傭兵ヴァルターと月影の君~俺が領主とか本気かよ?!~

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
41 / 55
第2章

41.北方国家迎撃戦

しおりを挟む
 キュステンブルク王国との国境を目前に控えた、ブリッツベルク王国軍の野営。

 ブリッツベルク王国軍司令官、ウォルフラム・ドンナーケイル侯爵の下に、緊急の一報が届いていた。

「――ジルバーハイン王国軍が壊滅しただと?!」

 部下の報告では、五日前に突如として王国軍三万が消失したという。

 直前にキュステンブルク王国から侵入してくる馬車があったという報告も、またされていた。

 その目撃情報は、噂にあるアイゼンハイン王国でキュステンブルク王国の使節が見せた力に近い。

 一瞬で全てを光が包み込み、あとには何一つ残らないという。

 『同じ力でアイゼンハイン王国軍三万をこの世から消し去った』と、北方でもまことしやかに噂が広まっていた。

 そんな暴力が現実に存在するとは思えないが、事実としてジルバーハイン王国軍の異変を知らせる使者がここに来ていた。

 ドンナーケイル侯爵の頭が素早く回転していく。

 早馬で使者が裏道を使ってここまでたどり着いたが、間もなくそのキュステンブルク王国の馬車も北方か南方に現れる。

 五か国による同時侵攻作戦、北方の軍は三か国で八万あり、まず北方にやってくる公算が高かった。

 ここまで強行軍を続け、兵たちに損耗が出始めている。

 雪がないとはいえ二月、寒波は嫌でも兵たちの体力と士気を奪っていった。

 迅速な軍事行動など望むべくもない。


 もうじきキュステンブルク王国国境だというのに、ここにきて進退を見極めねばならない必要に迫られていた。

 この状況で神の如き暴力を振るわれれば、ブリッツベルク王国軍四万も壊滅を免れない。

 このキュステンブルク王国近くの平野部に、ヒンメルトーア王国軍やガイストハーフェン王国軍の姿もあった。

 いずれかが壊滅させられれば、ここまで強行軍を続けて疲れ切った兵士たちの士気など、たちまちに瓦解する。

 だがキュステンブルク王国軍はたったの三万足らず、もうじき脆弱な国家の喉に手が届くという目前で軍を引く――難しい決断だった。

「――敵を警戒しつつ、進軍せよ!
 このことをヒンメルトーア王国軍、ガイストハーフェン王国軍にも知らせよ!」

 ドンナーケイル侯爵は、進軍を指示した。

 他の二国がどう判断するか、それは読めない。

 二国は二万ずつの軍勢、キュステンブルク王国軍がやってくるだけで、士気が落ちた兵たちが瓦解する可能性もある。

 それを数の暴力で踏みつぶすつもりで、三か国による協調侵攻を仕掛けている。

 南部でもフロストギッフェル王国軍三万が侵攻を開始している頃だ。

 今頃はキュステンブルク王国に入り込み、国土を荒らしていることだろう。

 ――この南北挟撃で、確実に叩き潰す!

