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第1章:神を拾った竜殺し
第3話 そして彼は少女と出会う
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広間の一角にノヴァが向かい、指をさして告げる。
『仮眠用のベッドがそこに在る。
邪魔なものをどけて、そこにアイリーンを寝かせ』
よく見れば、ベッドらしきものが確かにあった。
その上に乗せられている朽ちたゴミを、ニアが払い落としていく。
あらわになったベッドの上に、リストリットがアイリーンを横たえた。
横たわるアイリーンの額にノヴァが手を当て、魔力を集中させ始めた。
その魔力の光がアイリーンの全身に行き渡る頃、わずかにアイリーンの瞼が動く。
アイリーンは薄く目を開けたが、それ以上の動きはない。
『身体機能に問題があるか』
ノヴァが魔法術式を展開し、アイリーンに魔法を施していく。
ニアがそれを解読するように目を凝らして見つめていた。
「これは――身体補佐魔法?
……駄目ね、それ以上詳しいことが分からない」
『そうだ、機能不全をおこしている部分を補っている。
――だがこれでも足りないか。純粋な魔力不足だな。
何か別の、魔力を補給する手段が必要だ』
リストリットが懐から魔力装填薬を取り出し、ノヴァに手渡した。
「これは使えそうか?」
ノヴァは薬を受け取ると、それに魔法を施していく。
次第に怪訝な表情になりながら薬を眺める。
『……酷い薬だな。だが有効成分は含まれている。
これを試してみよう』
ノヴァは魔力装填薬を口に含むと、アイリーンに口移しで飲ませ始めた。
ニアは口元を両手で覆い、頬を染めている。
リストリットも呆気に取られて眺めていた。
アイリーンの喉が動き、薬を飲み込んだのが分かった。
すぐにノヴァがアイリーンから離れ、彼女の様子を観察しているようだった。
アイリーンの目がさらに開いていき、その瞳があらわになった。
その色はノヴァと同じ、眩い金色――竜と同じ色の瞳だ。
だが目は虚ろなまま、天井を見上げている。
ノヴァが静かにアイリーンに尋ねる。
『アイリーン、自分の名前を覚えているか』
アイリーンの口が小さく動く。
『――私はアイリーン。アイリーン・ウェルシュタイン』
『では、年齢はいくつだ? 覚えているか?』
『――十四歳、よ。もうすぐ十五歳になるわ』
ノヴァが頷いて告げる。
『自分がどうなったか、覚えているか?』
『――ある日、胸が苦しくなって倒れて……ずっと苦しくて、不安で、辛くて。
ベッドから起き上がれない日が一年も続いたわ。
そしてとっても苦しい夜が来て、でも、誰も傍に居なくて、お父様を呼んだの。
……駄目ね、それ以上は思い出せない』
アイリーンの目が、ノヴァに向けられた。
『金色の瞳の男の子……そう、あなた、ホムンクルスなのね』
ノヴァが再び尋ねる。
『お前は自分の瞳の色を、覚えているか?』
『もちろんよ? 私の瞳は、青い空のように、目の覚めるような青』
ノヴァが空中に水鏡を作り、アイリーンの顔を映し出した。
『自分の瞳が今、何色かわかるか?』
アイリーンの顔が驚愕で彩られた。
『――嘘、なんで私の瞳が金色なの?!』
ノヴァが優しい笑顔でアイリーンに告げる。
『お前ならば理解できるはずだ。
お前が本当に“稀代の天才魔導士”アイリーン・ウェルシュタインならば』
アイリーンは黙って自分の顔が映し出された水鏡を見つめていた。
『――そう、私はあれで死んでしまったのね。
あなたも私も、お父様の作品ね?
