夏の雨、その夜の恋を忘れない

桜 詩

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旅人

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まだ屋敷中が寝静まる中、ティファニーは、街中でもすこし家柄の良い女の子が身に付けるような可愛らしいワンピースドレスと、編み上げブーツを履くと、髪は簡単に結い支度は完璧だ。
あとは、帽子さえ被れば外出はすぐに出来る。

実は、ティファニーは王都から出たことがなかった。
それは、父達がタウンハウスにティファニーを置いて領地に帰っていっていたからだ。だからティファニーははじめての体験にわくわくしていて、約束の時間より早く出来てしまった。

ベッドサイドには置時計がある。時を紡ぐそれをじっと眺めつつ、ラファエルの寝顔を眺める。

(あと、5分…)

「はやく、おきて…」
小さく呟くと、その囁きに瞼がゆっくりと開く。

「早いねティファニー」
笑い声をたててラファエルが見下ろすティファニーを見た。
「おはよう、待ちきれずに起こしちゃった」

そっとその唇にキスを落とす。
ティファニーの頭に手を回して、ラファエルも上体を起こした。

「支度、もう完璧だな」
「…子供みたいでしょ?」

正確には子供の頃にそんなに楽しみだった記憶はない。いつだって彩りのない世界にティファニーはいた。それが現実なんだとそれしかないと思っていたから…。
ラファエルが、新しい日々を与えてくれた…。

「俺も、楽しみだよ」
「うんあのね、馬車に乗る前に屋台でワッフルを買って食べるの」
ワッフルは外国から伝わった最近人気のある食べ物だ。
「いいね」
「それから…馬車にのったら、何をお土産に買うか本を見るの」
「いいね」
くすっとラファエルが着替えをしながら答える。

ティファニーにはわかっている。ラファエルは本当に愛されてきた人で、心底からティファニーの事はわからないだろう。でも、彼はそのティファニーの満たされなかった心を少しずつ埋めていってくれる。

ラファエルも街中を歩くちょっと良いところの男性といったスーツを身に付ける。それでもどうしてもお忍びの貴族といった雰囲気が滲み出ている。

用意していたティファニーのトランクとラファエルのトランク。

そっと階下に降りると、執事のアントンが送り出してくれる。
「お気をつけて」
「行ってくるよ」
「行ってきます」
きっちりと腰を折ってお辞儀をする彼を後にして、ラファエルと二人で歩いて門を出る。

朝の清々しい空気と、旅の始まりのうきうきで足取りも軽く歩き出したティファニーを、ラファエルはおかしそうに見ながら隣を歩いている。
「はしゃぎすぎじゃない?疲れるよ?」
「だって…はじめて王都を出るの…はしゃいじゃうの分かって?」
「そうだね、それははしゃいでも仕方がないな」
王都の中心の大通りには、早朝に出発する乗り合い馬車がある。
これは比較的上品な客層が利用者なので、屋根もありクッションもいい。

ラファエルがまず1つ目の目的地の街にいく馬車に、確認をしに行く。
「見つかったよ、ティファニーの希望通りまだ時間があるから、そこの屋台でワッフルだよな?」
「そう」

出発する客のために、この朝からいくつかの屋台が出ている。
焼きたてのワッフルにクリームをのせてある。
「飲み物も欲しいな」
「コーヒーでいい?」
「うん」

ワッフルをベンチに座って分けあって食べると、楽しすぎて意味もなく笑ってしまう。
「なに?すごく楽しそう」
「ふふっ。だってデートっぽくない?小説みたいな…」
「女の子が読むようなの?」
「そう。こうやって、1つを分け合うの」
「…確かに、それらしいね」

カリっフワッのワッフルを食べてコーヒーを飲むとちょうど馭者が
「お客さん、そろそろ人数が揃ったから出立するよ」

交代で馬車を操るので馭者は二人いて、その二人が荷物を乗せてくれる。ラファエルがちゃんと前払いで料金を払っている。
時間までに人数が揃うと、その時点で出発するのだ。

