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架空の人物『更科しらさ』の補足情報

#17

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 ナンナにとっては幸か不幸か、『更科しらさ』は自身のチャンネルを持つ以前から、想定を超えるファンを得ることができたそうだ。
 今の俺には、それが事実かどうか調べようがない。ナンナの話はすべて彼女の主観によるものだ。
 けれども、彼女の語るその後の実績が真実だと仮定するならば、これはけっこうな人気者だったのでは、という見方に変わってしまう。

「活動して一年で登録者が二十万、まもなく三年目に突入というところで大台突破か」
「しらさちゃんと一緒に、よくわかってないままで続けてるうちにね。まあ、多分に運が絡んでいたとは思うよ。それと、会社の全面的後押しもあったし、加えてしらさちゃんが超絶かわいい。それに比べたら私のやったことなんて、成功要因の一つにも挙げられないんじゃない?」
「謙虚なのはいいことだが、行き過ぎると嫌味だぞ」

 チャンネル登録者という数字はわかりやすい指標である。
 多ければそれだけ人の関心を引けている、それより少ない人は関心を引けていないという、二面の事実をつまびらかにする。
 ナンナの語る数字は、明らかに前者寄り、つまり関心を引けている側でなければ到達できない数字だった。

 照れたのか、ナンナはわざとらしく笑った。
「あはは……ありがと、カイトウさん。でも、実際私の言う通りなんだよ。もしもあの配信がつまらないまま終わってたらとか、SNSでバズったりしなかったりとか、そんなこと考えると、とてもじゃないけど私の実力とは言えないって」
「運も実力のうちって言うだろ。聞いたこと無いのか」
「知ってるよ、それぐらい」
「あれ、実力が運を呼び寄せたっていう見方もできるけど……運が味方するまで、持てる全ての力で粘り続けたから運を掴むことができたんだろう、って俺は思ってるんだ」

 同じ勉強しても希望する大学に入れるやつと入れないやつがいる。じゃあその違いは何かというと、それは運だ。
 同じ実力があるなら同じくらいの運の良さを持っていてしかるべき、という考え方もできるが、そこで関係してくるのが単純な学力以外の要因ーー数値化困難な、見えない実力だ。
 たまたま入学願書を提出するのが早かった、偶然にも受験日の朝はすっきり目覚められた、何故かマークシートの解答欄を一つ飛ばして書いてしまった、などといった様々な要因を絡めて実力なのだ。
 人の実力を推し量るために数字を用いることが多いが、その優劣を生み出すまでの背景には、実に大きな要素が絡み合っていると俺は思っている。
 かつて不運にも『その出来事』に遭遇したからこそわかるのだーー運に恵まれるかどうかなんて複雑すぎて調べようがない、と。

「人をその気にさせるのが上手いね、カイトウさんは」とナンナが言う。
「私にも実力があるんだって勘違いしそうになるよ。もし勘違いしたら、その責任とってくれる?」
「責任とやらのとり方によるな」
「え、取れる範囲なら取ってくれるの?」
「まあ、内容次第だ。そうだな……『更科しらさ』の人気が無くなったとき、俺が責任をとって彼女と結婚するくらいなら構わないけど」
 そもそも架空のキャラクターだしな、と軽い気持ちで口にする。
 弾かれたようにナンナが叫んだ。

「はああ?! しらさちゃんは私の娘なんですけど、っていうかカイトウさんにはあげませんけど! カイトウさんに渡すくらいなら私が責任取りますけど!」
「だから、例えばだよ、例えば」
「うちの娘を変な例え話で使うの、やめて!」
 さらにナンナは、訴えるぞ、などと喚く。
「しらさちゃんを見たこともないくせに、っていうかさっき知ったくせに、よくそんなことが言えるね! このケダモノ! 女なら誰でもいいのか!」
 知らない架空の女と結婚してもいいと言ったらケダモノ呼ばわりだった。
 誰でもいい、とまでは言っていないのだが。
 めんどくさい、という思いとともに嘆息する。

「わかったよ。あんたの娘さんに何かしたりしないから、安心してくれ」
「ふん、分かればいいよ、分かれば」
「ちなみにーーあ、いやなんでもない」
 ちゃんとした責任を取るなら、架空ではない現実の女性になるがそっちでもいいか、とか言いそうになった。
 まるでナンナを口説いているみたいだからやめとけーーという自制が働く程度には、彼女との会話における間合いを学習できているようだ。
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