傭兵ヴァルターと月影の君~俺が領主とか本気かよ?!~

みつまめ つぼみ

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第2章

42.青嵐皇との商談

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 南方から攻め入って来ていたフロストギッフェル王国軍は、あっさりと撤退を引き出せた。

 西方、ジルバーハイン王国軍壊滅の知らせ。

 キュステンブルク王国軍が≪拡声≫術式で告げる『北方三か国の撤退』という事実。

 そして前線で暴れる俺とテッシンの存在。

 たったこれだけで、フロストギッフェル王国軍の士気はくじけ、キュステンブルク王国から撤退していった。

 農村部が少し荒らされたが、交戦期間は短い。

 キュステンブルク王国軍の被害も軽微で、兵士たちの士気は軒昂けんこうだった。

 俺とテッシンは周囲の兵士たちから喝采かっさいを浴びつつ、アヤメたちのいる馬車へと戻っていく。


 馬車の前に来ていたレーヴェンムート侯爵が、笑顔で俺に告げる。

「シャッテンヴァイデ伯爵、よくぞやってくれた。
 まさかあの窮地から脱することが出来るとは、いったいどんな手品を使ったというのだ?」

 俺は肩をすくめて応える。

「特別なことはしてねーよ。
 兵士の士気をくじいて撤退させる。
 一言でいえば、それをやり続けただけだ。
 兵士の戦意が戦況を左右するなんぞ、軍人なら常識だろーが」

 俺とテッシン、そして何よりアヤメの力という規格外の暴力。それを背景にした威嚇作戦だ。

 アヤメがツキカゲを放つ瞬間を、今回は味方に目撃されていない。

 使った回数も二回、敵の被害も五万で済んだ。

 これなら、国内でアヤメが恐れられる結果にはならないはずだ。

 俺はレーヴェンムート侯爵に挨拶を告げると、さっさと馬車に乗りこんだ。




****

 港町オリネアに向かって街道を走る馬車の中で、俺はセイランオウに告げる。

「滞在期間、少し伸ばしちまったな。
 こうなったら、もう一日ぐらいいいだろ?
 俺の家で、ゆっくりと大陸の名産品を味わってくれよ」

 セイランオウがゆっくりと頷いた。

『よかろう。も当初の目的を達せぬままでは、帰るに帰れぬ。
 きちりと大陸の品々を見定めねばな。
 ――だが一番の見どころは、やはりそちよ、ヴァルター。
 斯様かようおのこを間近で見物できて、は満足しておる。
 さらには、そのおのこ綾女あやめの夫となった。
 実にめでたき遠征であった』

「ケッ! だから背中がかゆくなる世辞せじはいらねーって言ってんだろ?
 見りゃわかることを判断して、やるべきことをやっただけだ。
 嬢ちゃんとの結婚だって、あんたが俺を策にはめたんじゃねーか。
 こんな離れた土地で『同じベッドで寝た』なんてこと、あんたが触れ回らなきゃセイラン国には伝わらねぇ。
 あんたさえ黙ってりゃ、俺は結婚しなくても済んだんだ」

『フッ、婚姻せねば、いつかは綾女あやめを帰国させるつもりだったのであろう?
 帰国した綾女あやめは、自ら吹聴ふいちょうして回るであろう。
 さすればが黙ってっても、いつかは民に露呈する。
 そちに逃げ道など、最初から無いものと知れ』

 ――ったく、子供だと思って一緒に寝るのを許したのが全ての始まりだ。人生最大の汚点だな。

 俺はべったりと引っ付いてくるアヤメを適度にあやしながら、暗い表情でうつむいているキューブに告げる。

「どうしたキューブ、自信でもなくなったのか」

 キューブはうつむいたまま、言いづらそうに答える。

「……そう、ですね。
 私は普通の人間ですので、このように常識外れの方々を前にすると、己の矮小さを思い知ります。
 このまま従僕を辞しようかと考えていますが、お許しいただけますか」

 俺はニヤリと笑って応える。

「いーや、許さん。お前も充分、『普通』からは外れた人間だ。
 せっかく見つけた掘り出し物を、簡単に手放すと思うなよ?
 なに、ちょっとインパクトの大きな出来事が連続して、心が落ち着かないだけだ。
 しばらくすれば、すぐに慣れる」

 うつむいたキューブが応える。

「慣れる、ですか。そのようなことが可能なのでしょうか」

「少なくとも、フランチェスカは慣れている。
 こいつにできて、お前にできない事など、そう多くはないだろう。
 別に俺たちと殺し合えと言ってる訳じゃない。
 おびえる必要がないと、すぐに理解できる」

