睡恋―sui ren―

桜 詩

文字の大きさ
3 / 62

3,独り身の決意

しおりを挟む
 目覚めると日は高く、ビリーはすでに仮眠を済ませて帰ってしまった後だった。お礼を言いそびれてしまったとフィリスはぬくぬくと眠っていた自分に苛立ちを感じた。

ベルを鳴らすと見知らぬメイドがやってデイドレスに着替えさせてくれる。
「お食事はこちらでご用意させて頂いてよろしいですか?」
「ええお願い」

考えなしに実家に帰ってしまったけれど、これは両親を困らせてしまうだけかも知れないとフィリスは思った。
妹のマイリは13歳。フィリスの離婚をありのままに教えるには幼すぎる。

それでふと思いついたのは、叔母のアデラなら何かいい知恵を貸してくれるのではないかと。
母方の叔母のアデラは、この国でも筆頭公爵家のウィンスレット家の男性、先代の当主の弟 ルーサーに嫁いでいる。

ルーサー・ウィンスレットは現在ウィンスレット領の管財人をしている。かの地は豊かでそして広大だ。
女一人くらい住まう所を知っているのではないかと………。

 リヴィングストンのコマドリとデイジーの紋章のついた便箋に事情を書き連ね、そちらを訪ねても良いかと尋ねた。

もちろんアデラは断ったりしないだろうから………内心はどうであれ。
ヴィヴァースとリヴィングストン以外の土地に何とか今は逃れたい気持ちでいっぱいだった。


手紙を書き終え、フィリスのイニシャルPとトルコキキョウを組み合わせた封蝋に紋章を押した。
ちょうどその時にノックと共に歩幅も大きく足早にスターリングが入ってくる。
「起きたと聞いたから」
そして挨拶もそこそこに口火を切ってくるのに、フィリスは内心苦笑した。それはなんとも効率的な父らしい振る舞いだと思った。

「ええ、お父様」

「気分はどうだ?」
「体力も回復したから落ち着いているわ」
「そうか………それなら良かった。フィリス、お前の部屋だが……」
「いいの。数日すれば出ていくつもりなの、それまではこの部屋にいてもいいでしょ?今アデラ叔母さまにそちらに行っても良いかとお伺いの手紙を書いたの」
フィリスはそれをスターリングの手に渡した。

「なぜだ?ここにいればいい」

「マイリにはなんて説明するの?ずっと嘘をいうの?」
「これからは一緒に暮らすと言えばいい」

「これから結婚相手を探すマイリに?」
「アデラだって娘がいたはずだ。それもそろそろいい年頃だろう」
「それでも、その子は妹じゃないし離婚したことをわざわざ言わなくてもいい。でも、妹には違う。嘘やごまかしを後で知ったならきっと、傷つくわ」

「分かってくれるよ」

「わたしが嫌なの。リヴィングストンの恥ずべき娘だとずっと感じながら生きるのが」
ここに居れば、ずっとその視線や噂から逃れられない。

「アデラの所へ行っても同じじゃないか?」
「それでも、家族をギクシャクさせたりしない。家名が違えば他人同然。他人は無関心なものよ」

「その後は?」
「分からないわ。聞かれても答えられない」

どこにいたって、未来さきが無いのは分かってる。
子供が産めないと離婚された女が、再婚出来る訳がない。ただでさえ酷く評判を落とすのに……。

「これは本当に出してほしいんだな?」
確認するようにスターリングが尋ねた。
「もちろんよ、その為に書いたの」

「分かった。お前の望むようにしよう」
疲れたように立ち上がるスターリングを見ながら、離れなくてはならない事を悲しく感じた。

日がたてば経つほど、きっともっと離れがたくなる。
父母の元にいるのは心地好い。
でもそれは、未婚の娘にだけ許される甘えだ。

ヴィヴァースとの交渉は、最後の甘えにして後は与えられたもので独りで暮らしを立てなければ……。

 
 スターリングが弁護士を伴い、ヴィヴァースへと出発したのはフィリスの望み通りその日の内だった。
まだ離婚は成立したわけではない。貴族の離婚というのはそんなにすんなりとはいかない。
結婚するのに王の許可がいるように、それから聖堂会の許可がいるわけで、もちろんその辺りのややこしい手続きはブライアンがするべきだと思う訳だけれど!

しかし、成立するまでにフィリスがこれから生きて行くための財産、それは何があろうと必要で離婚するからには最低でも持参金………実際の所それはかなりの高額だった。
それは今は、夫であるブライアンの管理下に置かれていた。

翌日帰ってきたスターリングは弁護士のベンジャミン・モリスを隣に伴い、フィリスに苦笑しながらこう言った。
「向こうに着いたら、ブライアンも他の誰もフィリスが居ないことにまだ気づいていなくてね。………どうやらショックで部屋で臥せっていると思っていたらしい。私たちが着いたらあたふたしていたよ」
その様子を思い出したのかミスター モリスはクスリと笑った。
「使用人の皆さんがフィリス様の事を慕ってらしたのですね」

「最後のお願いだから、きっと聞いてくれたのね。慌てさせる事が出来てそれだけでも良かったわ」
「条件の方も、持参金はもちろん毎月の手当ても……あなたが次の結婚をするまでこれまで通り支払うということです」
「分かりました。ありがとうミスター モリス。素早い手配に感謝します」
交わしてきた書類を出され、フィリスはそこへサインを入れた。最後になるであろうフィリス・マクニールの名前で……。
「フィリス様の同意もありますし、正式な婚姻解消も間もなく整うでしょう……あちらの跡継ぎの事もございますし」
「ええ、そうでしょうね。ありがとう、後の事もお願いします」
「本当に良かったんだね?フィリス」
「いいの。もう、一日でも早くヴィヴァースとは縁を切りたいわ」

そうして、その後は残りの荷物も届き、何もかもフィリスの思う通りになろうかという頃、アデラに手紙を出してから数日後のこと、返事ではなく迎えの馬車がやって来てフィリスを驚かせた。
アデラの手紙を直接、従僕が渡し慌ただしくフィリスの出立は決まった。

「本当に行ってしまうの?」
「ええ、お母様」
「いつでも帰ってきて良いのよ」

「大丈夫よ、あまりに贅沢しなければ一人で生きていけるだけの財産はあるわ」
「それはそうだけれど……女が一人でなんて危険だわ」
「向こうには叔母さまがいるわ」
「アデラは……あなたとそれほど馴染みがある訳じゃないわ。あなたに親身になってくれるとは思えないの」
「だからよ、あまりに親切にされると気を使ってしまうから、それくらいが良いのよ」
「元気で」
「お母様も」
フィリスは馬車を出すように合図を出した。

フィリスの新たな再出発だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...