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とある一柱と人間の男『カイトウ』の対話
#28
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「ふむ。どうやら説明が必要なようですので、順を追って貴方にもわかるよう説明してあげましょう」
上から目線の女神の言葉。
悔しくても、相手は本物の上位存在なので黙って聞くことにする。
「実は、神々の間では人間と同じように匿名で配信する人物の動画を見ることが流行っているのです」
ーーもうさ、全部嘘って言ってくれよ。
俺の中の『神様』っていう像が、ヒビ入りすぎて崩れ落ちそうなんだが。
なんで神様が人間向けの動画見てるんだよ。
「神には世界の生きとし生けるものを見守る義務と権利があります。そのためには『どのような生態をしているか』という情報が必要です。その一環として、人間の中で流行している広域ネットワーク上の配信動画を観察しているのです」
なんだか、仕事をサボっているところを見つかった時の言い訳を聞かされている気分になってきた。
「不敬な思考は控えるように。私も他の神々と同じように人間を観察していたのですが、その最中に奇妙な歪みを抱えながら配信する人物を発見しました。それが『更科しらさ』でした」
「歪みって、どういうものだ」
「人間には知覚しきれない領域で生じる歪みーーと言ってもわからないでしょうから、神の超感覚でしか捉えられない違和感とでも思ってください。それを『更科しらさ』、貴方も知るナンナは配信に乗せていた。それが気になった私は、現実の彼女の生活を観察しました」
さすが神様。人物特定しました、をあっさりやってのける。
「観察していて分かったのは、ナンナの生命力が落ち込んでいることと、一つの体に二つの人格を抱え込んでいることでした。私はすぐに気づきました、このままではこの人間の人格は崩壊すると」
「え、アイツってそんなに悪かったのか?」
「通常、人間の体には人格が一つ備わるようになっています。しかし、社会が高度化していくにつれ、複数の人格を抱える人間が現れるようになりました。人間の体を器とすると、人格は器を満たす液体のようなもの。そして、人間の器はせいぜい一人分の容量しかない。そこに二人分の液体を注げば、液体が漏れ出すだけでは済まず、器が崩壊します」
「でも、世界には二つ以上の人格を持って生きている人間もいたろ」
たしか、十だか二十だかの人格を抱えている人もいたはず。
「そのような人間の場合は、得てして器の変質化による許容量の拡張、もしくは人格情報の圧縮を経ています。そう言っても貴方には理解できないでしょうが……ともあれ、一人分の器に元から存在する主人格と、『更科しらさ』の人格を詰め込もうとしたナンナは、精神に異常をきたします。『更科しらさ』を思いやるあまり、ナンナは主人格を強制的に抑えつけたのです」
「……なるほど」
そういう経緯を経て自分の存在意義に悩むようになったのか。
「私が観察している最中、ナンナが階段から落下したときはどうしたものか悩みました。放置しても骨折程度の怪我で済んだでしょうが……私は手を差し伸べることにしたのです」
「いいのか、神様が人間を直接助けるのって」
「あまり好ましくはない、と言っておきましょう。神は個人に手を差し伸べることはしません。一柱の意思が神々の総意となり、あらゆる人間が苦難から救い出され、人間が堕落してしまいかねません」
「なら、どうしてナンナを例外的に助けた?」
「……そうですね、興味がわいたから、でしょうか」
興味?
「神も人間に多少なりとも興味というものがあるのです。有史以前から見守ってきた脆弱な生物が、今となっては高度に情報化された社会をつくるまで成長した。しかし、社会が成長しても、人間の精神や心というものは個体の中だけで完結してしまい、後の世代へ全ては引き継がれない。引き継がれるにしても、先人から伝わるものはほんの僅かなものでしかない……そんな人間が、自身の内に作り出した人格とどのように向き合うのか、観察するつもりでした」
女神の話は視野が広すぎて俺にはピンと来ない。
けれど、女神がナンナに興味を抱いてくれたおかげで彼女は骨折を回避できたらしいから、それはよしとしよう。
だが、不可解な謎がまだ残ってるぞ。
「ふむ。なぜ貴方を閉鎖空間に閉じ込めたか、その理由を教えて欲しいと? それについては説明したはずです。ナンナが閉鎖空間へ落ちてきたところをキャッチさせるためだと」
……その理由では納得いかないと言ってやりたいが、それはさておき。
「わざわざ俺をクッション代わりに選んだ理由を知りたいんだ」
ただ衝撃を緩和させるものが欲しいなら、俺である必要はない。体が大きい人間が望ましいなら、平均的体格と体重の俺よりも適任がいる。お相撲さんとかな。
それに、あえて人間をクッションにしなくても、それこそでっかいクッションでも閉鎖空間に敷いておけば済む話だ。
付け加えるなら、そもそもクッションなんか不要だったんじゃないかってことだ。
「超高度から落下したナンナが地中深くに頭から埋まっても良かったというのですか? ひどいことを考えますね」
「さすがにそこまでは言わん……あんたの力なら、落下の衝撃を無かったことにするのも可能なはずだって言いたいんだ。わざわざ外傷を負うことのない空間を作りだしておいて、それぐらいのことができないはずがない」
