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27,華麗なるオペラ
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夜のオペラに向かうために、フィリスは付き添いらしく地味な色合いのモーヴ色にペールグレーのレースの飾りのついたドレスを身に付けた。
トリクシーは、明るい水色のドレスを着ていて白いレースの飾りが、それにブルーのリボンのアクセントがあって、デビュタントらしい愛らしさだ。
トリクシーはそつなくこなすので、フィリスは本当に付き添い側にいるだけで済んでいる。
……それはもちろん、後ろ楯のウィンスレットの力が大きい訳だけれど、それにしても社交界での立ち居振る舞いは、申し分なかった。
ヒューゴとトリクシーが出掛ける。と、いうと、フィリスを戸惑わせたのは、彼の友人が付いてくることだった。それはフィリスに求愛しているアイザックだった。
しかし、今夜は、エイプリル・ド・ラーラというトリクシーの友人も一緒だった。エイプリルはすらりと背が高く、これぞ美しい赤毛、という見本みたいな美しい髪。そしてかつキリッとした美人だった。見た目で言うなら、小柄でどちからと言えば童顔といえるフィリスの方が年下に見えてしまうくらい大人びている。
エイプリルは、リントン男爵の娘でトリクシーと同じくデビュタント。エイプリルのドレスはそのすらりとした体にしっくりと合う大人っぽいデザインでエメラルドグリーン。それがはっとするほど人目を惹く。
彼女がいることで、フィリスはややホッとした。
エイプリルがいることで、アイザックは彼女をエスコートしなくてはならないから、フィリスと関わる時間が減るのだ。
エイプリルはその容姿から、もちろん今年の話題を集めるデビュタントであり、アイザックとは8歳差。その年齢差は珍しい事でも何でもない。両者にとって、お互いにいい相手になるはずだから。
劇場でトリクシーとエイプリルを出迎えたヒューゴとアイザックは、それぞれの腕に二人の手をかけると、美しい緋色の絨緞の上を歩く。緋色に、二人のドレスがよく映えてまるで夢のような世界だった。
実の所、今日のオペラはフィリスもとても楽しみにしていた。
ヒューゴが用意したボックス席に入ると、ふと見た先のボックス席にジョエルを見つけてしまった。
彼はボックス席でも一番良い席に座っていた。隣には金髪の美しい女性たち……多分姉妹かと思われた。
「シルヴェストルは今夜はプリンセスのエスコートなんだな」
いつの間にかエイプリルの隣から、フィリスの隣に座ったアイザックが言った。
「プリシラ殿下とアンジェリン殿下ですね」
「そうです。一緒にいるのはショーン・アンブローズです」
ショーンはフィリスもダンスをしたことがあるセスの兄で、次のアンブローズ侯爵だった。
アンブローズ侯爵家といえば、第二王子ギルセルドの妃となるセシルは、この家の養女だということから、すでに王家の親族と言っても差し支えない。このロイヤルウェディングは、春に執り行われると発表もあった。
「こうして見ると、遥か上の存在なのだと思い知らされる気がします」
アイザックは苦笑した。
貴族の爵位に序列はあるが、公爵に伯爵がへり下らないといけないと言うことはない。しかし、王族は別だった。
もちろん、それぞれの爵位のある貴族たちは、土地を管理する領主という立場から小国の王のようなもの。それを束ねるのが王なのだ。貴族たちにはもちろん王家に反発している派閥もあるが、その派閥だけでは転覆させることは難しい。
「そうですね」
それでも……。アイザックの言うように、彼らのボックスは近寄りがたい所に感じられた。
アイザックがフィリスに話しかけているが、エイプリルは今はトリクシーとの会話に夢中だ。それで少しも気にしていないようだった。
―――この前から、本当はとても遠い人なのだと思い知らされてる。
アイザックとの会話の合間に、ふと視線を向ければそこには親しげに話している彼らの姿があった。
時々隣のプリシラが、ジョエルの腕に触れたり扇越しに話していたり、そんなやり取りがこの前のコーデリアとのやり取りを思い出させてしまう。
王子王女たちの友人として選ばれ、幼なじみと過ごしている彼らにはやはり特別な親しさがあるのだろう。
そこまで考えて、フィリスはコーデリアや王女たちが羨ましいのではなく、自分が友人にもなれず、そしてその他の何者にもなれない事が、そんな自分が疎ましいのだと、そう気がついた。
「レディ フィリスはオペラははじめてですよね」
「ええ、ですからとても楽しみにして来たのです。実は」
フィリスは小さくそう告げた。
あくまでも、フィリスは付き添い。だからはしゃぐ訳にもいかないのだ。
きらびやかな衣装を着た演者たちが登場し華やかな、舞台が始まった。案外オペラというものは、こうして見ていれば気まずい会話をしなくても済むので、良かったというべきかも知れなかった。
歓声を上げるトリクシーとエイプリル。
楽しそうな二人に、フィリスもそしてヒューゴとアイザックもほほえましく視線を向ける。
今はこうして、こんなやり取りを見ているだけの方が、気持ちが落ち着く。
そもそも、華やかな世界なんて馴染みが薄いのだから、仕方がない。ほぼ毎シーズンこちらで過ごすような生活を送る人達とは違うのだから………。今年はたまたまこういう立場となっただけの事。
来年は、来年なんてとても考えられない。
考えたくもない。
ちら、と豪勢な顔ぶれのボックス席を見た時、一瞬だけジョエルと視線が絡み合った気がしてフィリスはドキドキとしてしまった。ベッドに一緒にいる時以外はそんなこと無いはずなのに、そんな自意識過剰ぎみな自分に少し反省して、オペラグラスを当てる。
