mistress

桜 詩

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第一章

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激しく愛し合ったあと、気がついたのは夜明け頃。
薄闇の時に、すでにライアンの姿はなくアネリはそのやるせなさに思わず泣いてしまった。

こういうことかと。
はじめて思った。愛人というのは侘しいものだ。どれだけ激しく愛し合ったとしても、男は妻のものなのだ。
まして、ライアンにはアネリに愛などないであろうから…、
一人残された部屋に、情交の跡がいたたまれず、乱れて汚れたシーツをはぐと、丸めて籠にいれて、新しいシーツとネグリジェをだした。それでも、ライアンの香水とシガーの香りは消せなかった。

だけれど、後悔はない。
他ならぬ、自分がこの道を選んだのだから…。

ライアンは次にいつ来るかも分からず、アネリには昼間は時にやることもない。
自然と縫い物に精がでて、無心で針を動かすと、朝に感じたやるせなさも、薄まってくる。

いつかは、飽きられ別れがくる。
アネリは無駄遣いをしないように、誓ったし、お金が貯まればいつか子供たちに会えるだろうかと。
いや…会えない。とアネリは思った。1度身を落とすと2度と這い上がれないだろう。
彼らの母のエレナは亡くなったのだ。ここにいるのは別人のアネリ・メルヴィルだ。

「アネリ様こちらをお飲みください」
置かれたカップの中には飲み物が入っているが、お茶ではない。
「…これは?」
「…妊娠しにくくさせるお薬です」
デイジーが言いづらそうに言った。
「わかったわ、ありがとう」
微笑むとそれを飲み干した。

妻であれば、妊娠は歓迎すべき、愛人は歓迎出来ないということかとアネリは自分を嗤った。万が一そうなれば、また新たな悪夢の始まりなのかもしれない。

アネリは必要な色の糸がなく、新しい刺繍糸と生地を買いに行くことにした。
どうせすることもなく、社交を
することもない身の上だ。
暇つぶしの刺繍くらいお金を使えばいい。

馬車を出してもらい、アネリはチェリーと共に王都の中心部に向かった。
「アネリ様、あちらの方のお店はいかがですか?」
刺繍糸をかい、帰ろうとするとチェリーがドレスの店を示した。
「でも、誰に会うわけではないわ」
「新しいドレスは気分が晴れますよ、費用は卿もちですから、ご遠慮なさらず」
とにっこりと笑った。
「そうね、1着お願いすることにするわ」

王都でも有名なその店は、はじめて訪ねたアネリを温かく迎え入れてくれた。
チェリーの勧めもあり、夜用と昼用を1着ずつ注文した。出来上がれば届けてくれるそうだ。
「ありがとうよろしくね」
アネリは微笑んで店を出た
「ありがとうチェリー。気が晴れるものね、買ってもらうって」
と笑うと
「そうでございましょう?」
くすくすとチェリーも笑った。

本格的な社交シーズンは春から夏に向けてが一番盛り上がるが、この時期は社交シーズンが始まり、街ゆく人々もみな浮き浮きと楽しみにしている雰囲気がして、アネリは微笑んだ。

社交界はアネリの楽しい思い出が詰まっている。幸せの記憶。

父がいて、兄がいて、どんな貴公子にダンスを申し込まれるか、どんな令嬢と仲よくなれるのか…。
どこの舞踏会に呼ばれ、お茶会ではどんな話が話題なのか、流行のドレスと髪型。 
新しいダンスシューズ。

ショーウィンドゥに映ったアネリの姿をみて、ふと思い付いた。
名前が代わり別人になったのだから、どうせなら見た目も変えてみたくなった。
「ねぇチェリー。髪を染めてみたいの」
「それでしたらあちらの店にあるかも知れませんわね」
化粧品のお店を指すと、アネリとチェリーはそこに入り髪染めを買うことにした。

チェリーとデイジーがバスルームできれいに染めてくれた。金色から、栗色に代わっただけで本当に別人になった気がした。
眉と睫毛は化粧で茶色っぽくできそうだった。

色が変わるだけで、なんだか大人びて見えた。
「きれいなお髪でしたけれど、こちらもよくお似合いですわ」
にっこりとデイジーが誉める。
「ですけれど、本当に別人のようですわ」
「それなら良かったわ。思いきって染めてみて正解ね」
いないと思うけれど、エレナの事を覚えている人がいては行けないし、ごまかすのも面倒だ。それならわからないようにする方がいい。
アネリは二人に礼を言い、バスルームを後にした。
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