睡恋―sui ren―

桜 詩

文字の大きさ
29 / 62

29,姫君のエール

しおりを挟む
 オペラの幕間で、トリクシー達が席を立ちパウダールームへと向かい、それから待っていたヒューゴとアイザックの元へと戻る。そこにはジョエルとそれからプリシラ、アンジェリン、ショーンが待っていた。

プリシラとアンジェリンがにっこりと微笑みながらトリクシーに目を向けた。

「プリシラ殿下、アンジェリン殿下。従姉妹のベアトリスと友人のエイプリル・ド・ラーラ、そしてレディ フィリス・ザヴィアーです」

隣に立っていたジョエルがいかにも上流貴族らしく礼儀正しく紹介する。

「私がプリシラ、そして妹のアンジェリンよ。はじめましてミス ベアトリス・ウィンスレット ミス エイプリル・ド・ラーラ」
そっと一歩近づいたプリシラが、お辞儀をするトリクシーとエイプリルに笑みを向ける。フィリスも二人の後ろでお辞儀をした。
「お声をかけて下さり光栄です。プリシラ殿下、アンジェリン殿下」
トリクシーが歯切れよく挨拶をする。
「ジョエルが邪魔をするなと言うのだけれど、どうしても話してみたくて」

にこり、とプリシラはもう一度微笑んだ。そして、後ろに控えていたフィリスの隣に立った。
「こんばんは、レディ フィリス。貴女にはぜひ、伝えたくて」
「光栄です、プリシラ殿下」
フィリスもまた恐縮しながら挨拶をした。
近くで会えば、背がすらりと高くて、輝く金髪に青い瞳の美しい顔。そして何よりもその王族らしい存在感に、ただ圧倒されてしまう、そんな女性だった。

「レディ フィリス、今はとても大変でしょうけれど……。せっかく下らない男から自由になれたのだと。今はだから自由の身を手に入れたと思って、それからいつかは自分の幸せを考えてみて。……あとは……弱い立場につけこんで男達が無体な事をしようとしたら遠慮なく急所を蹴りなさいね」
最後の一言にフィリスが目を見開くと
「殿下……なんて事を」
ショーンがこそっと注意する。
男性であるから、渋い顔をしている。
「いいのよ、レディ フィリスみたいな、繊細な雰囲気の方にはこれくらい過激な助言が必要なの。その場所はわかるわよね?」
にこりと、微笑まれてフィリスは反射的に頷いた。

「はい、殿下」
「あまり畏まられない方がいいのだけれど……。それから伝えておきたいのは、ジョエルにはお願いすれば、きっと何でも叶えてくれるっていう事。ええっとそうね、例えば、欲しいものを欲しいって言えば買ってきてくれるだろうし、元の旦那さまが目障りだって言えば、やっつけてくれるだろうし……」
プリシラがそこまでしか言えなかったのは、ジョエルが彼女の手を引いて
「いい加減に止めて下さい。返答に困ってます」

「あら、つい。つまりは、元気を出してって事なの」
「ありがとうございます、殿下」

ジョエルが差し出した肘に手をかけると、
「話せて良かったわ、皆さんも後半を楽しんで」

圧倒されつつも、フィリスたちは去っていくプリシラ達に向かってお辞儀をした。
困惑しつつ、アイザックを見上げると、
「ああいう、威勢のいい方なんだ」
「ええ、突然のお声かけに驚いてしまいました。突然でしたから、礼儀にかなっていたのか不安ですが……」

「大丈夫ですよ、両殿下とも気さくなお人柄ですから」
フィリスからすれば、雲の上のような人達である。

後半の幕が上がって、フィリスは舞台を眺めながらも綺羅綺羅しいボックス席が気になって仕方がなかった。

時折、視線があうとプリシラが扇を動かしてにこりと頬笑む。

確か、三歳ほど年上なだけ。だからこそ、より別の世界の住人のように思えた。

コーデリアもそしてプリシラも、フィリスから見れば眩しいまでに輝いて見える。
それは、一つには彼女達が意思をはっきりと伝えられている、と言うことだ。

だから、フィリスは舞台の幕が降りた後、アイザックに告げる事にした。

「ブレイク伯爵、はっきりとお伝えしておきます。わたしは再婚の意思はありません。ですから、時間の無駄にならないようあなたに似合う方が見つかりますようにと、祈ります」
アイザックは困ったように口を固くした。
「レディ フィリス、貴女の意思はよく分かりました。ですが、もう少し頑張らせて下さい。時間の無駄、と言われますが、貴女は再婚の意思が無いといわれる。それでも私を見るのが嫌なほど嫌われているとも思えない……。それならば、変える努力をしたい」

フィリスはその答えを聞いて、これ以上は今は話せないと思った。先に出ていった三人が外で待っているはずだからだ。

「変わってるわ、ブレイク伯爵」
「アイザックと、呼んで下さい」

慣れない事をしても、結局は中途半端だ。
コーデリアみたいに意思を通す事も、プリシラのように毅然と振る舞う事も出来ない。

「行きましょう、待たせてはいけませんから」

ボックス席の扉を開けて、外で三人と合流する。
オペラの夜は、何もかもが煌びやかだった。

しかし、フィリスのほんの少しの勇気は、何も変える事が出来ず、煌びやかさの影に落ちて行く気持ちがどうしようもなくあった。

楽しそうにしているトリクシーとエイプリルのポンポン飛び交う会話を聞き流しながらフィリスは馬車で自分がどうしたいのか、どうするべきかをつらつらと考えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...