突する寸前でお父さんがその服を掴み、激突を回避した。

「ふん! 小悪党風情が粋がりおって!」

 ……うわぁ、お父さん今、本気で殴ってたね……ブラッド・ボアを倒しちゃうパンチだよ? 殺してないよね?

 私はソロカイテ伯爵に息があるのを遠目で確認すると、大きなため息をついた。

 緊張の糸が切れた私の意識は、その記憶を最後に途切れていた。
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