 キューブはそれっきり、黙り込んでいた。

 うーん、こいつはフランチェスカと違って、度量の広い人間だと思ったんだがなぁ。

 まぁ、駄目なら別の人間を見繕うまでか。


 俺たちを乗せた馬車は港町オリネアに向けて、まっすぐに駆けて行った。




****

 伯爵邸に戻った俺たちは、ゆっくりと馬車から降りて行った。

 俺は伸びをしながら応える。

「ん~! ――ふぅ、ようやく長旅も終わりか。
 一か月程度でこんなに疲れるとか、やっぱり身体がなまってるな」

 クラウスがすぐに俺たちを出迎えるように屋敷から出てきた。

「お帰りなさいませ、旦那様」

「おう、今戻った。
 留守中、問題は起こらなかったか」

「いえ、特には。
 指示された通りの品は、手配させていただきました。
 リビングにご用意してあります」

 俺はクラウスに頷いた後、セイランオウに振り向いて告げる。

「あんたが興味を持ちそうなものを、なるだけ集めておいた。
 リビングで確認をしてくれ。夕食まで、それを眺めて過ごそう」

 通訳を介し、セイランオウが頷いた。

『もはや、驚くまでもなし。
 そちならば、この程度の根回しはして見せよう。
 どれ、どのような品か早速見せてもらおうか』


 俺たちはゆっくりと歩きながら、伯爵邸の玄関に吸い込まれて行った。




****

 リビングに置かれた木箱には、大陸の織物が多数並んでいた。

 貴族に受けの良いシルクやベルベット、サテンと言った高級生地。

 さらにはフランネルやツイードなども用意させた。

 光沢のある生地や肌触りの良い生地に、セイランオウは興味を持ったようだ。

『これは良いな。実に良い。是非持ち帰りたいものだ』

「ああ、構わないぜ。あんたを送り届ける船に乗せよう。
 ――こっちは香辛料、甘味、貴金属と宝石類だ」

 大陸の香辛料、ハーブやサフラン、黒コショウといった品々。

 大陸の甘味、バナナやパイナップル、メロンやブドウにも興味を示していた。

 大陸の貴金属は、プラチナに引かれているようだった。金や銀は、青嵐国でも産出してるってことか。

 宝石類は案の定、白くて光沢のあるものに興味を示していた。

 セイランオウが楽し気に告げる。

『実に目に鮮やかな品々ばかり、よくもこうまでの好みを把握したな』

「王都までの道中や王宮で、あんたが何に興味を持っていたか、そこから推測しただけだ。
 香辛料はアヤメもよく驚いていたからな。大陸でも貴重な品だが、おそらくあんたも気に入ると思っていた。
 それほど不思議な理屈じゃあるまい?」

 セイランオウが宝石の入った木箱から白い石を取り出して眺める。

『……大陸では、この石の価値はどれほどだ』

「ホワイトムーンストーンか。そこまで上質なものだと、それなりに希少品だ。
 ムーンストーン自体は比較的有り触れているから、色に拘らなければ量を揃えることはできる。
 民衆に流行らせるには、そっちでもいいんじゃないか?」

『真珠も大粒だな。これでどの程度の価値だ』

「大粒なのか? 王侯貴族が愛好しているから、数を揃えるのは難しいが入手経路は豊富だ。
 今なら、青嵐せいらん瑠璃るりひとつに対して真珠五つ分程度の価値だな」

 セイランオウが今度はダイヤモンドを手に取っていた。

『……大きいな。これでどの程度の価値だ?』

「大陸じゃ、ダイヤモンドはあまり珍重されない。
 比較的中位の貴族たちでも手が届く宝石だ。
 これは数を揃えるのも比較的簡単だ。価値にすると青嵐せいらん瑠璃るりひとつに対して十個から二十個ってとこか。
 だが宝石は相場の変動が激しい。『今現在の価値』として考えておいてくれ」

『……では、ワサビは今後、どうなると思う?』

「香辛料の人気は根強い。
 高位の貴族共は、食事に趣向を凝らすしな。
 新しい料理の開発も進んでいるようだし、今後も安定して価値を維持するだろう」

 セイランオウがニヤリと微笑んだ。

『いずこの国も、食に対しては貪欲ということか。
 参考になった、これらの品、全てを持ち帰ろう』

「そうしてくれ。俺の家にあっても、大して稼ぎになるわけじゃない。
 あんたのために用意した品々だ。きっちり持ち帰ってもらうとしよう」


 その後の夕食でも、大陸各地の名産品を使った料理が振る舞われた。

 そして案の定、スイーツへの関心が特に強く出ていた。

「なぁセイランオウ、調理人だけじゃなく、菓子職人もそちらに送ってやる。
 それで大陸の甘味を色々と試してくれ」

『面白い。大陸では甘味に職人が居るのか』

「王侯貴族が好むから、自然と特化した調理人が出来上がったようだ。
 菓子の材料も含めて、あんたと一緒に送り届けよう。
 任期一年程度なら、応じる職人はそれなりに居るようだからな」


 満足気に頷いたセイランオウの姿に、俺はこの商談の成功を確信していた。
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