お父様の作風を感じるわ。
……お父様ったら、魔導の禁忌を犯したのね』
ニアがアイリーンに尋ねる。
『アイリーンちゃん、魔導の禁忌とは何なの?』
アイリーンがニアを見て答える。
『人の魂をホムンクルスに注入することは禁忌なの。
国際法でも定められた、重大犯罪よ。
魂はホムンクルスの動力源。人の魂を動力源とする、忌まわしい行為。
こんなことをしたら、お父様の魂は冥界にも行けずに消滅してしまうわ』
アイリーンの目がノヴァに向けられる。
『あなたも、ホムンクルスとは思えないわ。
言動がそれらしくないもの。
……あなたも、人間の魂を入れられてるの?』
ノヴァが優しく微笑んで答える。
『俺はどうやら、神の魂を持つようだ。
思い出せんから、それ以上は分からん。
少なくとも、人間の魂ではない。
記録にも、誰の魂を入れたのかは残されていない』
アイリーンの目が辺りを見回した。
なんとか上体を起こし、さらに周囲を観察するように視線を巡らせていく。
角灯で照らし出されたわずかな範囲だが、アイリーンはそれでも何かに気づいたようだ。
『ここはお父様の工房よね?
なぜ長い年月が経過したかのように朽ちてるの?
お父様はどうなったの?』
『今はお前の死後、二千五百年が経過している。
当然、お前の父も死んでいる。
記録に残されているお前の父からの最後の言葉だ。
――“お前を孤独にして済まなかった。もうお前を一人にはしない”』
その最後の言葉は、声と口調が別人――老人のものに変化していた。
おそらく、アイリーンの父親の肉声を再現したのだろう。
アイリーンは涙を浮かべながら叫ぶ。
『そんなことを今更言われても遅いわ!
私はあの時! あの瞬間に救いが欲しかった!
それに今! お父様は傍に居てくださらないじゃない!』
その痛ましい叫びに、リストリットの胸が張り裂けそうになった。
救いを与えてやりたいが、自分たちには何もしてやれないのだ。
ノヴァが優しく答える。
『お前の父はもう居ないが、俺が居る。
俺はお前を孤独にしないために作られた存在だ。
お前を決して一人にはしない』
泣き出したアイリーンを、ノヴァは優しく抱きしめていた。
ニアがそっとノヴァに尋ねる。
「二千五百年って、なぜそんなことがわかるの?」
『工房の時計が一部生きている。
それが正しければ、今はあれから二千四百六十九年後だ。
俺たちの体は、アイリーンの死後間もなく製造された。
俺たちの体も、製造後二千五百年が経過してる』
アイリーンがようやく泣き止んだ。
『ホムンクルスの耐用年数は、そんなに長くないわ。
とっくに崩壊していてもおかしくない。
――それでさっきからずっと全身が苦しいのね。
もう息をするのも嫌になりそうよ。私、また死ぬのね』
アイリーンはどこか達観したかのように告げた。
リストリットが慌てて尋ねる。
「どういう意味だ?! 苦しいのか嬢ちゃん! 何とかならないのか?!」
ノヴァが噛み砕くように告げる。
『俺たちは今、“生きながら腐り落ちている”と言えば分かるか?
身体補佐魔法程度でどうにかなる段階ではない。
肉体の再構成が必要だ。だが魔力が足りん。
――リストリット、さっきの薬をあるだけ出してみろ』
リストリットは一瞬怯んだ。
あの薬には副作用がある。一度に大量に服用すると、廃人になりかねない。
だが今、目の前で少年と少女が生きながら腐り落ちているという。
それを救う手段は今、これしかないだろう。
大きくため息を吐いてリストリットは覚悟を決めた。
手持ちの魔力装填薬が詰まった背負い袋をノヴァに投げ渡す。
「それでほぼ全てだ。だが使い切らないでくれ。
帰り道で使うことになる。
できれば半分くらいは残しておいて欲しい」
ノヴァが頷き、魔力装填薬を一本飲んだ。
『……足りんな。もっと必要だ』
ノヴァが次々と魔力装填薬を飲み干していく。
半分近くを飲み切って、ようやくノヴァの手が止まった。
『……これならいけるだろう。
アイリーン、まずは検査魔法を使う。服を脱げ』
ノヴァに告げられたアイリーンの顔が、羞恥で真っ赤に染まった。
『仮眠用のベッドがそこに在る。
邪魔なものをどけて、そこにアイリーンを寝かせ』
よく見れば、ベッドらしきものが確かにあった。
その上に乗せられている朽ちたゴミを、ニアが払い落としていく。
あらわになったベッドの上に、リストリットがアイリーンを横たえた。
横たわるアイリーンの額にノヴァが手を当て、魔力を集中させ始めた。
その魔力の光がアイリーンの全身に行き渡る頃、わずかにアイリーンの瞼が動く。
アイリーンは薄く目を開けたが、それ以上の動きはない。
『身体機能に問題があるか』
ノヴァが魔法術式を展開し、アイリーンに魔法を施していく。
ニアがそれを解読するように目を凝らして見つめていた。
「これは――身体補佐魔法?
