6 / 11
捜索開始
#6
しおりを挟む
僕には妹がいる。
五つ年下で、今は高校生。両親と同じ家に住んでいる。
里見かな子という名前だが、その苗字以外で、妹と僕に似通った部分は少ない。
性格、考え方、生活習慣、食べ物の好みなど、あらゆるものが違う。
付け加えれば、同じ学校に通ったことも無い――実際には、僕ら兄妹が一つの学校の生徒として登録されていたことはある。
しかし、それも小学校での一年間だけで、さらに妹は体が弱かったため、病院に入院しながらリモートで授業に参加していた。
その後も僕とかな子は母校を共有することはなかったわけだが、あまりそのことを気にしたことはない。
学校という場所で会わなくても、家あるいは病室で家族として接する。だから、学校に関する諸々の事情を惜しく感じられる機会が訪れなかった。
むしろ、かな子の方がそれらの事情について思うことがあったようだ。
妹は雄志と同じ時間を過ごせないことを悔しがった。
「せめてあと、二ヶ月、いや一ヶ月早く生まれていればユウさんと一年間同じ学校に通えたのに」という発言を、僕は数えるのが面倒になるくらい聞かされたものだ。
その度に母さんは軽い調子で謝り、父は沈黙した。
妹は四月生まれだったのだ。
僕とかな子、そして雄志を含めた三人は幼馴染の関係にある。
だから、かな子の幼い頃の姿を僕と雄志は知っている。
昔のかな子は、雄志と僕のことを同じくらい好きと言っていた時期があった。
今ではその言葉は僕の親友だけに向けられている。
別に、僕がかな子に嫌われるようなことをしたからではない……たぶん。
妹が僕らに向ける気持ちを変えたのには、シンプルな理由がある。
それは成長に伴う心境の変化だ。
小さい頃の『好き』は家族に向けるものであり、今現在の『好き』は異性としてのそれに変わっただけ。
率直に言い表せば、かな子は雄志に恋しているのだった。
そう思う根拠を挙げれば片手では足りないが、第一に取り上げるなら、雄志に対する呼び名の変遷だ。
小さい頃は彼のことを「お兄ちゃん」と呼んでいたが、僕らが十四歳になる頃には「ユウ兄さん」にいつの間にか変わっており、最終的に――つまり現在では「ユウさん」に落ち着いた。
そうなっていった理由もだいたい察しがつく。
雄志のことを『兄』ではなく、一人の『男』として意識するためだ。つまり、実の兄と幼馴染の男性を区別するため、呼び方から変えたのだと僕は考えている。
あえてもう一つ、かな子が雄志に恋しているという根拠を語るなら、それはもう分かりやすいもので、雄志の様子を僕に尋ねてくるからだ。
僕が知らないところで二人がメッセージのやりとりをしていることは知っている。それについてとやかく言う権利は僕には無いのだが、あえて言わせてもらうならば、妹はもう少し親友との距離を詰めていいんじゃないだろうか。
少なくとも、雄志が自発的にかな子の気持ちに気づくことはない――あの男はそういう男だ。
はっきり言われなければ、他人から向けられる好意を自覚しないまま時を過ごす。
近しい関係だからわかる、いやわかってしまうのだが、雄志はモテるのだ。
それらに関するエピソードは僕の記憶にある。少なくとも、妹が彼に恋しているとする根拠よりも、多く挙げられる。
幼馴染という立場に甘んじてのほほんとしていると、雄志の心は誰かに向けられてしまうだろう。
雄志はかな子のことを妹のように考えているはずだ。
何らかの機会に想いを伝えなければ、彼はいつまでも認識を改めない。
つまり、僕が妹に言ってやりたいことをまとめると、次の通りだ。
「僕を通さずに自分で言ったらいいじゃないか。アンナの代わりに家事の手伝いさせてほしい、って」
『それができないから、こうして兄さんにお願いしていると気づいてください』
「あのさ、何度目のアドバイスか忘れたけど、もう一度言う――自分から動かないと、ライバルに遅れを取るぞ。それも一歩どころじゃなく、大きなリードを許すことになる」
『で、でももし、断られたらどうすれば……』
「雄志に聞いてみないことにはわからないだろ、そんなの」
『だから、もしもそれで断られたらどうすればいいんですか!』
「いや、断られたって別にいいだろ、嫌われたわけでもあるまいし」
『兄さんは女心が分かっていません!』
「よく言われるよ」
主に実の妹からな。
僕は今、かな子に通話をかけている。
左耳に付けている通信デバイスから、妹からの喚き声が届く。
基本的に妹は礼儀をわきまえている風の大人びた言動をするのだが、雄志のことが絡むと変なスイッチが入ってしまうらしく、今のようにやいのやいのと口が回る。
もしかしてあれだろうか、好きな人のことになると冷静さを欠く恋する乙女というヤツ。
妹に内緒でこの通話に雄志を加えたら、もっと面白いものが見られるかもしれない。
そんなことを考えーーすぐにそれは不可能だという考えに至った。
妹が使っている通信デバイスは、旧時代のテクノロジーが詰まった化石『スマホ』だ。
それと僕の『ID-VICE』を比べると、無線通信規格の世代が違いすぎて、通話途中での第三者招待はできないようになっている。
無理にやろうとすれば、妹との通信が途絶されるだろう。
