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とある一柱と人間の男『カイトウ』の対話

#29

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 実は「貴方には特別な力が与えられていて」とか、「貴方は神の生まれ変わりです」とか、そんな事情が明かされないことを祈る。まあ、まずありえないだろうが。
「先手を打ってこちらの冗談を潰しにかかりましたか。流石ですね、カイトウ」
 あの、早く教えてくれませんかね?
 あんたとの話もかなり伸びてるんだが。

「では単刀直入に言いましょうーー貴方の魂が軽いからです」
 ……頭が軽いから、じゃなくて?
「はい、貴方の魂は年齢の割に特別に軽かった。だから閉鎖空間へ飛ばしやすかった。ただそれだけの理由です」
「なんで、俺の魂は軽いんだ」
「より正確に表現するなら、『魂の情報量が少なかった』です。人間の魂の大きさは不変ですが、その重さは人間の経験蓄積による情報量が増えるにつれ増加していきます。そして、貴方の場合は過去数年間の経験が抜け落ちている。さらに、その期間は人間の人格形成に大きな影響をもたらす時期と被っている。その影響により、貴方は自分の人格に対して疑いの念を抱くようになった……そうして、本来なら魂に蓄積されていく情報が蓄積されにくくなり、結果的に貴方の魂は軽くなったのです」
 マジか、じゃあ俺の魂の情報量って、もしかして。
 ーーいや、そんな馬鹿なことが!
「いいえ。想像どおりですよ。貴方の魂の重さは、一般的な十代前半の年齢層と同じ範囲に留まっています」
「嘘だと言ってくれ!」
「何度も言わせないでください。神はーー」
「知ってるから、今のはでかいひとり言だから!」
 頭を抱えて嘆き叫んでも、現実は変わらない。
 それが分かっていても、俺にはそうするしかなかった。

「嘆く必要はありません。魂の重量の多寡によって人の寿命は変化しません。それに重くなったからといってよいわけではありません、重くなりすぎた魂はその働きを鈍くし、行動の枷となることもあるのです」
「そうじゃないんだよ、自分が子供みたいってあんたのような神様に認定されたのが嫌なんだ!」
「ふむ、人間のプライドという概念ですね……ここで貴方に優しい言葉をかけても、それが邪魔して逆効果になりそうですので、やめておきましょう」
 ああ、そうかい。ありがとう。
 女神様はお優しいこって。
 時に事実が人間の心を傷つけるってことを理解してくれてたらもっと良かったのに、残念だ。

「さて、ずいぶん遠回りしましたが、これで事態の背景はわかったでしょう。そろそろ、あなたがどのようにして人類を救ったのかを語るとしましょう」
 俺の知らぬ間に俺が人類を救っているとか、言葉にしておかしいとか思わんのかね。
 やっぱり、俺が認識していないだけで俺の中に別人格が居るのかも。
 そう考えれば納得はいかんが理解はできる。
「貴方の人格が統合されたものであることは、私が保証しましょう。これから話すことはあなた自身の行いが結果的に人類を救った、という事実です」
 ……じゃあ、聞くかあ。
 自分に関する事実無根のゴシップ記事を聞かされる寸前の人間みたいな心境だけど、気にならないと言えば嘘になる。

「閉鎖空間での貴方とナンナの会話は、私だけでなく他の神々も注目していました。理由は、私がナンナを助けたためです。神が人間を助けるという行いに非難が集まりました、私の想定通りに」
「分かってたのに、あんたはあいつを……」
「ええ。分かっていましたから、その対策も準備していました。怒らずに聞いていただけると助かるのですがーー神々を黙らせるために、私はナンナを閉鎖空間に送り、続いて眠りについていた貴方を閉鎖空間に転送し、貴方方二人の会話を神々に見せることにしたのです」
「……それはアレか、人間がやってる動画配信の真似か?」
「ほぼそれに近いものです」
「あんたを含めて、たくさんの神様が俺らの話を聞いていたと?」
「はい」
「そんなんでなんとかなると考えたのか?」
「ええ。実際にどうにかなりました。人間風に言えば『大ウケ』というやつでしたよ」
 なんでウケてるんだよ。
 ……なんで俺らの会話で神様を沈黙させられたんだよ! 

「貴方とナンナの会話が始まって間もないうちには、『神々の総意を経ていない人間への過干渉』を理由に人類をリセットしようという意見も挙がっていました」
 ええ……オンラインゲームプレイ中に反応悪いって理由でリスタートするくらいの軽いノリで人類リセットするじゃん、神様。
 これまでもリセットが行われてきたのだと思うと、神様が怖くて近寄りたくなくなる。
「心配はいりません。下位存在であるという自己認識を忘れない限り、私は貴方に寛容で有り続けましょう……ともあれ、神々は貴方方の交流を興味深く、実に興味深く観察しました」
 その『実に興味深く観察した』っていうのが怖いんだが、なんかの伏線じゃないだろうな。

「貴方がナンナの心の悩みに対して適切な助言をしたおかげで、神々は人間の成長を確認できた。神々の評価が『人類は良い方向へ進化している最中である』に書き換わりました」
 なんだ、『評価が書き換わった』って?
「人間の評価は、地球上の生物の中ではかなり低い、いえ低かったのです。このまま放置したら人類社会は千年と持たず自壊する、それならばあと百年程度静観し、改善の兆しが無ければ神々は人類をリセットするつもりだったのです」
 ……驚愕の事実過ぎて、現実感が沸かない。
 女神は嘘をつかないというから、真実なんだろうけれど。
「しかし、私自身も想定していなかったことですがーー貴方が人の心の成長を神々の前で示したことにより、残り百年程度でリセットされるはずの人類の歴史は残り千年は引き伸ばされることとなりました……これが貴方の功績、そして讃えられることになった理由です」
 貴方の誠実なる愛の心に感謝の意を表します、と女神が言った。
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