……駄目ね、それ以上詳しいことが分からない」
『そうだ、機能不全をおこしている部分を補っている。
――だがこれでも足りないか。純粋な魔力不足だな。
何か別の、魔力を補給する手段が必要だ』
リストリットが懐から魔力装填薬を取り出し、ノヴァに手渡した。
「これは使えそうか?」
ノヴァは薬を受け取ると、それに魔法を施していく。
次第に怪訝な表情になりながら薬を眺める。
『……酷い薬だな。だが有効成分は含まれている。
これを試してみよう』
ノヴァは魔力装填薬を口に含むと、アイリーンに口移しで飲ませ始めた。
ニアは口元を両手で覆い、頬を染めている。
リストリットも呆気に取られて眺めていた。
アイリーンの喉が動き、薬を飲み込んだのが分かった。
すぐにノヴァがアイリーンから離れ、彼女の様子を観察しているようだった。
アイリーンの目がさらに開いていき、その瞳があらわになった。
その色はノヴァと同じ、眩い金色――竜と同じ色の瞳だ。
だが目は虚ろなまま、天井を見上げている。
ノヴァが静かにアイリーンに尋ねる。
『アイリーン、自分の名前を覚えているか』
アイリーンの口が小さく動く。
『――私はアイリーン。アイリーン・ウェルシュタイン』
『では、年齢はいくつだ? 覚えているか?』
『――十四歳、よ。もうすぐ十五歳になるわ』
ノヴァが頷いて告げる。
『自分がどうなったか、覚えているか?』
『――ある日、胸が苦しくなって倒れて……ずっと苦しくて、不安で、辛くて。
ベッドから起き上がれない日が一年も続いたわ。
そしてとっても苦しい夜が来て、でも、誰も傍に居なくて、お父様を呼んだの。
……駄目ね、それ以上は思い出せない』
アイリーンの目が、ノヴァに向けられた。
『金色の瞳の男の子……そう、あなた、ホムンクルスなのね』
ノヴァが再び尋ねる。
『お前は自分の瞳の色を、覚えているか?』
『もちろんよ? 私の瞳は、青い空のように、目の覚めるような青』
ノヴァが空中に水鏡を作り、アイリーンの顔を映し出した。
『自分の瞳が今、何色かわかるか?』
アイリーンの顔が驚愕で彩られた。
『――嘘、なんで私の瞳が金色なの?!』
ノヴァが優しい笑顔でアイリーンに告げる。
『お前ならば理解できるはずだ。
お前が本当に“稀代の天才魔導士”アイリーン・ウェルシュタインならば』
アイリーンは黙って自分の顔が映し出された水鏡を見つめていた。
『――そう、私はあれで死んでしまったのね。
あなたも私も、お父様の作品ね?