これなら舞台だけを見ることが出来る。
「ここからが見せ場のシーンです」
アイザックが話しかける。
第一幕の終盤に差し掛かり、アイザックの言うように歌は最高潮に盛り上がる。圧倒的な声量にフィリスは素直に感動した。
トリクシーは、明るい水色のドレスを着ていて白いレースの飾りが、それにブルーのリボンのアクセントがあって、デビュタントらしい愛らしさだ。
トリクシーはそつなくこなすので、フィリスは本当に付き添い側にいるだけで済んでいる。
……それはもちろん、後ろ楯のウィンスレットの力が大きい訳だけれど、それにしても社交界での立ち居振る舞いは、申し分なかった。
ヒューゴとトリクシーが出掛ける。と、いうと、フィリスを戸惑わせたのは、彼の友人が付いてくることだった。それはフィリスに求愛しているアイザックだった。
しかし、今夜は、エイプリル・ド・ラーラというトリクシーの友人も一緒だった。エイプリルはすらりと背が高く、これぞ美しい赤毛、という見本みたいな美しい髪。そしてかつキリッとした美人だった。見た目で言うなら、小柄でどちからと言えば童顔といえるフィリスの方が年下に見えてしまうくらい大人びている。
エイプリルは、リントン男爵の娘でトリクシーと同じくデビュタント。エイプリルのドレスはそのすらりとした体にしっくりと合う大人っぽいデザインでエメラルドグリーン。それがはっとするほど人目を惹く。
彼女がいることで、フィリスはややホッとした。
エイプリルがいることで、アイザックは彼女をエスコートしなくてはならないから、フィリスと関わる時間が減るのだ。
エイプリルはその容姿から、もちろん今年の話題を集めるデビュタントであり、アイザックとは8歳差。その年齢差は珍しい事でも何でもない。両者にとって、お互いにいい相手になるはずだから。
劇場でトリクシーとエイプリルを出迎えたヒューゴとアイザックは、それぞれの腕に二人の手をかけると、美しい緋色の絨緞の上を歩く。緋色に、二人のドレスがよく映えてまるで夢のような世界だった。
実の所、今日のオペラはフィリスもとても楽しみにしていた。
ヒューゴが用意したボックス席に入ると、ふと見た先のボックス席にジョエルを見つけてしまった。
彼はボックス席でも一番良い席に座っていた。隣には金髪の美しい女性たち……多分姉妹かと思われた。
「シルヴェストルは今夜はプリンセスのエスコートなんだな」
いつの間にかエイプリルの隣から、フィリスの隣に座ったアイザックが言った。
「プリシラ殿下とアンジェリン殿下ですね」
「そうです。一緒にいるのはショーン・アンブローズです」
ショーンはフィリスもダンスをしたことがあるセスの兄で、次のアンブローズ侯爵だった。
アンブローズ侯爵家といえば、第二王子ギルセルドの妃となるセシルは、この家の養女だということから、すでに王家の親族と言っても差し支えない。このロイヤルウェディングは、春に執り行われると発表もあった。
「こうして見ると、遥か上の存在なのだと思い知らされる気がします」
アイザックは苦笑した。
貴族の爵位に序列はあるが、公爵に伯爵がへり下らないといけないと言うことはない。しかし、王族は別だった。
もちろん、それぞれの爵位のある貴族たちは、土地を管理する領主という立場から小国の王のようなもの。それを束ねるのが王なのだ。貴族たちにはもちろん王家に反発している派閥もあるが、その派閥だけでは転覆させることは難しい。
「そうですね」
それでも……。アイザックの言うように、彼らのボックスは近寄りがたい所に感じられた。
アイザックがフィリスに話しかけているが、エイプリルは今はトリクシーとの会話に夢中だ。それで少しも気にしていないようだった。
―――この前から、本当はとても遠い人なのだと思い知らされてる。
アイザックとの会話の合間に、ふと視線を向ければそこには親しげに話している彼らの姿があった。
時々隣のプリシラが、ジョエルの腕に触れたり扇越しに話していたり、そんなやり取りがこの前のコーデリアとのやり取りを思い出させてしまう。
王子王女たちの友人として選ばれ、幼なじみと過ごしている彼らにはやはり特別な親しさがあるのだろう。
そこまで考えて、フィリスはコーデリアや王女たちが羨ましいのではなく、自分が友人にもなれず、そしてその他の何者にもなれない事が、そんな自分が疎ましいのだと、そう気がついた。
「レディ フィリスはオペラははじめてですよね」
「ええ、ですからとても楽しみにして来たのです。実は」
フィリスは小さくそう告げた。
あくまでも、フィリスは付き添い。だからはしゃぐ訳にもいかないのだ。
きらびやかな衣装を着た演者たちが登場し華やかな、舞台が始まった。案外オペラというものは、こうして見ていれば気まずい会話をしなくても済むので、良かったというべきかも知れなかった。
歓声を上げるトリクシーとエイプリル。
楽しそうな二人に、フィリスもそしてヒューゴとアイザックもほほえましく視線を向ける。
今はこうして、こんなやり取りを見ているだけの方が、気持ちが落ち着く。
そもそも、華やかな世界なんて馴染みが薄いのだから、仕方がない。ほぼ毎シーズンこちらで過ごすような生活を送る人達とは違うのだから………。今年はたまたまこういう立場となっただけの事。
来年は、来年なんてとても考えられない。
考えたくもない。
ちら、と豪勢な顔ぶれのボックス席を見た時、一瞬だけジョエルと視線が絡み合った気がしてフィリスはドキドキとしてしまった。ベッドに一緒にいる時以外はそんなこと無いはずなのに、そんな自意識過剰ぎみな自分に少し反省して、オペラグラスを当てる。
これなら舞台だけを見ることが出来る。
「ここからが見せ場のシーンです」
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