睡恋―sui ren―

桜 詩

文字の大きさ
27 / 62

27,華麗なるオペラ

しおりを挟む
 夜のオペラに向かうために、フィリスは付き添いらしく地味な色合いのモーヴ色にペールグレーのレースの飾りのついたドレスを身に付けた。  

トリクシーは、明るい水色のドレスを着ていて白いレースの飾りが、それにブルーのリボンのアクセントがあって、デビュタントらしい愛らしさだ。
トリクシーはそつなくこなすので、フィリスは本当に付き添い側にいるだけで済んでいる。
……それはもちろん、後ろ楯のウィンスレットの力が大きい訳だけれど、それにしても社交界での立ち居振る舞いは、申し分なかった。

 ヒューゴとトリクシーが出掛ける。と、いうと、フィリスを戸惑わせたのは、彼の友人が付いてくることだった。それはフィリスに求愛しているアイザックだった。

 しかし、今夜は、エイプリル・ド・ラーラというトリクシーの友人も一緒だった。エイプリルはすらりと背が高く、これぞ美しい赤毛、という見本みたいな美しい髪。そしてかつキリッとした美人だった。見た目で言うなら、小柄でどちからと言えば童顔といえるフィリスの方が年下に見えてしまうくらい大人びている。

 エイプリルは、リントン男爵の娘でトリクシーと同じくデビュタント。エイプリルのドレスはそのすらりとした体にしっくりと合う大人っぽいデザインでエメラルドグリーン。それがはっとするほど人目を惹く。

 彼女がいることで、フィリスはややホッとした。
エイプリルがいることで、アイザックは彼女をエスコートしなくてはならないから、フィリスと関わる時間が減るのだ。

エイプリルはその容姿から、もちろん今年の話題を集めるデビュタントであり、アイザックとは8歳差。その年齢差は珍しい事でも何でもない。両者にとって、お互いにいい相手になるはずだから。

 劇場でトリクシーとエイプリルを出迎えたヒューゴとアイザックは、それぞれの腕に二人の手をかけると、美しい緋色の絨緞の上を歩く。緋色に、二人のドレスがよく映えてまるで夢のような世界だった。

 実の所、今日のオペラはフィリスもとても楽しみにしていた。
ヒューゴが用意したボックス席に入ると、ふと見た先のボックス席にジョエルを見つけてしまった。
彼はボックス席でも一番良い席に座っていた。隣には金髪の美しい女性たち……多分姉妹かと思われた。

「シルヴェストルは今夜はプリンセスのエスコートなんだな」
いつの間にかエイプリルの隣から、フィリスの隣に座ったアイザックが言った。
「プリシラ殿下とアンジェリン殿下ですね」

「そうです。一緒にいるのはショーン・アンブローズです」
ショーンはフィリスもダンスをしたことがあるセスの兄で、次のアンブローズ侯爵だった。

アンブローズ侯爵家といえば、第二王子ギルセルドの妃となるセシルは、この家の養女だということから、すでに王家の親族と言っても差し支えない。このロイヤルウェディングは、春に執り行われると発表もあった。

「こうして見ると、遥か上の存在なのだと思い知らされる気がします」
アイザックは苦笑した。

貴族の爵位に序列はあるが、公爵に伯爵がへり下らないといけないと言うことはない。しかし、王族は別だった。
もちろん、それぞれの爵位のある貴族たちは、土地を管理する領主という立場から小国の王のようなもの。それを束ねるのが王なのだ。貴族たちにはもちろん王家に反発している派閥もあるが、その派閥だけでは転覆させることは難しい。

「そうですね」

それでも……。アイザックの言うように、彼らのボックスは近寄りがたい所に感じられた。

アイザックがフィリスに話しかけているが、エイプリルは今はトリクシーとの会話に夢中だ。それで少しも気にしていないようだった。

―――この前から、本当はとても遠い人なのだと思い知らされてる。

アイザックとの会話の合間に、ふと視線を向ければそこには親しげに話している彼らの姿があった。
時々隣のプリシラが、ジョエルの腕に触れたり扇越しに話していたり、そんなやり取りがこの前のコーデリアとのやり取りを思い出させてしまう。
王子王女たちの友人として選ばれ、幼なじみと過ごしている彼らにはやはり特別な親しさがあるのだろう。

そこまで考えて、フィリスはコーデリアや王女たちが羨ましいのではなく、自分が友人にもなれず、そしてその他の何者にもなれない事が、そんな自分が疎ましいのだと、そう気がついた。

「レディ フィリスはオペラははじめてですよね」
「ええ、ですからとても楽しみにして来たのです。実は」
フィリスは小さくそう告げた。

あくまでも、フィリスは付き添い。だからはしゃぐ訳にもいかないのだ。

きらびやかな衣装を着た演者たちが登場し華やかな、舞台が始まった。案外オペラというものは、こうして見ていれば気まずい会話をしなくても済むので、良かったというべきかも知れなかった。

歓声を上げるトリクシーとエイプリル。
楽しそうな二人に、フィリスもそしてヒューゴとアイザックもほほえましく視線を向ける。
今はこうして、こんなやり取りを見ているだけの方が、気持ちが落ち着く。
そもそも、華やかな世界なんて馴染みが薄いのだから、仕方がない。ほぼ毎シーズンこちらで過ごすような生活を送る人達とは違うのだから………。今年はたまたまこういう立場となっただけの事。

来年は、来年なんてとても考えられない。
考えたくもない。

ちら、と豪勢な顔ぶれのボックス席を見た時、一瞬だけジョエルと視線が絡み合った気がしてフィリスはドキドキとしてしまった。ベッドに一緒にいる時以外はそんなこと無いはずなのに、そんな自意識過剰ぎみな自分に少し反省して、オペラグラスを当てる。
これなら舞台だけを見ることが出来る。

「ここからが見せ場のシーンです」
アイザックが話しかける。

第一幕の終盤に差し掛かり、アイザックの言うように歌は最高潮に盛り上がる。圧倒的な声量にフィリスは素直に感動した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...