お父様の作風を感じるわ。
……お父様ったら、魔導の禁忌を犯したのね』
ニアがアイリーンに尋ねる。
『アイリーンちゃん、魔導の禁忌とは何なの?』
アイリーンがニアを見て答える。
『人の魂をホムンクルスに注入することは禁忌なの。
国際法でも定められた、重大犯罪よ。
魂はホムンクルスの動力源。人の魂を動力源とする、忌まわしい行為。
こんなことをしたら、お父様の魂は冥界にも行けずに消滅してしまうわ』
アイリーンの目がノヴァに向けられる。
『あなたも、ホムンクルスとは思えないわ。
言動がそれらしくないもの。
……あなたも、人間の魂を入れられてるの?』
ノヴァが優しく微笑んで答える。
『俺はどうやら、神の魂を持つようだ。
思い出せんから、それ以上は分からん。
少なくとも、人間の魂ではない。
記録にも、誰の魂を入れたのかは残されていない』
アイリーンの目が辺りを見回した。
なんとか上体を起こし、さらに周囲を観察するように視線を巡らせていく。
角灯で照らし出されたわずかな範囲だが、アイリーンはそれでも何かに気づいたようだ。
『ここはお父様の工房よね?
なぜ長い年月が経過したかのように朽ちてるの?
お父様はどうなったの?』
『今はお前の死後、二千五百年が経過している。
当然、お前の父も死んでいる。
記録に残されているお前の父からの最後の言葉だ。
――“お前を孤独にして済まなかった。もうお前を一人にはしない”』
その最後の言葉は、声と口調が別人――老人のものに変化していた。
おそらく、アイリーンの父親の肉声を再現したのだろう。
アイリーンは涙を浮かべながら叫ぶ。
『そんなことを今更言われても遅いわ!
私はあの時! あの瞬間に救いが欲しかった!
それに今! お父様は傍に居てくださらないじゃない!』
その痛ましい叫びに、リストリットの胸が張り裂けそうになった。
救いを与えてやりたいが、自分たちには何もしてやれないのだ。
ノヴァが優しく答える。
『お前の父はもう居ないが、俺が居る。
俺はお前を孤独にしないために作られた存在だ。
お前を決して一人にはしない』
泣き出したアイリーンを、ノヴァは優しく抱きしめていた。
ニアがそっとノヴァに尋ねる。
「二千五百年って、なぜそんなことがわかるの?」
『工房の時計が一部生きている。
それが正しければ、今はあれから二千四百六十九年後だ。
俺たちの体は、アイリーンの死後間もなく製造された。
俺たちの体も、製造後二千五百年が経過してる』
アイリーンがようやく泣き止んだ。
『ホムンクルスの耐用年数は、そんなに長くないわ。
とっくに崩壊していてもおかしくない。
――それでさっきからずっと全身が苦しいのね。
もう息をするのも嫌になりそうよ。私、また死ぬのね』
アイリーンはどこか達観したかのように告げた。
リストリットが慌てて尋ねる。
「どういう意味だ?! 苦しいのか嬢ちゃん! 何とかならないのか?!」
ノヴァが噛み砕くように告げる。
『俺たちは今、“生きながら腐り落ちている”と言えば分かるか?
身体補佐魔法程度でどうにかなる段階ではない。
肉体の再構成が必要だ。だが魔力が足りん。
――リストリット、さっきの薬をあるだけ出してみろ』
リストリットは一瞬怯んだ。
あの薬には副作用がある。一度に大量に服用すると、廃人になりかねない。
だが今、目の前で少年と少女が生きながら腐り落ちているという。
それを救う手段は今、これしかないだろう。
大きくため息を吐いてリストリットは覚悟を決めた。
手持ちの魔力装填薬が詰まった背負い袋をノヴァに投げ渡す。
「それでほぼ全てだ。だが使い切らないでくれ。
帰り道で使うことになる。
できれば半分くらいは残しておいて欲しい」
ノヴァが頷き、魔力装填薬を一本飲んだ。
『……足りんな。もっと必要だ』
ノヴァが次々と魔力装填薬を飲み干していく。
半分近くを飲み切って、ようやくノヴァの手が止まった。
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