睡恋―sui ren―

桜 詩

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4,二つの報せ (Joel)

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 イングレス王家の外戚であり、そして裕福で広大な領地をもち、富と権力を有するウィンスレット家。そのカントリーハウスは、パワーに比例してハウスというにはあまりにも広大で立派だった。

そのいささか豪華すぎる朝食の部屋では、この主一家のうちの男性たちがめいめいに料理を取りゆっくりと食事をすすめていた。

 当主であるウィンスレット公爵 フェリクス・ウィンスレットは、金髪に青い瞳でこれぞイングレス貴族という端整な容貌をしていて、体つきも貫禄を纏いつつもすっきりと引き締まった体つきをしている。彼は新聞を読みながら近頃流行の兆しのあるコーヒーを飲んでいる。

その斜め向かいには、先代の公爵の弟であるルーサーが座り朝食の卵を口に運んでいた。彼は金褐色の髪に青い瞳をしてして穏やかな顔つきの壮年の男性だった。そのすぐ隣には彼に面差しの似た少年、アーサーが14歳の育ち盛りらしい旺盛な食欲を見せていた。

そして、フェリクスの弟であり現在次期当主となるジョエルは、現在はシルヴェストル侯爵を名乗っている。
褐色の髪を襟足はすっきりとカットさせ前髪はやや長めにして流して青い瞳に少しだけ影を落とさせている。
若々しくそして精悍な顔立ちにそれが、やや危うげな色気を纏わせて若干20歳という年齢以上に大人びて見せていた。

フェリクスが44歳で二人の年が離れているのは、母親が違うからだ。
二人の父のライアンは、妻のエレナと、………このエレナがジョエルの母である………二人の間に産まれた、三人目の息子であるシアンをスクールに送り出した後は、隠居生活をするのだと、この屋敷があるところよりも田舎、湖の美しい地域にあるティアレイク・アビーに住まうようになった。

フェリクスの母は、エリザベス・ヨーク・ブリッジで離婚の際に実家を自分のものにして、ヨーク・ブリッジ邸で優雅に暮らしていた。

少し人間関係を見るだけでも、高貴な家にはしばしばありがちな、スキャンダルのネタには事欠かない家なのだ。

「おはよう」
いかにも眠そうな顔で部屋に入ってきたのは、ジョエルの弟のシアンである。ジョエルより明るい金褐色に青い瞳をしていて、柔らかな繊細な顔立ちはライアンよりもエレナに似ていた。
「おはよう、シアン」

シアンはスクールを卒業し、この後、貴族社会に入るよりも大学に進学して学生生活を続ける予定になっている。
「ジョエル、新聞の話題は未来のアークウェイン伯爵の結婚だな」
フェリクスの言葉にジョエルは、感情ののらない笑みを向けた。
「そのようですね」
「お披露目はシーズンが始まってからか、話題の二人だから招待状はみんなが欲しがるだろうな」
「そうでしょうね」

つい先日、ヴィクター・アークウェインとその花嫁のレナ・アシュフォードは、花嫁の家であるシェリーズ城で結婚式を挙げた。この二人はジョエルの親族でもあり友人でもある。
ヴィクターは、フェリクスの妻ルナの甥、レナはフェリクスの同母妹で、ジョージアナの姪である。

「祝いは何が良いでしょうか?」
「何を好むかはお前の方が詳しいだろう?」
「義姉上に絵でも頼んではどうでしょう?」
ルナはプロ並みに絵が上手いのだ。
「何というか……他家の悪口を言うつもりではないが、アークウェイン邸は殺風景過ぎる」
ジョエルは、アークウェインのタウンハウスは、その家柄や立派な造りを存分に生かせていないと思っていた。
武門の血が色濃くあるためか、アークウェイン邸はなんと言うか、しんとしていて寒々しい。

「絵画が一つあると部屋の雰囲気も変わりますから」
「それは良いかも知れないな。ルナと相談してみよう、この家にもアークウェイン邸に合う物があるかも知れないし、何なら買ってもいい」

近頃は、家財を売ってしまって無い家ももちろんあるが、アークウェイン家に関しては、代々興味の無い当主が続いているだけで、財政難というわけでない。

扉が開いて、ルーサーの妻のアデラが入ってきて、みな一斉に席を立つ。
「おはよう」

アデラは微笑むと、やや焦りぎみにルーサーの隣に座った。
ルーサーは年の離れた妻に優しく微笑みかけた。
「何か悪い知らせ?」
「いいか、悪いかと言えば悪いわ」
アデラは席についている顔ぶれを見回して