大型の馬車を、大きな馬が2頭で牽いている。一番後ろに乗り込んだラファエルとティファニーは、カツカツと石畳を行く足音を聞きながら、街並みを眺めた。

ティファニー自身は王都をこうやって朝にじっくりと見るのもはじめてといって良いくらいだ。
朝の活動的な声が届くと、活気があってとてもいい。
しばらく走らせると、王都の大門をくぐり外の世界に出た。

王都の外にもあちらこちらに小さな町が遠くに見える。
あちこちに向かう舗装された通りを馬車は力強く進んでいく。

「ええと、それから本をみてだよな?」
「そう、レ…マリアンナが本をくれたの」
レディと言いかけてとっさに口をつぐんだ。

貴族、というだけで毛嫌いしている人もいないこともないという。
本を鞄から出すと、その本を開いた。
目指す町は王都から近くにある大きな街、ライズ、その紹介を読んでいく。
「見せて」
「うん」
二人で寄り添って眺めていると
「あなたたち、新婚さん?仲良しね」
前にいた妙齢の夫婦の、夫人が振り向いて声をかけてくる。

「あら」
とラファエルの容姿とティファニーの容姿に目を丸くする。

「…ずいぶん若い夫婦ね?いくつ?」
「あ、俺が19で彼女は17です」
ラファエルが気さくに答える。
「あら本当若いのね…邪魔をしてごめんなさいね」
にっこりと微笑むけれど、若すぎておかしく思われているのかなとティファニーはチラリとラファエルを見た。

大丈夫、と口に出さずにラファエルが伝えてくる。
「とりあえずさ、ヴィクターへの土産物は最後ね」
「どうして?」
「先にティファニーが気に入ったの、それから、ルナに、でヴィクターにな」
「うん。それでいい?あと、お義父様とお義母様にもね」
「そうだね」

二人で相談しながら、みんなへの土産物の目安をつけていく。

馬車はやがてライズにつくと、みなそれぞれに降りたり次の町へ向かう馬車に乗り換えたりしている。
白壁と煉瓦の壁の暖かみのある色合いの街並みでとても可愛らしい。
可愛らしい雑貨屋等が並びティファニーわくわくと店を覗きこむ。
「気に入ったのあったら、遠慮なく言えよ?」
「うん」

ティファニーが気に入ったのはシンプルなデザインのネックレスだった。今着てる服でも、昼のドレスでも着けることが出来そうだった。金細工のチェーンと小さなダイヤモンドで出来たペンダントトップが花のような形になっていて可愛らしい。
「これ?」
「そちらは、とても今若いお嬢さんに人気のあるシリーズですよ」
店員の男性はケースからそれを出してきて、お揃いのイヤリングとブレスレットを出してくる。
「じゃあこれを」
ラファエルは迷うことなくお金を払い、
「このままつけていく?」
「うん」

ラファエルから贈り物はもらったことがあるけれど、こうして目の前で買ってもらって着けて貰うことははじめてだ。とても、嬉しくてドキドキもする。

イヤリングだけは自分で着ける。
今の服にはとてもよく合い、小さなダイヤモンドが控えめにキラキラと光る。
「ありがとうございました。良い旅を」
にっこりと店員に送り出されて、通りをまた進んでいく。

可愛らしい街並みを歩いていくと街のシンボルでもある、マリーニ聖堂の時計塔が見えてくる。美しいブルーの文字盤と金の針が綺麗で旧くから存在するそのたたずまいに感動する。

マリーニ聖堂の近くのレストランで二人は食事にすることにした。
イングレスの王族が朝食とお茶の時間、夕食という食事スタイルなので、貴族たちもそれにならい、昼食は摂らない。
今はランチタイムだ。
ティファニーにとってははじめてのランチだった。

空いた席に座ったものの、頼みかたがわからないティファニーはチラリとラファエルを見た。
心得たようにラファエルは
「おすすめで」
と店員にいうと
「はい、お待ち下さい」
というと、彼は厨房に下がり料理を持ってくる。