「ほう、思ったより貴方は自身の体験した出来事を客観視することに長けていますね。さすがは人類史に残る英雄、といったところでしょうか……知りたいならば教えてあげましょう、貴方が神によって選ばれた理由というものを」
上から目線の女神の言葉。
悔しくても、相手は本物の上位存在なので黙って聞くことにする。
「実は、神々の間では人間と同じように匿名で配信する人物の動画を見ることが流行っているのです」
ーーもうさ、全部嘘って言ってくれよ。
俺の中の『神様』っていう像が、ヒビ入りすぎて崩れ落ちそうなんだが。
なんで神様が人間向けの動画見てるんだよ。
「神には世界の生きとし生けるものを見守る義務と権利があります。そのためには『どのような生態をしているか』という情報が必要です。その一環として、人間の中で流行している広域ネットワーク上の配信動画を観察しているのです」
なんだか、仕事をサボっているところを見つかった時の言い訳を聞かされている気分になってきた。
「不敬な思考は控えるように。私も他の神々と同じように人間を観察していたのですが、その最中に奇妙な歪みを抱えながら配信する人物を発見しました。それが『更科しらさ』でした」
「歪みって、どういうものだ」
「人間には知覚しきれない領域で生じる歪みーーと言ってもわからないでしょうから、神の超感覚でしか捉えられない違和感とでも思ってください。それを『更科しらさ』、貴方も知るナンナは配信に乗せていた。それが気になった私は、現実の彼女の生活を観察しました」
さすが神様。人物特定しました、をあっさりやってのける。
「観察していて分かったのは、ナンナの生命力が落ち込んでいることと、一つの体に二つの人格を抱え込んでいることでした。私はすぐに気づきました、このままではこの人間の人格は崩壊すると」
「え、アイツってそんなに悪かったのか?」
「通常、人間の体には人格が一つ備わるようになっています。しかし、社会が高度化していくにつれ、複数の人格を抱える人間が現れるようになりました。人間の体を器とすると、人格は器を満たす液体のようなもの。そして、人間の器はせいぜい一人分の容量しかない。そこに二人分の液体を注げば、液体が漏れ出すだけでは済まず、器が崩壊します」
「でも、世界には二つ以上の人格を持って生きている人間もいたろ」
たしか、十だか二十だかの人格を抱えている人もいたはず。
「そのような人間の場合は、得てして器の変質化による許容量の拡張、もしくは人格情報の圧縮を経ています。そう言っても貴方には理解できないでしょうが……ともあれ、一人分の器に元から存在する主人格と、『更科しらさ』の人格を詰め込もうとしたナンナは、精神に異常をきたします。『更科しらさ』を思いやるあまり、ナンナは主人格を強制的に抑えつけたのです」
「……なるほど」
そういう経緯を経て自分の存在意義に悩むようになったのか。
「私が観察している最中、ナンナが階段から落下したときはどうしたものか悩みました。放置しても骨折程度の怪我で済んだでしょうが……私は手を差し伸べることにしたのです」
「いいのか、神様が人間を直接助けるのって」
「あまり好ましくはない、と言っておきましょう。神は個人に手を差し伸べることはしません。一柱の意思が神々の総意となり、あらゆる人間が苦難から救い出され、人間が堕落してしまいかねません」
「なら、どうしてナンナを例外的に助けた?」
「……そうですね、興味がわいたから、でしょうか」
興味?
「神も人間に多少なりとも興味というものがあるのです。有史以前から見守ってきた脆弱な生物が、今となっては高度に情報化された社会をつくるまで成長した。しかし、社会が成長しても、人間の精神や心というものは個体の中だけで完結してしまい、後の世代へ全ては引き継がれない。引き継がれるにしても、先人から伝わるものはほんの僅かなものでしかない……そんな人間が、自身の内に作り出した人格とどのように向き合うのか、観察するつもりでした」
女神の話は視野が広すぎて俺にはピンと来ない。
けれど、女神がナンナに興味を抱いてくれたおかげで彼女は骨折を回避できたらしいから、それはよしとしよう。
だが、不可解な謎がまだ残ってるぞ。
「ふむ。なぜ貴方を閉鎖空間に閉じ込めたか、その理由を教えて欲しいと? それについては説明したはずです。ナンナが閉鎖空間へ落ちてきたところをキャッチさせるためだと」
……その理由では納得いかないと言ってやりたいが、それはさておき。
「わざわざ俺をクッション代わりに選んだ理由を知りたいんだ」
ただ衝撃を緩和させるものが欲しいなら、俺である必要はない。体が大きい人間が望ましいなら、平均的体格と体重の俺よりも適任がいる。お相撲さんとかな。
それに、あえて人間をクッションにしなくても、それこそでっかいクッションでも閉鎖空間に敷いておけば済む話だ。
付け加えるなら、そもそもクッションなんか不要だったんじゃないかってことだ。
「超高度から落下したナンナが地中深くに頭から埋まっても良かったというのですか? ひどいことを考えますね」
「さすがにそこまでは言わん……あんたの力なら、落下の衝撃を無かったことにするのも可能なはずだって言いたいんだ。わざわざ外傷を負うことのない空間を作りだしておいて、それぐらいのことができないはずがない」
「ほう、思ったより貴方は自身の体験した出来事を客観視することに長けていますね。さすがは人類史に残る英雄、といったところでしょうか……知りたいならば教えてあげましょう、貴方が神によって選ばれた理由というものを」
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