 神の如き暴力の実在、そんなものを現実主義者であるドンナーケイル侯爵は信じることが出来なかった。

 おそらく、なんらかのトリックを使った計略――そう考えた。

 そこまでの被害を出せるとしたら、キュステンブルク王国軍は西に向かったのだろう。

 がら空きの北方国家との国境を抜け、悠々と王都を攻め落とす。

 ドンナーケイル侯爵は半ば自信をもって、進軍を指揮し続けた。




****

 北方連合軍は、キュステンブルク王国の国境に差し掛かっていた。

 キュステンブルク王国の北方にある国境沿いは平野部を山脈で区切られ、侵入経路が細くすぼんでいた。

 守りやすく攻めづらい難所、普段なら簡単に手出しはできない。

 だが敵の砦に兵士の姿が見えない。

 国境守備兵ぐらいは潜んでいるかもしれないが、軍が布陣している様子はなかった。

 ドンナーケイル侯爵が指揮するブリッツベルク王国軍が、そのすぼまった国境を踏み越える――その瞬間だった。

 前方に居るブリッツベルク王国軍が、まばゆい光の玉に包まれていた。

 続けて熱い暴風が兵たちを薙ぎ払い、陣形が崩れていく。

「――何事か! 報告を上げよ!」

 暴れる馬をなんとか抑えつけ、ドンナーケイル侯爵は指示を飛ばした。

 今の状況など、見ただけで分かる。国境を超えようとしていたブリッツベルク王国軍二万が、きれいにこの世から消え去っていた。

 噂に聞く『キュステンブルク王国の超常的な暴力』を目の当たりにした兵士たちは、既に逃げ出し始めている。

「ええい! 指揮を執れ! 陣形を立て直せ!」

 指揮官の指示に従う兵士など皆無だった。

 寒冷地で体力と士気を限界まで削られ、ようやく寒冷地を抜けたと思ったら、神の如き暴力を目の当たりにした。

 兵士たちは動かない身体を必死に動かし、キュステンブルク王国から離れようともがいていた。

 それでも指示を飛ばすドンナーケイル侯爵の下に、新たな一報が届く。

「閣下! キュステンブルク王国の兵らしき二人組が切り込んできました!」

「――二人組だと?! そんなもの、隊列を組んで踏みつぶせ!」

「我ら連合軍、いずれも統制が取れておりません!
 混乱している我らの軍に、敵の兵が切り込んできて被害が拡大しております!」

 ドンナーケイル侯爵の目にも、軍の前方が蜘蛛の子を散らすように逃げまどっているのが見て取れた。

 まるで兵士を紙でできた人形のように、易々やすやすと切り裂いて陣形をさらに崩してくる。

 長い強行軍、突然の超常的な暴力、そして驚異的な武力を持った兵士の出現。

 この状態で統制を取り戻すのは不可能だろう。

 取り戻したとしても、再び神の如き暴力を振るわれれば、統制はまた失われる。

「……全軍に伝えよ! 撤退する! 可能な限り兵を連れ、国へ戻るぞ!」

 ――キュステンブルク王国は、手を出してはならぬ国だったか。

 ドンナーケイル侯爵は遅い後悔に苛まれながら、言うことを聞かない兵たちを叱咤激励して撤退を指揮し続けた。




****

「――テッシン! もういい! 戻るぞ!」

 俺の声で、テッシンがこちらを見て頷いた。

 言葉は伝わらなくても、戦争なんてどこも一緒だ。

 敵は壊走を始め、勝敗は決した。これ以上はただの殺戮でしかない。

 もう北方国家の兵士たちは、こちらを見ても居ない。

 自国を目指して、必死に身体を動かし、逃げ続けている。

 俺とテッシンは敵軍に背中を見せながら、ゆっくりとアヤメたちの元に戻っていった。


 国境砦の中に止めてある馬車――そこでアヤメたちは待っていた。

 アヤメがニヤリと微笑んだ。

『なんじゃ、もうしまいかえ? もそっと消し飛ばしてもよいのではないか?』

「だから、公用語を話せ。
 ――これ以上消し飛ばす意味はない。
 恐怖心を植え付ければ、もう簡単には攻めてこれない。
 あとは外交政策で、どうとでも操れるだろ」

『公用語など口にせずとも、ヴァルターはわらわの言葉を理解してくれる。
 これぞまっこと深き愛よのぉ。実に面映おもはゆいわ』

 頬を染めて体をくねらせているアヤメの頭に、俺はポスンと手を乗せて告げる。

「遊んでないで、南部に急ぐぞ。
 セイランオウの滞在期限ギリギリだ。
 急いで馬車に乗れ」

 俺はアヤメを担ぎ上げて、皆に指示を飛ばした。




****

 南部に向かう馬車の中で、セイランオウが満足気な笑顔で告げる。

『これで、此度こたびの戦いは決したな。
 北方の軍勢が国境を超える間際まで待つなど、何を考えてるのかと思うたが、見事に敵の心理を手玉に取って見せたな』

 通訳を介し、俺が応える。

「敵軍の被害を少なくするには、敵軍の消耗を待つ必要がある。
 疲れ切った兵士に『絶対的な力』を見せつければ、もう耐えられん。
 下手に敵国に侵入して消し飛ばすより、あれが一番効率よく追い払えるってだけだ」

 迂回路を選択する余裕は、北方の軍にはなかった。

 つまり最短距離でこちらに攻め入ってくるのが読めていた。

 あとは適切な迎撃地点で、アヤメのツキカゲを見せてやればそれで終わる。

 駄目押しで俺とテッシンが切り込んでやれば、向こうの司令官がよほどの馬鹿でもない限り、撤退を選択する。

 敵軍の撤退を引き出す――たったそれだけのプランだ。

 セイランオウがニヤリと微笑んだ。

『やはりそちは、いくさでも軍略でも秀でた才覚を持っておるな。
 あとは最悪でも南部で一度、≪月影つきかげ≫を見せればすべてが終わる。
 おそらく、その必要もないのだろうがな』

 通訳を介し、俺はため息をついて応える。

「だから、買いかぶり過ぎだっつーの。
 地の利を生かして、嬢ちゃんの力を使っての勝利だろうが。
 こんなもん、誰でも同じ結果を出せる。
 嬢ちゃんが言うことを聞いてくれれば、だけどな」

 アヤメが俺に抱き着きながら告げる。

「私の夫は、どうしてそう自己評価が低いかなぁ?!
 こうして言うことを聞いてあげてるのは、ヴァルターがすごい人だからだよ?!」

「はいはい、そうだな。俺の妻はもう少し大人しく馬車に揺られてろ。
 抱き着いてると危ないぞ」


 俺はアヤメを適当にあしらいながら、南部に続く街道を目指して走る馬車に揺られていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

【第2章完結】王位を捨てた元王子、冒険者として新たな人生を歩む

凪木桜
ファンタジー
かつて王国の次期国王候補と期待されながらも、自ら王位を捨てた元王子レオン。彼は自由を求め、名もなき冒険者として歩み始める。しかし、貴族社会で培った知識と騎士団で鍛えた剣技は、新たな世界で否応なく彼を際立たせる。ギルドでの成長、仲間との出会い、そして迫り来る王国の影——。過去と向き合いながらも、自らの道を切り開くレオンの冒険譚が今、幕を開ける!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...