睡恋―sui ren―

桜 詩

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28,姫君の事情(Joel)

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 王弟アルベルトの娘プリシラと、アンジェリン。それにアンブローズ侯爵家のショーン。

彼らとジョエルは幼少の頃、王子たちの学友として日々を過ごした。王太子 エリアルドよりもショーンは一つ年上で、現在は27歳となり片腕のような存在となっていた。
そしてプリシラは24歳、そろそろ結婚適齢期も佳境を迎えていた。

今日のこの席は、オペラに行きたいとプリシラが突如言い、それを叶える形となったのだ。

 ジョエルは公爵の二人目の息子として産まれたが、父親のライアンが離婚し……これは当時かなりの醜聞であった。そしてその公表とほぼ同時に再婚、そして結婚後の月数から言うとかなり疑わしい時期にジョエルが誕生したこともあり、母のエレナは愛人上がりだという囁きはいつまでもどこかで消えない。

だから、第四位王位継承権を持ち、――――王位を継ぐことはないと思っていたが、昨年ギルセルド王子が王宮を追放されるという事件があり、一時期第三位となった―――なおかつ公爵位を継ぐからには、そういう囁きを打ち消す結婚をするべきかと考えて、王家の姫であるプリシラかアンジェリンとの結婚する事を考慮してみた時期があった。

しかし、プリシラにしてもアンジェリンにしても幼なじみであり気心も知れている。知れすぎていて、やはり姉妹のようにしか思えない所があった。しかも立場は、二人が上だという訳で何かと急な願いだとかを言いつけてくる。
それで……さらには失恋という自身の心の変化もあり、今は、どうかといえば……やはりそんな気持ちは霧散してしまったのだ。

「私、決めたわ」
不意にプリシラが、そう言った。

まっすぐに舞台を見つめながら、凛とした表情で。
それでジョエルには何の事か理解した。

「そうか」
ジョエルはフェリクスから聞かされていた。
それはつい先週の事。
プリシラにはフルーレイス国の王太子 ルイ・アルベールとの結婚の話が出ている。
フルーレイス国は今の王 ルイ・オーギュストの治世の元、周辺国へと勢力拡大へと向かっている。その向かう矛先がどこに向かうのか、イングレスでも警戒を強めている国だった。

難しいこの時期に嫁ぐという事は、彼女の命に関わる事である。異国に嫁げば、こうして会う事は無くなるだろう。ジョエルもまた、身分を考えれば外国にましてや緊迫している国に行くことは許されまい。
ジョエルはもしかすると、もうすぐ二度と会えなくなるかもしれない幼なじみの顔を見た。

「私はいつまでも、殿下の臣下です」
ジョエルは、幼なじみとしてではなく、この国の王族として立場を全うしようとしているプリシラに対しては、シルヴェストル侯爵として、次のウィンスレット公爵としてそう告げた。

「いつ如何なる時も。そして命を賭して」
「頼もしいわ、シルヴェストル侯爵」

プリシラもまた、いつもの彼女らしからぬ表情を浮かべた。

「殿下の心の安寧をいつでもお祈り申し上げます」
「ええ、ありがとう」
プリシラはにっこりと微笑んだ。

ああ、それで。
その、決意をしたからこそ彼女はこうしてあちこちに別れを告げているのだとそう分かったのだ。突然の我が儘も、何もかも。

「いつ」
「来月よ」
それはあまりにも急すぎる。
「淋しくなります」
「私もよ、ごめんなさいね、ジョエル。あなたの傷心を慰めらなくて」
傷心、と言われ内心の動揺を隠したが、勘の鋭いプリシラの事だ。

「何の話だ?」
思わずいつもの態度に戻ってしまった。しかし、これでは肯定したことと受け取られないか。

「とぼけてもダメ。私はジョエルの行動の意味を分析してみたの。他は騙せても幼なじみの私たちは騙せないわ」
確かに、ジョエル自身が気づいてもいない気持ちを指摘してきたのはコーデリアだった。

