mistress

桜 詩

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第三章

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アドルファスとアルマンは兵を率いて帰っていったが、ライアンとジュリアンは落ち着くまで、セルリナに残ることになっていた。

戦いの地から、王宮に戻りさっぱりと身なりを整えると、やはり外の国の中とはいえ、建物の中というのは、ほっとさせられる。
「やれやれ…長い滞在になったな…」
ジュリアンがぽつりと呟いた。
有事に戦うことに異存はないが、日頃は貴族らしく優雅な生活を送っているジュリアンとライアンだ。
疲れは溜まっていている。
「奥方がさぞ気を揉んで待っているだろうな?」
ライアンは微笑みつつジュリアンに言った。 
「お前も…いや、そうか。すまないな…」
ライアンは眉をあげて薄く笑った。
エリザベスとの不仲のことは、既婚の貴族の中では知らない人の方が少い。
しかしその件は、イングレスに帰れば終わらせなければならない。
戦いは一段落した為、今は甲冑は着ていない。軍服を着てはいるが、あとは戦いの後始末だ。
ソフィアは、この荒れた王宮にいながら泰然と過ごしていたことにライアンは密かに感心した。
純粋培養に見えてなかなかどうして大した王女だと。

結局、一年以上をかけて王宮の官吏たちをを掌握し、王位についたセルジュが、ソフィアを立后したのを見届けてからライアンとジュリアンは帰国を果たした。
まだまだ国内情勢は安定はしないだろうが、第一関門は脱したのだ。シルキアとイングレスがついていることで、隣国に対する牽制も出来ている。あとはセルジュとソフィアが協力して建て直すしかない。
と、なればライアンとジュリアンの役目は終わった。

二人の公爵が揃って帰国し、王の元に報告をする。
「御苦労だった。ウィンスレット公爵ならびにブラッドフィールド公爵」
二人とも、ひざまづいて礼をとる。
「よく働いてくれた」
にこやかにジェラルドがいい、
「これでひと安心だ。しばらくの間の平和がこれで約束されただろう。この功績にまた褒美をとらそう」
ちらりとライアンを見ると
「ウィンスレット公爵には…約束のものを、準備をしている。あとは受け取りたいときに言うとよい」
とニヤリと笑った。

「ライアン、なんだ?約束のものとは…?」
回廊を歩きながら、ジュリアンが不思議そうに言ってきた。
いずれわかることか、と思い耳打ちする
「エリザベスとの、離婚だ」
目を見開くジュリアンに、ライアンは笑ってみせた。
「ライアン!正気か?」
「至って」
表情を変えずに間髪をいれずに答えた。
「これまで耐えていたじゃないか、今ごろ?」
ジュリアンが息を飲んで驚いている。
「結婚したい女性がいる…」
ライアンはそっと囁いた。
「本気で言ってるんだな…荒れるぞ…」
ライアンは筆頭公爵という、高位の貴族である。その公爵の離婚となればかなりの大騒動になることは、想像がつくことだ。
「承知の上だ…」
もはやジュリアンは何も言えなかった。

帰国したイングレスは、社交シーズンの真っ盛り。
華やかな王都に、殺伐としたセルリナの地がまるで嘘のようだ。
ウィンスレット邸に帰ったが、エリザベスはライアンがどこにいたのか、知ったことではない風情で、
「あらおかえりなさいませ」
と声をかけた。
まるで、すぐに近所に出掛けていたかのようだ。
公爵夫人らしく着飾ったその姿に、ライアンは心が冷えて眼差しが冷たくなるのを、止めようがなかった。
「父上、ご無事で何よりです」
フェリクスはやはり、戦闘があったことをわかっていた。
平和ボケしてないことにほっとする。
「なに、私は後方にいたのみだ」
フェリクスが聡明に育ったことに、ライアンは密かに感謝した。
「ソフィア王女と、セルジュ王子は上手くいきそうでしょうか?」
「ソフィア王女は思った以上に、王女らしく賢明だ…上手くやっていけるだろう、それが王族の血というものだと、感心した」
ふっとライアンは微笑んだ。

ライアンがウィリスハウスを訪ねたのは、その翌日だった。
深夜にそっと自室を訪ねると、アネリことエレナは柔らかな身体をぶつけるかのように、抱きついてきた。
「ライアン…!帰ってきたのね…」
喜びの表情で見上げる、エレナが愛おしい。
ああ、帰ってきて良かった…という気分にさせてくれた。

美しい唇に、口づけるとエレナはライアンの首に腕を巻き付けて、キスをねだるかのように自らライアンを引き付けた。
エレナの体香がライアンの鼻腔をくすぐり、うっとりとした気持ちにさせられた。
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