「フィリスが……離婚させらてしまうのですって、それでわたしたちを頼って、こちらに来ても良いかと聞いているの」
アデラは手紙をルーサーに差し出した。
「フィリスというと、君のお姉さんの一番上の?」
「ええ、そう。ヴィヴァース伯爵に嫁いでいたの、読んで分かるように……三年子供が出来なかったからって、ヴィヴァース伯爵はよりにもよって、フィリスの友人相手に子供を………可哀想なフィリス」

子供、と言えばフェリクス夫妻にもなかなか恵まれなかったと聞いている。それからも男子が生まれず女の子が三人だ。
どれだけ富や権力があっても、こればかりはどうにもならない。
そのせいかフェリクスは厳しい顔でそれを聞いている。

「酷い話だな。ここにはこの屋敷にはもちろん周りには家もあるから、迎えをやってあげればいい」
フェリクスの言葉にジョエルも頷いて、
「では馬車を用意させます。御者二人とメイドと従僕が居れば十分でしょう」
ジョエルは紐を引いてベルをならした。

「叔父上、もちろんこの屋敷へ迎えてもいいが、あそこはどうだろう?近くにある……名前はついていたかな?女性向けの外観の……」
フェリクスがそうルーサーに言った。
「通称レディの館だね。あそこならここからも近くてちょうど良い」
ルーサーも同意して、穏やかに頷いた。
「アデラ、そこをフィリスにどうだろう?この屋敷にはジョエルも、それにシアンやアーサーも休みになればいるから、他人同然の若い男性と一緒に住むのは落ち着かないかもしれない」

「そうね、それが良いかもしれないわ。そうと決まれば、使えるようにしないといけないわね」
アデラは足取りも早く、部屋を再び出ていった。

「叔父上はその女性に会ったことはあるんですか?」
ジョエルはふと聞いてみた。
「少しだけ機会があったんだが、いつもだいたい残念ながら実現せずに来ていてね」

「じゃあ、どんなブスが来るか分からないのか」
ボソッっと言ったシアンの声にジョエルは名を呼んで咎めた。そしてアーサーはシアンの発言に一瞬吹き出したが、ジョエルの視線を受けてあわてて水をのんで誤魔化した。

「いいだろ、女性たちはここにいない訳だし。離婚させられるなんて、きっと毎日見たくない顔に決まってる。同じ屋敷に滞在するのじゃなくて良かったよ」
少なくとも女性の前では相応しくない発言だとは思っている訳だ。

「よせ、隠れてそんなことを言っていると、相手には伝わるものだ。影でも口を慎め」
「でも、俺は別に跡継ぎは要らない立場だけど、そういう男だって、いつか結婚を考えるなら躊躇する。
子供を産めないと分かってる、見た目も難がある女なんて……言ったら悪いと分かってるけど……この家にとってもとんだお荷物だ」

「いい加減にしろ、シアン!」
今度はフェリクスから叱責が飛びシアンは肩を竦めてベーコンにかぶりついた。朝からボリュームたっぷりの食事を、叱責されつつも食べ続けているのを、フェリクスと同じように咎める視線を向けたジョエルは、不貞腐れた様子のシアンにため息を軽く吐いた。
何せ兄弟の一番下で、学生の身の上だからか家に帰るとどうしても末っ子気質が出てしまう。ましてやここには、幼いフェリクスの娘たちが居ないから余計にだった。

「………ジョエル兄上は変わった。少し前までもっとこう、傲岸不遜な感じだったのに、俺がこんなこと言っても冷笑しそうなものなのにさ」
ぶつぶつと言われて
「だとすれば、それはたぶん大人になったんだろうな」
ジョエルは淡々とそう言った。

 実際の所、ジョエルはシアンの指摘した通り自らの心情に変化があったことを自覚している。挫折らしい挫折など感じたことがない彼が、つい最近唯一どうにもならなかった事があったのだ。

それは、身分だとか財産だとか、才能だとか、そんなものに左右されない、人間の厄介な感情の中でも最も厄介な部類に属するもの。“恋情”というやつだ。

ジョエルは軽く沸き上がる苛立ちを意識的な呼吸で包み隠した。彼の気分にぴったりな濃いめのコーヒーは、それでも何の慰めにもならなかった。
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