偽りの聖女、7歳からやり直します!~お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~

みつまめ つぼみ

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第4章 公爵家のおてんば姫

第15話 間に合わせのドレス

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 屋敷に戻った私を、レイチェルたちが微笑んで迎えてくれた。

「お嬢様、あんなに動くことがおできになるのですね」

「三年間、ああやって稽古けいこを付けられてましたからね。
 貴族令嬢としては、はしたないことかもしれませんが。
 でも、体を目いっぱい動かすと、とっても気持ちがいいんですよ?」

「ですが、普段はああいった行動はお控えくださいね。社交界で悪い噂が立ちますので。
 いざという時でも、お嬢様の身は兵士たちが守ります。
 お嬢様は公爵令嬢である自覚を忘れぬよう、心がけてください」

 私は笑顔でうなずいた。

「ええ、わかっています。これはあくまでも父娘おやこのスキンシップですから!」

 お父さんが楽しい。私も楽しい。ただ、それだけの時間だ。

 『護身術』なんて、ただの言い訳。

 農家の娘だったころなら、この腕前を生かして何かをできたかもしれない。

 だけど公爵家に引き取られた今、使う機会は来ないだろう。

 『前回の人生』でも、ほとんど使うことはなかったし。

 レイチェルが微笑んでうなずいた。

「ご理解いただけているなら構いません――さぁ、乱れた髪を整えましょう」

 私はレイチェルに背中を押されて、部屋に戻った。




****

 部屋で童話を読んでいると、レイチェルがお母様と一緒にやってきた。

「お嬢様、ドレスが到着しました」

 侍女たちが手に持っていた包みを開けていくと、中から若葉色のエプロンドレスが出てきた。

 さっそく法衣を脱いで、ドレスを着込んでいく。

 お母様が嬉しそうに声を上げる。

「あら、思ったよりよく似合ってるわね。
 急いで用意した割に、悪くないじゃない。
 どう? シトラス。窮屈なところはあるかしら?」

 私は軽く腕を動かしてみたけれど、引っかかるところはなさそうだ。

「大丈夫です、お母様。これからはこれが普段着になるのですか?」

「そうね、きちんと発注したものが届くまで、普段着の一着になるわ。
 でもやっぱりレディメイドだと作りが甘いわね……そこは仕方がないと割り切りましょう」

 いや、充分立派なドレスだと思うんだけど。

 だって普段着だよ? 着心地以上の何を求めるの?

 結局、十着以上あったドレスはどれも問題がなかった。

 数着あったネグリジェも、問題は見つからない。

 ただしどれもお母様の反応はいまいちだ。

「やっぱりオーダーメイドには勝てないわね」

 お母様、どこまで服装にこだわるの……。

 普段着なんて、動くのに邪魔にならなければそれでいいと思うんだけど。

 レイチェルが、最初に試着した若葉色のドレスを手に告げる。

「本日はこれを着ていただきましょう」

 侍女たちに手伝ってもらいながらドレスを着直していく。

 最後にレイチェルが私の頭にレースとリボンのヘッドドレスを付けて整えていった。

「これで完成ですね!」

 満足そうな微笑みだ……。なんで付けたの?

「これは必要な物なのですか?」

 レイチェルが力強くうなずいた。

「もちろんです! お嬢様の可憐さを演出するのに必要な一品ですから!」

 可憐な女子は、格闘術の稽古けいこなんてしないと思うけどなぁ……。

 お母様が時計に目を走らせて告げる。

「あら、うっかり時間を忘れてしまったわね。そろそろお昼じゃないの。
 アンリも待ちわびてるわ。一緒にダイニングに行きましょう」

 私はお母様にうなずくと、二人でアンリ兄様の部屋に向かった。




****

 アンリ兄様の部屋の前で、開け放たれていたドアをノックする。

「お兄様、そろそろお昼ですわよ?」

 勉強机に向かっていたアンリ兄様が、こちらに振り向いた――と、同時に固まっていた。

 そばにいた講師のおじさんが告げる。

「では、本日はこれまでとします」

 教本を片付けた講師のおじさんが、私たちに会釈をして部屋から出ていった。

 ……アンリ兄様、なんで微動だにしてないの。

 その視線は私にくぎ付けで、表情まで固まったままだ。

「お兄様? どうかなさったの? 先ほどから動きが止まってらしてよ?」

 私が小首をかしげると、アンリ兄様はハッとしたように慌てて答える。

「なんでもない! なんでもないが、その……よく、似合ってるな」

 私はニコリと微笑んで答える。

「ありがとうございます! さぁ、一緒にダイニングに行きましょう!」

 私は部屋の中に入って、アンリ兄様に駆け寄り、その手を引っ張った。

 ……こうでもしないと、アンリ兄様が動きそうにない。

 私はお腹が空いてるんだよ! あいむはんぐりー!

 成長期を舐めるなよ?! もたもたしてたら、お腹と背中がくっつくよ?!