家庭料理を提供するらしいこの店は、野菜のスープとポテトパンケーキにサラダを添えて持ってきた。
賑わう店内の中、はじめての体験に緊張しつつも回りの様子を見ながら真似をして食べる。
「美味しい…」
にっこりと笑うと、ラファエルもうなずいてあっという間に平らげてしまった。
ラファエルにはもしかして足りなかったかな、とティファニーは食べさしのお皿を彼にしめす。
「食べる?」
普段なら決して出来ないが…
「お腹いっぱいになった?」
「うん、お腹いっぱい」

「じゃあもらうよ」
くすっと笑うと、ラファエルはそれもあっという間に食べてしまう。若くて体格のいい彼は、たくさん食べるのだ。

「今日のうちにブレイトに向かいたいから、そろそろ馬車に行っても大丈夫?一泊したい?」
「大丈夫、向かう」

ラファエルとティファニーはそのまま街を歩いて、再び通りを目指して馬車を探す。
保養地として有名なブレイトに向かう馬車はとても多く、すぐに見つかり可愛らしい街を後にした。

お腹が満たされたのと、朝から興奮していたのでティファニーは馬車に揺られて眠ってしまった。

「着いたよ」
そっと揺り動かされて、ティファニーは目覚めた。
「…やだ、寝てしまって堪能しそびれちゃった」
夕焼けに染まるブレイトに着くと、その美しい港町にティファニーは絶句した。はじめてみる景色に圧倒される。
「海…?」
「そう、今日はここに泊まるよ」
海辺沿いの上品な方のホテルに、ラファエルは入っていくと
「部屋は空いてる?」
「一室でよろしいですか?」
「いいよ」
「それではこの価格でご用意できますがいかがでしょう?」
金額はティファニーに見えないようにラファエルに出される。
「ではそれで」 
ラファエルが財布からお金を払い、部屋に通される。

海の見えるその部屋は、高すぎず安すぎない辺りの部屋なのだろうか?ついお金の心配をしてしまう。
「心配いらないよ、ちゃんと無理してないから」
「うん…ありがとう」

ここは素直に甘えておくべきだろう。

荷物を置いてから、マーケット通りを歩く。
「あ、ポストカード…」
それを手にとってブレイトの風景を描いた何枚かを買って、早速手紙をリリアナに向けてと、クロエに向けてと書いた。残りは自分の物として置いておこうと思う。
「ポストはあちらにありますよ」
と店員が慣れたように言ってくる。
「多分ここからなら会うまでに着くはずだよ」
ここも、ティファニーが気になることを先回りしてラファエルが言ってくる。
「なんでそんなにわかるの?」
「ティファニーは分かりやすい」
くくっとラファエルが笑う。
「…まぁいいわ」
少し口を尖らせて、ティファニーはそれをポストに入れた。

すっかり真っ暗になってきて、外灯が目立つようになりラファエルとシーフードレストランに入る。

ここでも注文はラファエルに任せて、様々な料理が運ばれてくるのを待っていた。
好きなものを注文して、というのがまず新鮮な体験である。

ラファエルが取り分けて作りたての料理はどれも美味しくて、ティファニーはすぐに満腹になったし、皿にたくさんあった料理はほとんどがラファエルのお腹に満たされていった。

海沿いのプロムナードを歩くと、まだまだ歩いている人達と出会う。

「今日一日で…何年分か経験した気分…」
ティファニーが呟くと
「そうだね」
潮騒の音がして、海の香りが鼻腔をくすぐる。クセのあるその香りはそれと共に湿った風を運んでくる。
「疲れてない?」
「興奮しすぎてわからない」
くすくすと笑ってティファニーは言った。

「ちょっとは頼りになると思った?」
そこを気にしてたのかとティファニーは笑いながら
「すごーく頼りになった」
「よし」
満足そうに言うラファエルの金の髪が夜の闇に浮かび上がってとても美しくて、そしてロマンティックな気持ちが高まって思わずその体に抱きついた。
「大好き…ラファエル」
「俺も…好きだよ」

そっと二人の影は寄り添って1つの影にになる。
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