「気のせいだ、それよりもプリシラに慰められるなんて、かえって恐ろしい目にあいそうだ。だいたいなぜそんな事を分析する」
「だって、楽しいじゃない」
そう言うとクスクス笑いながら、扇で軽く叩いた。

「そういえば、あの席にいるのは貴方の従姉妹のベアトリスね」
プリシラが、示した先にはトリクシーたちのボックス席があった。今夜はトリクシーはヒューゴ・リッジウェイに誘われて同じくここへ来ていた。

「そうだ」
「可愛らしいわね。それであの端にいる女性がヴィヴァースの元妻ね?」
「そう」

「ふぅーん、今は同じ屋敷の中?」
「何が言いたい」
プリシラが扇越しにチラリと視線を向けてきた。

「貴方の好みそうな雰囲気だなって。いやらしい事してない?」
鋭い事を言われてジョエルは彼女とのあれこれを悟られないように振る舞った。
「プリシラ……なんなんだ、いやらしい事っていうのは。だいたいそんな言葉を………」

「ああいう繊細な外見で、なおかつ身内で。しかも今は離婚させられてきっと心はぐらぐら。貴方それを気にせずにいられるほど冷酷じゃないでしょ?まぁ確かに他人には無関心で冷酷な所もあるけれど、一旦身内にいれると貴方って過保護な所あるもの」
と、ジョエルの言葉を最後まで聞かずに話してくる。

「そうかな」
過保護、と言われてジョエルは思い返してみた。
確かに何かと、身内の事になると守りたくなるかもしれない。

「そうよ、他人の事には敏感な癖に自分の事には鈍感ね」
貶すような言葉にジョエルはらしくなく少しムッとした。
「結婚されるなら、相手にそんな事を言わないようにしないとな」
「あのね、男だからって偉いと思ってるの?女だから男に従わないといけないわけ?確かに世の中そうだけど、女がいないとうまく機能しないのよ」

「………一瞬プリシラと結婚を考えた時があったが、求婚しなくて良かったと思うよ」
こんな風に言い争いの日々になったかも知れない。
「残念だわ。ジョエルみたいな傲岸不遜なのと結婚して、調教して手懐けたかったわ」
プリシラが楽しそうに言い返す。
「止めてくれ、どこからそんな言い方を覚えてくるんだ」

「私たちってこうやって言い合えるし、気楽な仲だけど。それはそれで楽しいけれど。やっぱり貴方みたいな人って自分が男を全面に出せる相手が良いのよね、でもね、どんなに大人しい女だって自分の意思はあるのよ」
「そんな事は分かってる。しかし、現実的には女性には独りでは生きにくい世界だ、ここは。だから男は守ろうとするわけだろ」
やり方は間違っているかも知れないが、ジョエルとしてはフィリスの事もいつだって守りたいと思っている。

「ねぇ、やっぱり。なにかあるの?さっきから時々こっちを見てる気がして」
「何かって?」 

「か・の・じ・ょ。私と貴方の仲を気にしてたりして」
プリシラはいかにも楽しいものを見つけた、そんな顔をしている。
「小説の読みすぎだろ。何でもそういう風に結びつけて」
ジョエルが言い返すと

「確かに、プリシラは小説の読みすぎだな」
これまで沈黙を保っていたショーンが言った。

「じゃあ、幕間で会わせて。ジョエルからは攻略が難しくても彼女はどうかしら?傷ついた女性を慰める若い男なんてちょっと何事か起こり得そうな気がする」
プリシラが尚もそう言う。

「プリシラが行ったら、緊張させるだけだ」
「あーやしい。怪しいったら怪しい。そこまで言うなら突撃しに行くわよ、アンジェリンどう?」
「いいわね、良かったわね。お姉様、楽しみが一つまた出来て」

「俺が、女性を苦手になったら君たちのせいだ」
ジョエルはため息をついて少しぼやいた。
そんなジョエルの肩を、ショーンがぽんと慰めるように叩いた。

「基本的に男は、女性には逆らえない生き物なんだって事だ」
その言葉には深く同意する。
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