ふたりきりの閉鎖倶楽部

きどじゆん

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架空の人物『更科しらさ』の補足情報

#16

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「しらさちゃんのデビュー、ついでに私がVとして動いたのは、会社の公式チャンネルだった。プロジェクトの総意で、とりあえずスモールスタートさせてみて、上手くいかないようならもう彼女を配信にのせるのはやめておこうってことになった。カイトウさんは知らないと思うけど、しらさちゃんみたいなVのキャラクターは、自分だけのチャンネルを持ってるのが普通なんだ」
 ああ、そうなんだ。
 言われるまでもなく、初耳だったわ。

「公式チャンネルの一部にスポットで登場させる程度なら、しらさちゃんの方は問題なかった。問題があったのは……だいたいわかってるでしょ?」
「言われなくても」
 いきなり放送、いや動画配信の場に放り出され、喋れ動け楽しませろ、と言われても困る。
「そう。問題があったのは私の方だった」
 とナンナが言った。
 想像力に乏しい俺でも理解できる。実際に演技するとなると、緊張して眠れなかったんだろう。

「スタジオに行くのが楽しみで眠れなかった。当日朝早かったのに」
 ……そっちの理由で眠れなかったとは、予想の真逆。
「だってさ、聞いてよ! あの超絶健気で可愛いしらさちゃんを、こっちからギュって抱きしめたら困った顔しながら『しょうがないなあ、お母さんは』って感じで微笑んでくれそうな、あのしらさちゃんを私が動かせるなんて!」
「……あんた、嬉しかったんだな」 
「大好きな子に生命を吹き込むことができて、嬉しくないわけがないでしょうが!」
 熱量が半端じゃない。
 この調子で『更科しらさ』をつくっていたのだと想像するとーーそりゃあ多少やらかしたことに気づくにせよ気付かないにせよ、そのまま突っ走って行くだろうよ。

「というか、あんたは『お母さん』になるのか?」 
「しらさちゃんが『お父さん』と呼ぶならそれでも、私は!」
 答えになってねえな。
 さっきはやらかしたとぼやいていたが、もはや反省の色は見えない。熱情で上書きされてしまったか。

「父とか母とか、そういう設定が乗っかってくるのか、その……Vってやつには」
「ああ、カイトウさん知らないんだっけ。人物設定っていうよりか、ファンの間で通じるあだ名みたいなもの。クリエイターやモーション付ける人に敬意を込めて、なんちゃらママとか、うんたらパパとか呼ぶんだ。でも私は、しらさちゃんから『お母さん』と呼ばれることを望みます」
「あんたが喋らせればいいだろ。声あててるのもあんたなんだから」
「私がしらさちゃんに強制するとでも?」
 険しい顔でナンナが言った。

 ……なんつーか、こいつめんどくさいぞ。
 そもそもナンナが喋らなければ『更科しらさ』は喋らないという絶対の前提があり、でもこいつの中には喋ってほしいという願いもあって、しかしそれを知っていながらナンナは喋らないーー混乱してきた。
 脱線した話は戻すに限る。
 何度目だろう、脱線からの修復作業。

「それで、上手くいったのか? あんたと『更科しらさ』のデビュー配信は」
「ああ、どうだったんだろうね、実際のところ」
 実際のところ、とは。
「まあ、勤めてる会社自体が一般的にマイナーで、関係者には知られてるって感じのところだし、一般の登録者は公式チャンネルなんて全然見てなかったんじゃない? ましてや、リアルタイム配信となるとねえ」
「じゃあ、スモールスタートは失敗したのか」
「成功も失敗も判断できないってことで、何回か継続することになったよ」
「……そりゃあそうだ、悪い」
 なんとなく謝る。

 スモールスタートは、企業が未挑戦・未開拓の分野で小規模に事業を始めることを指す言葉だ。成果が思わしくないようなら損失を被る前に撤退できるのが強みと言える。反対に成果が思わしいならそのまま事業を拡大してゆくという選択をすることができる。いわゆるお試し期間というやつだ。
 しかし、いくらお試しといっても評価期間中の事業は継続されるから、その間に成功や失敗もあることだろう。
 成果が出るかどうかなんて、たった一回の配信でわかるわけがないのだ。

「じゃあ、どれぐらいで進展があったんだ」と聞いてみる。
 ナンナは渋い顔をつくり腕組みをする。
「実は、あんまり覚えてないんだよね。コレぞ、っていう面白みのある配信もやった覚えなかったし。それに演技は素人だから、しらさちゃんならこんな感じで喋るだろう、っていう想像を頼りにやるしかなかった」
「でも、様子見を終えるタイミングはあったろ?」
「もちろん。そうじゃなきゃ……そうなってなかったら、悩みを抱えることもなかっただろうしね」
「だいたい予想はできるんだが、どうなったか教えてくれるか」

 単純な消去法だ。
 仮にナンナ演じる『更科しらさ』が、いつまでも視聴者に見向きもされないままだったら。その場合、スモールスタートとしては失敗となり、すでに彼女は演者をやめているはずだから、Vの演者にされたことを悩みとして引きずることはない。
 視聴者の反応が不評だった場合も同様だ。そうであったならプロジェクトは『更科しらさ』に見切りをつけるはずで、ナンナが演者を続ける理由は無くなる。
 となれば、答えは一つしかない。

「演技の勉強もしていない素人でVRオタクの私が、大好きなVの中に入ってデビューしちゃいました……なんて、ラノベのタイトルみたいで面白くない?」
 自虐じみに彼女は言った。
 なお、俺は沈黙した。
 タイトルだけで敬遠するが、中身があんたーーナンナだったら立ち読みぐらいはしてやってもいいとは、言ってやらない。
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