お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
62 / 71
第6章:聖女の使命

第59話 冷たい心

しおりを挟む
 私は急いでお母さんの姿を探した。

 その時間、お母さんはずっと仕事場で作業をしていたらしい。

 私の部屋には近付いていないそうだ。


 ……このことを、誰かに相談するべきだろうか。

 白昼夢だったかもしれない。

 あの出来事を証明することが、私にはできなかった。

 あの時、従者たちはなぜか、それぞれが別の用事で全員部屋から離れていた。

 あの瞬間の目撃者がいないのだ。

 お父様は王都に居る。

 お母様は……たぶん、頼りにならない。
 
 私は消去法で選択した相手の部屋へ向かい、扉をノックする。

「お兄様、少しよろしいでしょうか」

 部屋の中で書類を見ていたアンリ兄様が顔を上げ、不思議そうな顔をする。

「どうしたシトラス。何があった」


 私はレナートのいたずらから、偽物のお母さんまで、全てをアンリ兄様に伝えた。

 ……ただし、レナートが何を私に言ったのか。そこはぼかした。


 アンリ兄様の表情が険しい。

「……聖玉に異変があった可能性がある」

「異変ですか?」

「亀裂が入ったかもしれない」

「まさか!」

 戦争なんてしていない、宰相もこの世に居ないのに?!

「さすがに崩壊まではしていないと思うがな。
 おそらく王都から早馬がこちらに向かっているはずだ。
 いつでも出発できるよう準備をしておくんだ」

 どうやらアンリ兄様の中で、聖玉に異変があったのは確定事項みたいだ。

「わかりました。他に私に出来る事はありますか」

 アンリ兄様が私の目をじっと見つめた。

「今回、レナートも連れて行ってやりたいと思う。
 あいつを許すことはできないか」

 私は再び心が凍っていくのを感じた。

「お兄様までそんなことをおっしゃるの?」
「それだ、シトラス」

 それ? それってどれ?

 私がきょとんとしていると、お兄様がゆっくりと告げる。

「今、お前の心の中に異変が無かったか?」

「異変といいますか……レナートに対する怒りはありましたが」

「では、その怒りを何とかしずめてくれ。
 今のお前の状態が、異変の原因だろう」

「どういうことですか? 意味が分かりません」

「さっきお前が発言した時、お前からとても冷たい気配がした。
 今お前が抱えている感情が、魔神の力を強くしているんじゃないか?
 何か心当たりはないか」


『悲しみや怒りは、魔神の力を強くしてしまう』


 あの日、前回の人生で『村が全滅した』と知らされた夜に、ベイヤー司祭から聞いた言葉。

「……ですが悲しむことも、怒ることも、今まで何度もあったはずです」

「今までのものと異質な状態だと思う。
 さっきのようなシトラスを、私は知らなかった。
 なんとか自覚はできないか?」

 そんなことを言われてもなぁ……ああでも――

「レナートに対して怒っている時は、心が冷たくなっていく気がします。
 この感覚は、処刑されたあの日に感じたのが最後だったと思います」

「……詳しくは、グレゴリオ最高司祭が知っているかもしれないな。
 おそらく、お前のその感情が魔神復活の鍵だろう。
 何があったか詳しく教えてくれとは言わない。
 レナートのどんな発言が逆鱗に触れたのかも聞かない。
 ――いつものお前に、戻って欲しい」