五つ年下で、今は高校生。両親と同じ家に住んでいる。
里見かな子という名前だが、その苗字以外で、妹と僕に似通った部分は少ない。
性格、考え方、生活習慣、食べ物の好みなど、あらゆるものが違う。
付け加えれば、同じ学校に通ったことも無い――実際には、僕ら兄妹が一つの学校の生徒として登録されていたことはある。
しかし、それも小学校での一年間だけで、さらに妹は体が弱かったため、病院に入院しながらリモートで授業に参加していた。
その後も僕とかな子は母校を共有することはなかったわけだが、あまりそのことを気にしたことはない。
学校という場所で会わなくても、家あるいは病室で家族として接する。だから、学校に関する諸々の事情を惜しく感じられる機会が訪れなかった。
むしろ、かな子の方がそれらの事情について思うことがあったようだ。
妹は雄志と同じ時間を過ごせないことを悔しがった。
「せめてあと、二ヶ月、いや一ヶ月早く生まれていればユウさんと一年間同じ学校に通えたのに」という発言を、僕は数えるのが面倒になるくらい聞かされたものだ。
その度に母さんは軽い調子で謝り、父は沈黙した。
妹は四月生まれだったのだ。
僕とかな子、そして雄志を含めた三人は幼馴染の関係にある。
だから、かな子の幼い頃の姿を僕と雄志は知っている。
昔のかな子は、雄志と僕のことを同じくらい好きと言っていた時期があった。
今ではその言葉は僕の親友だけに向けられている。
別に、僕がかな子に嫌われるようなことをしたからではない……たぶん。
妹が僕らに向ける気持ちを変えたのには、シンプルな理由がある。
それは成長に伴う心境の変化だ。
小さい頃の『好き』は家族に向けるものであり、今現在の『好き』は異性としてのそれに変わっただけ。
率直に言い表せば、かな子は雄志に恋しているのだった。
そう思う根拠を挙げれば片手では足りないが、第一に取り上げるなら、雄志に対する呼び名の変遷だ。
小さい頃は彼のことを「お兄ちゃん」と呼んでいたが、僕らが十四歳になる頃には「ユウ兄さん」にいつの間にか変わっており、最終的に――つまり現在では「ユウさん」に落ち着いた。
そうなっていった理由もだいたい察しがつく。
雄志のことを『兄』ではなく、一人の『男』として意識するためだ。つまり、実の兄と幼馴染の男性を区別するため、呼び方から変えたのだと僕は考えている。
あえてもう一つ、かな子が雄志に恋しているという根拠を語るなら、それはもう分かりやすいもので、雄志の様子を僕に尋ねてくるからだ。
僕が知らないところで二人がメッセージのやりとりをしていることは知っている。それについてとやかく言う権利は僕には無いのだが、あえて言わせてもらうならば、妹はもう少し親友との距離を詰めていいんじゃないだろうか。
少なくとも、雄志が自発的にかな子の気持ちに気づくことはない――あの男はそういう男だ。
はっきり言われなければ、他人から向けられる好意を自覚しないまま時を過ごす。
近しい関係だからわかる、いやわかってしまうのだが、雄志はモテるのだ。
それらに関するエピソードは僕の記憶にある。少なくとも、妹が彼に恋しているとする根拠よりも、多く挙げられる。
幼馴染という立場に甘んじてのほほんとしていると、雄志の心は誰かに向けられてしまうだろう。
雄志はかな子のことを妹のように考えているはずだ。
何らかの機会に想いを伝えなければ、彼はいつまでも認識を改めない。
つまり、僕が妹に言ってやりたいことをまとめると、次の通りだ。
「僕を通さずに自分で言ったらいいじゃないか。アンナの代わりに家事の手伝いさせてほしい、って」
『それができないから、こうして兄さんにお願いしていると気づいてください』
「あのさ、何度目のアドバイスか忘れたけど、もう一度言う――自分から動かないと、ライバルに遅れを取るぞ。それも一歩どころじゃなく、大きなリードを許すことになる」
『で、でももし、断られたらどうすれば……』
「雄志に聞いてみないことにはわからないだろ、そんなの」
『だから、もしもそれで断られたらどうすればいいんですか!』
「いや、断られたって別にいいだろ、嫌われたわけでもあるまいし」
『兄さんは女心が分かっていません!』
「よく言われるよ」
主に実の妹からな。
僕は今、かな子に通話をかけている。
左耳に付けている通信デバイスから、妹からの喚き声が届く。
基本的に妹は礼儀をわきまえている風の大人びた言動をするのだが、雄志のことが絡むと変なスイッチが入ってしまうらしく、今のようにやいのやいのと口が回る。
もしかしてあれだろうか、好きな人のことになると冷静さを欠く恋する乙女というヤツ。
妹に内緒でこの通話に雄志を加えたら、もっと面白いものが見られるかもしれない。
そんなことを考えーーすぐにそれは不可能だという考えに至った。
妹が使っている通信デバイスは、旧時代のテクノロジーが詰まった化石『スマホ』だ。
それと僕の『ID-VICE』を比べると、無線通信規格の世代が違いすぎて、通話途中での第三者招待はできないようになっている。
無理にやろうとすれば、妹との通信が途絶されるだろう。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる