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人間の女『ナンナ』の苦悩と光明
#22
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さっきの映画から抜粋するが、と話を切り出す。
「主人公は自決とも言える行為で別人格を消したが、実はその行為だけで消せたわけじゃない」
「どういうこと?」とナンナは言った。
「自決で共倒れになる可能性だって十分にあったんだ。なのに、そうならなかった。それは何故かというと」と言い、一呼吸はさんで続ける。「ヒロインの存在だ」
「ヒロイン? さっきの話じゃ全然出番なかったけど」
「まあ、これには俺の考察も入っているんだが……主人公が自決行為に至ったとき、描写はないが主人公と相方のどちらの人格が残るか、ふるいにかけられたんだと思う」
「ふるいに?」
「そのとき、二人の人格は共倒れしてもおかしくなかったが、結果的に相方はふるい落とされ、主人公は残った。この違いが何かと考えると、ヒロインに対する感情の有無が挙げられる」
「相方はヒロインを何とも思ってなかったの?」
「そう。女に思いを寄せたら、その気持ちにしばられると考えていたのかもな。対して、主人公はヒロインに対して恋慕の情ーーを抱いているかは劇中で描かれないが、彼女を思いやる心を見せていた。事件に巻き込んでしまって申し訳なくも思っていた。その思いの違いが、船で言うところの『錨』みたいになって、主人公の人格を繋ぎ止めたんだろう」
「すごいね、ヒロイン。さっきの説明だと端役だったけど、やっぱりヒロインだった」
メインヒロインが勝つお話は至高、とナンナは言った。
……いやあ、ナンナがあの映画のヒロインを見たら幻滅するだろうなあ。
もしかしたら、登場シーンが終わってしばらくして「え、こいつがヒロイン?」と気づくかもしれない。
その驚きを鮮烈にするためにも、ここでは触れないでおこう。
「つまり、心の内側で異なる人格同士が競合した時、外側に居る人間との繋がりが心の支えになってくれるということだ」
「人との繋がりか……」
ナンナは腕を組み考える素振りを見せる。
「あんたには居ないのか、大事にしたい人。家族でも友人でも恋人でも、何でもいいけど、この人と繋がりを持ち続けていたい人が」
ーー他人に興味の薄い俺が言っても説得力に欠けるだろうが。
「そりゃあ、居ないわけではないけどさ、相手に悪いっていうか……」
「自分を現実に繋ぎ止めておくには、外側に錨を下ろして自分の心を繋げておくのがいい。自分の内側に錨を下ろしても意味はないし、自分の中に折れない芯を築くのはなかなか大変だから」
もしも、ナンナにとって心の拠り所になれる人がいるなら、自分を保つのに有利に働くはずだ。
ナンナは、はあー、と息を吐きこう言った。
「いやあもう、軽い気持ちでお悩み相談したら、思った以上にまともな返事があってびっくりしてる……でもって、ゴメン。超まともなことを言ってるカイトウさんが違和感マックスで、軽く引いちゃったよ」
「あんた、俺をなんだと思ってた」
「ふてぶてしいおしゃべりマシンガン野郎」
「弾が切れたら俺を使えーーってやかましいわ。数撃ちゃ当たるっていうだろうが」
「いやあ、まさにそれ」
と言うと、彼女は額を右手で軽く撫でた。
「ーー撃ち抜かれたわ、マジで」
ナンナが俺から顔を背ける。
あらぬ方向へ視線を向けるその横顔に対して、俺は言った。
「……さて、ここからは悩み相談に関係なく、さっきの映画で俺の好きなキャラクターを語るんだが」
ナンナの「まだ話すのかよこいつ」という声が聞こえてきそうな顔を視界におさめつつ、話を続ける。
好きなものの話を存分にできる機会というのはそう無いのだ。ここを逃すのはもったいない。
「個人的に主人公やヒロインより、相方の方が俺は好きなんだよな」
「え、趣味悪い」
そう思わせてしまうのは俺の説明力不足にある。
しかし、映画を見ればわかることだが、もっとも強烈な個性を持ち、物語を牽引しているのは相方なのだ。
「カイトウさん、こっちは延々と映画の話を聞かされてるんだから、だらだら話すのやめて」
「む……ならどうすればいい」
「一言。一言で相方のどこが好きか語ってみて」
一言で。
なるほど、読点を上手く使って単語と文節を繋げ、ところどころに反語を交え、さらに接続詞を多用して文節感の意味的繋がりを引き伸ばし、結果的に意味の通じる長文を作り最後は句点で終えよ、という課題か。
「いいだろう、やってやろうじゃないか」
「先に言っておくけど、主語と述語、および理由を含めて六十文字以内でお願い。相方はこれこれで、こういうところが好きです、って感じで」
「おい、小学生の国語か」
「小学生レベルの問題ならできるでしょ。まさか、できないの?」
ナンナの煽りが強い。