 アンリ兄様が私の肩に手を置いた。

 私はそれを、とても冷ややかな目で見ている。

 ――レナートを許すだなんて、できるのだろうか。

 私は「少し、考えさせてください」と告げて、自分の部屋に戻った。




****

 私はソファに座り紅茶を飲みながら、ゆっくりと自分の心を見つめていた。

 冷たい心の正体は、さっきなんとなく気が付いた。

 処刑された日と同じだとしたら、それはきっと人間に失望し、見捨ててしまった私の心だろう。

 レナートが禁句を口にした時に、思い出してしまった私の本心。

 お母様だけでなく、アンリ兄様まであんな心で見る日が来るだなんて、思わなかったな。

 私に何が起こったのか――人間に失望している心を、聖女の私が自覚してしまった。

 人を救うべき聖女が、人間を見捨てたのだ。

 たぶん、それがあの偽物のお母さんを呼び寄せた。

 あれはなんだったのだろう。

『いつものお前に、戻って欲しい』

 いつもの自分、か。

 それがどんなものだったのか、思い出すのが難しい。

 どうやったら戻れるだろう。


「シトラス、ちょっといいか」

 声に振り返ると、部屋の入り口にお父さんが立っていた。

 お母さんにお母様、アンリ兄様も居る。

 今度は慎重に相手を見定める――嫌な気配は、しないはずだ。

「なに? お父さん」

 ――ああ、お父さんまで冷たい心で見てしまう。

 お父さんはとても悲しそうな顔で、ゆっくりと近づいてきた。

 そして私の傍まで近寄ってきて、両手で私の頬を挟んだ。

「……お父さん、どうしたの?」

「お前はいつも明るく笑う女の子だ。母さんみたいにな。
 そんなお前が、それほど冷たい目で私たちを見ている。
 それだけ辛い目にあったんだと、今ならよくわかる」

 ……そうだよ、今もずっとつらいよ。

 私は人間を救いたい。

 なのに、救う価値が無いことを心が認めてしまってる。

 救いたい心と見捨てる心がせめぎ合って、悲鳴を上げてる。

「またシトラス・ガストーニュに戻るか?」

「……今は、ヅケーラ村に帰って居られる状況じゃないよ。
 もし聖玉に異変があったなら、私は王都に行かなきゃいけないし」

 亀裂ぐらいなら、猶予はある。

 でも崩壊していたら……ああでも、それはもう手遅れということだから、その時は帰っても良いのかな。

「では、いつもの聖女シトラスに戻るか」

 私はきょとんとしてお父さんを見つめた。

 どういう意味だろう? それが出来れば苦労はしないんだけど。

「お前はいつも人々を救いたいと願っていた。
 少しでも悲しむ人を救いたいと、命を削るようなことさえしていた。
 もう一度、悲しむ人を救いたがるお前に戻れるか?」

 悲しむ人を救う――それは私が願い続けたこと。

 あの日の子供たちのような泣き顔は、もう見たくない。

 その気持ちだけはまだ、この胸にった。

「……今の私じゃ、悲しむ人を救えないって意味かな」

「少なくとも、お前の目の前には、お前を思って悲しんでいる人間がこれだけ居る。
 私たちの心を、救ってはくれないか」

 お父さんたちの悲しみは、言われなくても見ればわかる。

 救いが欲しいと言われるなら、それを救うのが聖女の役目だ。

 でも今の私に、そんな力があるだろうか。

「どうすれば救われてくれるの?」

「いつもの明るい笑いを、取り戻してほしい。
 見ているだけで心が温かくなる、お前の笑顔を。
 私たちはその笑顔に、いつも救われていたんだ」

 そんなことで救われるの?

 でも笑い方なんて、もうわからなくなっちゃった。

 うつむいていると、アンリ兄様が前に出てきた。

「シトラス、馬に乗らないか」

 突然だな?

「お兄様? 今はそれどころではありませんが」

 アンリ兄様が首を横に振った。

「エルメーテ公爵令息ではなく、旅人のアンリとして、シトラス・ガストーニュと馬に乗りたい。
 今夜一晩、二人きりで過ごさないか。あの場所で野営しよう」

「あの場所って、あの高台のことですか?
 あんな人気ひとけのない場所に男女が二人きりだなんて、許されませんわ」

「シトラス・ガストーニュは、そんなことを気にする女の子じゃないだろう?
 遊びに誘われたら、気軽に乗ってくる女の子だ。
 今は貴族の習わしなんて、忘れてしまえ」

 わがままだなぁ。後で苦労するのは、私やお父様たちなんだけど。

 私はお母様に顔を向けて尋ねる。

「お母様は、それを許可できるのですか?」

「私には、旅人のアンリやシトラス・ガストーニュに何かを言う権利はないわ。
 聞くなら、あなたのご両親に聞きなさい」

 私はお父さんとお母さんを見た。

「行ってきても良いの?」

 お父さんとお母さんが笑顔でうなずいた。

「ああ、子供の遊びなら止めはしないさ。怪我だけは気を付けるんだぞ」

「……でも私の服なんて、今はこのドレスしかないんだけど?」

 お父さんが明るく笑った。

「はっはっは! 服が汚れようが破けようが、気にすることはないさ!」

 その笑い声で、私も何となく温かい気持ちを思い出し始めていた。

「仕方ないなぁ。
 ――じゃあアンリ、行こうか」

「ああ、行こう」

 私はアンリの手を取って、ソファから立ち上がった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!

夏芽みかん
ファンタジー
生まれながらに強大な魔力を持ち、聖女として大神殿に閉じ込められてきたレイラ。 けれど王太子に「身元不明だから」と婚約を破棄され、あっさり国外追放されてしまう。 「……え、もうお肉食べていいの? 白じゃない服着てもいいの?」 追放の道中出会った剣士ステファンと狼男ライガに拾われ、冒険者デビュー。おいしいものを食べたり、可愛い服を着たり、冒険者として仕事をしたりと、外での自由な生活を楽しむ。 一方、魔物が出るようになった王国では大司教がレイラの回収を画策。レイラの出自をめぐる真実がだんだんと明らかになる。 ※表紙イラストはレイラを月塚彩様に描いてもらいました。 【2025.09.02 全体的にリライトしたものを、再度公開いたします。】

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

処理中です...