mistress

桜 詩

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第一章

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ライアンが発ち、しばらくたつと、アネリの髪はすっかりもとの色になった。
「ピアノを弾いても?」
ウルリカに聞くと
「もちろんですわアネリ様」
屈託なく微笑む彼女に安心して、ピアノに触れる。

アネリはじっくりと指をならしてから、演奏に入った。
ウルリカは側で嬉しそうに聴いていた。
「ねぇ、私が疎ましくはないの?」
「なぜです?」
「私が、あなたたちの旦那様の愛人だから…」
ウルリカはうなずいた、
「どのような方であろうと、旦那様のお連れになった方は敬意を払います。それに、珍しいことではありません…」
「…でしょうね…」
愛人がいる貴族なんてたくさんいるであろう。ましてライアンは…慣れているとアネリは思う。
「アネリ様は偉ぶったりなさいませんし、何よりもここの者たちは貴女の身の上を知っています。そんな貴方をどうして疎ましく思うでしょう」
「でも、奥さまは?私の事を知っているのかしら…」
「奥様のことは私どもも、ほとんど知りません」
そう、とアネリはピアノを弾きつづけた。

もしライアンの妻が、アネリの事を知れば罵倒され、今度は殺されるかも知れない。公爵夫人の力をもってすれば女一人どうにでも出来るだろう。
それならもう、それで良いのかも知れない。
守らなければならない命も心も、もはやアネリにあるとは思えない。どれ程の事を受けようと、子供たちはもう安全で快適な暮らしをしていて、母のエレナは亡くなった事になっている。
その日がもし来たら、粛々と罰を受けよう。

表向きは、息子の愛人で真実はライアンの愛人だ。罪深い身に成り果てた。後戻りはもはや出来ない

ティアレイク・アビーのハーヴィーをはじめ使用人たちは、これまで主人が不在がちなのでむしろアネリの存在を歓迎していた。
ピアノの音を聞き、静かすぎるこの邸の新しい客人の為に、たとえどのような身の上であろうと、いきいきと働いた。

アネリはハーヴィーを呼んで
「ハーヴィー、もし私に許されるならこのお屋敷を案内してくれない?」
広い邸は一日少しずつ見て回ればきっとしばらくは退屈をしないと思われた。
「もちろんかまいません」
にっこりとハーヴィーは言った。

ハーヴィーが自ら、案内役を買ってでてまだアネリが入ったことのない、大広間や、ギャラリーなど表の方。
それからたくさんの空いたままの客室。それから遊戯室。

次の日は、広い庭を案内してもらった。
庭の中に小さな雫の形をした湖があり、なるほどティアレイクの由来はこれかとアネリは思った。
ボート遊びをするのだろう。小さなボートもあった。
計算された庭には、小川が流れてせせらぎの音を奏でていた。
そして違う方角には小さな建物のあずまやあり、そこで休憩やお茶をできそうだった。

綺麗なガーデンにアネリはここが好きになった。
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