夏の雨、その夜の恋を忘れない

桜 詩

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母と娘

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 王都の聖堂で、夏に式を挙げる事が正式に決まったのでクロエは準備を忙しくしている。何せ社交界1年目のティファニー自身は何をすればいいのか分からずに言われままに招待状を書いたり、準備にいそしんでいた。

日々のスケジュールに加えて、準備をこなしていると春はいつの間にか過ぎ去り夏の気配が濃厚になっていた。

「ティファニー?今いいかしら?」
ティファニーの部屋に珍しくクロエが訪ねてきた。
「お義母さま?…なにかしら」
目を足元のソックスに向けて訝しげな顔をした。
「にゃ」
ソックスはティファニーを見上げて尻尾の先をパタンパタンと動かした。

ちょうど食事の食器を片付けに行ってしまったので、部屋にはエマはいない。なので、ティファニーは扉に近づいてクロエを招き入れた。
「入るわね」
クロエの後ろにはメイドが荷物を抱えていた。
大きな箱をメイドが開けると、そこには純白のドレスが入っていた。
「気に入ると良いのだけれど…、着てみてくれない?」
ティファニーはクロエとドレスを見比べた。
メイドが近づいて来たので、ティファニーは頷いて立ち上がってされるがままにドレスを着替えた。

ウエストから上は繊細なレースで、ウエストから下はチュールレースでストンと落ちている。シンプルながらも可憐なデザインだった。

「どうかしら?ティファニー」
クロエがとても心配そうに見つめている。
「ぐあいが悪いところはない?」
その聞き方にティファニーはふと、思ったことを口にした。
「…これ、もしかしてお義母さまが?」
「…そうよ…私には、これくらいしか出来ないと思うから…」

美しいレース、整った縫い目。丁寧に作られたとわかるその仕立て。
クロエが、これをティファニーの為に作ってくれたという事に驚く。いつの間に用意していたのか…。

「ティファニーのお母様が生きてらしたら…きっと…こうしたかったと思うから…」
ティファニーはまじまじとクロエの顔を見つめた。
見つめられて、少し戸惑ったようなクロエは、躊躇いつつも口を開いた。
「私…貴女にお義母さまと呼ばれながらも、少しも母にはなれなかったわね。でも…はじめは…私は貴女の母になろうと、思っていたのよ。せめて、これくらいはさせてもらいたいと思ったの」

「私だって…いい娘じゃなかったわ、ひねくれて、可愛いげがなかった」
「そう、させたのは…私とコーヴィンだわ」
「もう…どうでも良いの。どうしようもないわ」

過去の事は仕方がない。ティファニーだって子供だったから、クロエの思いなど到底理解してなかった。

「いいえ、話を続けさせて…貴女が結婚するのに、私はこの事を話さなければいけないの。そうでないと、貴女は自分を責めたまま行ってしまうの。それは絶対にいけないのよ」
クロエは強ばった顔を床に向けている。

ティファニーはそれを見つめながら、その所在なく組まれた指先を見ていた。
クロエはティファニーがずっと〝自分はここにいるべきじゃない〟と思って来たことを気づいていたのだ…とそう思い当たった。

コーヴィンは、ティファニーが産まれてすぐにミリアナが亡くなったからティファニーを扱いかねていて、ほとんど乳母に任せたままでほったらかしだったし、クロエが来てからはルロイは可愛がってもティファニーの事は見もしなかった。
だから、この家にも、他所にもティファニーはいないに等しかった。ただ…時おり従姉のメグがティファニー、と名を呼んでくれた。そうでなければティファニーは自分の名前すら失いそうな気がした。

「お義母さまは、最初はとても優しくて…綺麗で…私、母という存在を全く理解していなかったから…とても心地よかったわ」
ティファニーもまた、それならば…と、どうにもならない会話に乗っかる。

「…それを裏切ったのは…私ね。…ルロイが産まれて…あの子はとてもよく熱を出したり、お腹を壊したり…毎日少しも気を抜けなくて。それなのに…貴女は病気なんてほとんどしなかった。ルロイに比べて元気な貴女が羨ましくて…。なんだかとても妬ましくて…ティファニーは何も悪くないのにね…ルロイに触れないでと言ってしまったわ」

記憶にはなかった…ただクロエとルロイには近寄ってはいけないのだといつの間にか思っていた。

「ルロイが成長して、元気になってきたときには、気づけば…なついていたはずの貴女はすっかり私になんてに意地悪な継母そのものを見る目と口調だったのよ。…その頃の私は明日こそ、ティファニーと遊ぼう、その次の日もまた明日にはって…。元気になったルロイが本当に嬉しくて、可愛くて…。私に気を許さなくなってしまったティファニーには本当にどう接したら良いのかわからなくなってしまったのよ」

「仕方ないわ。ルロイはお義母さまが産んだ子供だもの、私とは違うから」
「最低なのよ、私は…。挙げ句に…コーヴィンが病に臥せってからは、死にゆく彼を一人で見るのは怖いからって、貴女をここから出せずにいたし、亡くなってからは、自分を責める貴女を見ていられずに追い出したし」
クロエは淡々と自分を悔いていた。

「それは…お父様の気配の残るこの邸にいない方が私の為だったからでしょう?」

「私と暮らすより、貴女を支えるのは大人の男性がいいとおもって勝手に結婚させようとしたわ」

「経営に本当に困っていたのでしょう?それもあったから、決めようと思ったのよね?本当に没落してしまったら…行き先はもっと酷い所しか行き着けないでしょう?」

「ティファニー…」

「私だって…もう15歳じゃないわ、お義母さま…。まだ大人じゃないけれど、お義母さまの気持ちが全くわからないほどの子供じゃないの」
しばし、沈黙が続く。ゆるゆるとクロエが視線を上げて、ティファニーの目を真っ直ぐに見つめた。
「…いつの間にか…大きくなってたのね…。分かっていなかったのは私の方ね。結婚するのだから当然なのに」
「お義母さまもまだ若いのだから、再婚すれば良いのよ…。もう、悪い夢は終わったの。そうでしょう?」
「再婚だなんて何言ってるの…、とにかくラファエル卿と…幸せになって…。今まで辛かった分まで幸せに過ごすのよ」
クロエは泣き笑いのような顔をして、言った。
「言われなくたってそうなってみせるわ、反対やら嫉妬やら乗り越えてきたのだもの」
ティファニーも少し泣きそうになりながら強がって見せた。

「ぜったいよ…」

長らく親子という括りにありながら、母と娘という関係には今更なれない。けれど…やっと、クロエはティファニーに思うことを言えて、ティファニーもずっとクロエにその事を気にしなくていいと思いを伝えられたと思う。

「これ、なかなか素敵だと思うわ。式で着てあげる」
ティファニーはいつものように、話しかける。
「わざわざ、フルーレイスのレースを取り寄せたのよ。素敵なのは間違いないわ。直すところはないわね?」
「ええ」
「この、レースでベールも作るわ。式までには完成させるから、待ってなさい」
「ここまで出来ていて、間に合わないとかないでしょ」
「うんと、素敵にしあげるんだから、文句は受け付けないわ」
クロエが言うと、メイドがティファニーの着ていたドレスを脱がせた。
このドレスは、クロエのティファニーへの想いが籠められている。ティファニーの母、ミリアナの代わりに…ティファニーは知らないその女性の。そう思うと、熱い涙が頬を伝っていた。

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