ふたりきりの閉鎖倶楽部

きどじゆん

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とある一柱と人間の男『カイトウ』の対話

#27

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 どうしてこんなことになってしまったんだ、と思わざるをえない。
 俺はどこにでも居るような小市民に過ぎない。
 そりゃまあ、事故に遭い記憶を失っているという稀な過去を持っているが、それだって特別な扱いを受ける理由にはならないだろう。日本だけで一日にどれだけおびただしい数の事件事故が発生していると思ってる。
 俺はそんなのいちいち覚えちゃいないが。

「いえ、貴方は他の人間より少しだけ特殊です」
 と女神モドキ--いや我らの女神さまが言った。
 今日も誠に美しくかつ荘厳な響きのお声をしていらっしゃる。
「貴方の心の声は私には筒抜けだと言ったはずですが、すっかり忘れていたようですね。聞こえましたよ、『女神モドキ』と。しかし後でその事実を思い出した途端に、急に下手にでましたね?」
 いやあ、ソンナコトナイデスヨ?
「ごまかす必要はありません。神の前に全てをさらけ出すのです」
 じゃあ遠慮なくーーくっ、落ち着け俺、これは女神の罠だ!
「ほう、『遠慮なくさらけ出すからあんたもさらけ出せよ、裸の付き合いといこう』、ですか」
 ちくしょう、こっちが脳内で言語化してない思いつきまで把握してる! 
「人間の狭量な感覚に神を当てはめるのは愚か……しかし、貴方は変わっていますね、これまで私と対話した人間たちの心の内には、何らかの強く大きな欲望がその根底にあったものですが、ほのかな肉欲以外は貴方の内側に感じ取れない」
 ほのかな肉欲とか、まるで枯れてるみたいで悲しくなる言い方しないで。
「おや、今度は照れ隠しですか。評価されて嬉しいと感じる程度には、貴方は私を上位存在として認識しているということになりますね」
 もうやめて! 俺の心を暴かないで!
「ふむ、思っていた以上にからかい甲斐も、可愛げもあるではないですか……貴方が望むなら、その肉欲を含めて神の愛ですべて包み、受けとめてあげてもいいのですよ? 遠慮することはありません。さあ、神の手でーー『私の手』で貴方自身を包んであげましょう。その身も心も委ねるのです」
「斬新な包み方しないでくれ!」
 たまらず叫んだ。そうしないと軽率に女神の言葉に乗ってしまいそうだった。
 何故にエロスを出してくる? わざわざ言い直してまで。
 こちとら、あんたからデレられるの慣れてないんですけど。

 あの後、つまりナンナと一緒に閉じ込められていた閉鎖空間から無事脱出を果たした後、日本へ帰還した俺は平穏な日常へと戻った。
 異世界から帰還した勇者みたいな気分で日常を楽しんでいたわけだが、夢の中で「人間よ、私です」という声を聞き、ああこの声は女神だわ嫌だなあ、と考えた。
 そして気がついたら俺は真っ白な空間に立っていた、というのが現状。
 ちなみに今回も女神は姿を見せず声だけ出演。
 絶対に俺、こいつに目をつけられたわ。一度だけならともかく、二度目ともなると話が違ってくる。二度あることは三度ある。偶然ではなく必然。
 明らかに意図的に、女神は俺を選んでいる。

 それはさておき。
 閉鎖空間から現実世界に戻ってきたが、未だに記憶は残り続けていた。脱出後は女神によって記憶は整理されると思っていたが、そうはならなかった。
 だって思うだろ? あの空間の存在、姿こそ拝んでいないが神と会話したこと。人間が覚え続けていたら誰かに言いふらすかも、という危惧を女神が抱いても、俺は文句を言えない。

「神は人に対して、いちいちそのような危惧を抱くほど暇ではありません」
「ふむ……まあ、そういうもんか」
 仮に危惧したとおりになったところで、神にとって問題にもならないのだろう。
 所詮、人間たちが勝手に騒動を起こしているだけに過ぎないのだから。

「女神さまに聞きたい」
「なにか?」
「なんでまた、俺の前に現れたんだ? ナンナの件はもう解決したものだと思ったんだが」

 ナンナが元気に過ごしているかは知らない、というか調べようがない。
 閉鎖空間からこちらに戻ってきて何日か経って、ふと気になって彼女が『更科しらさ』を演じている動画を見たが……正直、過去の動画に映っている彼女との違いがわからない。対面していたときは顔色とか仕草とかの微妙な違いがわかったもんだったが、VRのキャラクターは表情パターンはあるものの、やはり生身の人間のように顔を動かさないと気付かされ、俺は観察しても無駄だと諦めた。
 これでは、過去と現在の相対的な差異を見出せない以上、ナンナは以前と変わらないということになってしまう。

 しかし、だ。
 あの空間から抜け出せたということは、すなわち彼女は『現実世界に還りたい』と心から願った、ということになる。
 彼女は自分の人格の存在意義について悩んでいた。
 その悩みの元となったVの演者を、続ける気になったのだろうか?

「ナンナですが、元の生活に戻ってからは悩むことは少なくなったようですよ」と女神が言う。
「そうか、それなら良かった」
「彼女は数日間の休止期間を経て活動を再開しました。人間の目には判別できないでしょうが、彼女は『更科しらさ』と自分を、心の中で上手に区分けできたようです……これは貴方の功績と言ってよいでしょう」
「いや、俺は大したことは」
「いいえ」
 女神が微かに語気を強めた。
「貴方がナンナを助けたことで、結果的に人類は救われたと言って過言ではありません。感謝します、カイトウ」

 ………………、えっ。

「長く沈黙していたわりに、控えめな反応ですね」
「いや……女神さまも冗談とか言うんだな」
 あるいはお茶目なウソかな、ハハッ。
「冗談でも嘘でもありません。神は嘘を言いません。以前告げた通りに」
「じゃあ、冗談だ。そうだろ?」
「我々は貴方ほど冗談を好みませんが、誤解を招く冗談でなければ口にすることもあります」
 今のが嘘でも冗談でもなかったら……真実ってことになるんだが?
「はい。貴方は異世界で女性を助け、世界を救いました。人々に讃えられることはないでしょうが、貴方は人類史程度では記しきれない程の勇士です。誇っても良いのですよ」
 ……誇れるかそんなもん。
「ふむ。どうやら話が大きすぎて理解が追いついていないようですね」

 いや、あのな?
 そもそも俺とナンナが居たのは異世界でなくて閉鎖空間だったんだよ。それに俺がナンナを救ったと言われても、彼女に喋ったことなんて昔見た映画の話と、彼女は聞きたくもないだろう俺自身の身の上話だ。あとちょっとだけ偉そうに講釈をたれたり、スパイス程度に雑談したり。
「あれを味付けの香辛料程度……と言い切るのですか」
「え、実際にそうだったろ」
「貴方がナンナに語る姿を『ありふれた雑談』などと表現したら、神々が人間への見方を改めるでしょう。人間が会合で長々と語る姿は雑談に分類され、『長話』という言葉と概念は消えかねません」
 そうか、俺の話は雑談じゃなくて長話だったのか。
 今更だが、ナンナに謝りたくなってきた。
 長話に付き合わせてしまってスマン。
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