できないとは言わんが、それでは語り足りない。
だが、それが要件だというなら従ってやろうじゃあないか。
「主人公は自決とも言える行為で別人格を消したが、実はその行為だけで消せたわけじゃない」
「どういうこと?」とナンナは言った。
「自決で共倒れになる可能性だって十分にあったんだ。なのに、そうならなかった。それは何故かというと」と言い、一呼吸はさんで続ける。「ヒロインの存在だ」
「ヒロイン? さっきの話じゃ全然出番なかったけど」
「まあ、これには俺の考察も入っているんだが……主人公が自決行為に至ったとき、描写はないが主人公と相方のどちらの人格が残るか、ふるいにかけられたんだと思う」
「ふるいに?」
「そのとき、二人の人格は共倒れしてもおかしくなかったが、結果的に相方はふるい落とされ、主人公は残った。この違いが何かと考えると、ヒロインに対する感情の有無が挙げられる」
「相方はヒロインを何とも思ってなかったの?」
「そう。女に思いを寄せたら、その気持ちにしばられると考えていたのかもな。対して、主人公はヒロインに対して恋慕の情ーーを抱いているかは劇中で描かれないが、彼女を思いやる心を見せていた。事件に巻き込んでしまって申し訳なくも思っていた。その思いの違いが、船で言うところの『錨』みたいになって、主人公の人格を繋ぎ止めたんだろう」
「すごいね、ヒロイン。さっきの説明だと端役だったけど、やっぱりヒロインだった」
メインヒロインが勝つお話は至高、とナンナは言った。
……いやあ、ナンナがあの映画のヒロインを見たら幻滅するだろうなあ。
もしかしたら、登場シーンが終わってしばらくして「え、こいつがヒロイン?」と気づくかもしれない。
その驚きを鮮烈にするためにも、ここでは触れないでおこう。
「つまり、心の内側で異なる人格同士が競合した時、外側に居る人間との繋がりが心の支えになってくれるということだ」
「人との繋がりか……」
ナンナは腕を組み考える素振りを見せる。
「あんたには居ないのか、大事にしたい人。家族でも友人でも恋人でも、何でもいいけど、この人と繋がりを持ち続けていたい人が」
ーー他人に興味の薄い俺が言っても説得力に欠けるだろうが。
「そりゃあ、居ないわけではないけどさ、相手に悪いっていうか……」
「自分を現実に繋ぎ止めておくには、外側に錨を下ろして自分の心を繋げておくのがいい。自分の内側に錨を下ろしても意味はないし、自分の中に折れない芯を築くのはなかなか大変だから」
もしも、ナンナにとって心の拠り所になれる人がいるなら、自分を保つのに有利に働くはずだ。
ナンナは、はあー、と息を吐きこう言った。
「いやあもう、軽い気持ちでお悩み相談したら、思った以上にまともな返事があってびっくりしてる……でもって、ゴメン。超まともなことを言ってるカイトウさんが違和感マックスで、軽く引いちゃったよ」
「あんた、俺をなんだと思ってた」
「ふてぶてしいおしゃべりマシンガン野郎」
「弾が切れたら俺を使えーーってやかましいわ。数撃ちゃ当たるっていうだろうが」
「いやあ、まさにそれ」
と言うと、彼女は額を右手で軽く撫でた。
「ーー撃ち抜かれたわ、マジで」
ナンナが俺から顔を背ける。
あらぬ方向へ視線を向けるその横顔に対して、俺は言った。
「……さて、ここからは悩み相談に関係なく、さっきの映画で俺の好きなキャラクターを語るんだが」
ナンナの「まだ話すのかよこいつ」という声が聞こえてきそうな顔を視界におさめつつ、話を続ける。
好きなものの話を存分にできる機会というのはそう無いのだ。ここを逃すのはもったいない。
「個人的に主人公やヒロインより、相方の方が俺は好きなんだよな」
「え、趣味悪い」
そう思わせてしまうのは俺の説明力不足にある。
しかし、映画を見ればわかることだが、もっとも強烈な個性を持ち、物語を牽引しているのは相方なのだ。
「カイトウさん、こっちは延々と映画の話を聞かされてるんだから、だらだら話すのやめて」
「む……ならどうすればいい」
「一言。一言で相方のどこが好きか語ってみて」
一言で。
なるほど、読点を上手く使って単語と文節を繋げ、ところどころに反語を交え、さらに接続詞を多用して文節感の意味的繋がりを引き伸ばし、結果的に意味の通じる長文を作り最後は句点で終えよ、という課題か。
「いいだろう、やってやろうじゃないか」
「先に言っておくけど、主語と述語、および理由を含めて六十文字以内でお願い。相方はこれこれで、こういうところが好きです、って感じで」
「おい、小学生の国語か」
「小学生レベルの問題ならできるでしょ。まさか、できないの?」
ナンナの煽りが強い。
できないとは言わんが、それでは語り足りない。
だが、それが要件だというなら従ってやろうじゃあないか。
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