 ぐいぐいとアンリ兄様の腕を引っ張り、廊下で待っていたお母様と合流した。

 お母様は微笑ましそうに私とアンリ兄様を見つめていた。

「あらあら、仲がいいわね。それじゃあ下に行きましょうか」

「はい、お母様!」

 私は結局、ダイニングまでアンリ兄様の腕を引っ張り続けた。




****

 ……見られてる。

 昼食の間中、私は視線を感じていた。

 視線の主――アンリ兄様の顔に目を走らせると、彼はさっと目をそらしてしまう。

 そして私が視線をお皿に戻すと、また私は視線を感じ始める。

 ……何がしたいんだい、アンリ公爵令息。

 そんなにこの服装、変だったかなぁ?

 でもお母様とレイチェルたちは、特にそんなことを言ってなかったし。

 私は困惑しながら黙々と昼食を口に運んでいった。

 お母様もどこか困ったように微笑みながら、アンリ兄様を見ているようだった。

 そんな昼食の静寂が、突然破られた。

 急にお父様の侍従がダイニングにやってきて、お母様に告げる。

「奥様、先触さきぶれが参りました。
 午後から旦那様が、国王陛下とラファエロ殿下、そしてダヴィデ殿下を伴ってこちらに戻られるそうです」

「なんですって?! 聞いてないわよ、突然すぎないかしら?!」

 私は思わずカトラリーを手から落としていた。

 国王とラファエロ王子――今、一番会いたくない相手だ。

 こっちはあの人たちに処刑された記憶が鮮明にあるんだぞ?!

 せめてもう少し、トラウマを忘れる時間的猶予と、覚悟を決める時間くらいは欲しい!

 私の顔を見たお母様が、眉をひそめて告げる。

「ああ、そんなに青い顔をしなくて大丈夫よ。
 シトラスは部屋にこもっていなさい。陛下たちには『あなたの体調が悪い』と伝えておくわ。
 ――アンリ、あなたは私と一緒に陛下たちに対応するわよ。着替えてらっしゃい」

 アンリ兄様が真剣な顔でうなずいた。

 もう先触さきぶれが来たということは、一時間前後で陛下たちがやってきてしまう。

 もたもたしている暇はない。

 私たちはあわただしく昼食を済ませると、お母様たちは支度を始めるために部屋に戻った。

 どうしよう……この家に国王たちがくる……。

 レイチェルが優しい声で私に告げる。

「お嬢様、お部屋に戻りましょう」

 私は無言でうなずき、ゆっくりと席を立った。




****

 部屋の中で童話を読みながら、外の様子を何度も窺う。

 ――遠くに騎士たちの隊列が見えた。その奥には、見覚えのある馬車。

 本当に来ちゃったか……。

 落ち着かない気分で私はため息をついた。

 本を読もうにも、内容が頭に入ってこない。

 かといってベッドに入ってしまえば、また『悪夢』を見てしまいそうで、それも嫌だ。

 仕方なくカーテンに身を隠しながら、再び外の様子を窺う。

 国王たちの馬車が近づいてくるにつれて、心臓がうるさくなっていく。

 手に嫌な汗をかいてるのに気が付いて、深呼吸を繰り返した。

 あれはまだ、私を殺した国王たちじゃない。

 『いつか私を殺す人たち』かもしれないけど、今はまだ殺意のない人たちだ。

 怖がる必要なんて、ないはずだ。

 ついに馬車が屋敷の前に到着し、私の部屋からは見えなくなった。

 ……どうしよう、落ち着かない。何をしたら?

 窓際の木椅子に座り、必死に聖神様へ祈りに没頭する。これなら少しは、マシな気がした。

 レイチェルが不安げな声で私に告げる。

「お嬢様、横になられてはいかがですか? お顔の色が悪いですよ?」

「……今は横にもなりたくないの。大丈夫、こうしていれば耐えられるはずだから」

 私は木椅子に座りながら、無心で祈りを捧げ続けた。




****

「シトラス、少しいいかな」

 お父様の声で目を開けると、いつの間にか部屋の入り口にお父様が立っていた。

 眉をひそめ、とても申し訳なさそうな顔をしている。

 ――嫌な予感がした。

「陛下が、どうしても君に会いたいと言って聞かなくてね。
 放っておくと、この部屋までやってきてしまいそうだ。
 シトラスの体調が悪いことは伝えたんだが……まったく、困った御仁だよ」

 つまり、私から国王に会いに行くか、国王が私に会いに来るかの二択だ。

 この部屋に踏み込まれたら、それこそ逃げ場が無くなっちゃう。

 そんな状況には耐えられない。

「……陛下たちは貴賓室きひんしつにいらっしゃるのかしら。
 でしたら私がそちらに参ります」

 お父様が私の肩に触れ、優しく告げてくる。

「すまないシトラス、だが無理はしなくていい。
 具合がひどくなったら、すぐに言うんだよ?」

「はい、お父様」

 私は口を引き結んで、引き返していくお父様の背中を追った。
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