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26,公園の告白
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トリクシーの熱心な求愛者に、ヒューゴ・リッジウェイとノエル・アーチボルトがいる。
今日のトリクシーは、朝はノエルと散歩して、夜はヒューゴとオペラへ出掛ける事になっていた。
ノエルは妹のオードリーを連れてきていて、笑顔がとても多くて二人ともとても好ましい。フィリスは後ろをついて歩きながら、楽しそうにしているトリクシーを眺めていた。
トリクシーが何かを言う度にノエルの笑い声が聞こえて、オードリーとトリクシーがノエルをからかうような感じだった。
いきなり、二人きり……フィリスがいるから二人きりになることはないけれど、兄を慕うオードリーの様子から人柄が見えてくる。そんな訳で、フィリスは少し距離をおいて見ていた。
そんな風にゆっくりと散策していると、犬の鳴き声がどんどん近づいてきて、フィリスは後ろを振り向いた。
尻尾を振りながら足にぶつかってきたのは、大型犬ボーダーコリーの子犬。
「あら、もしかして迷子なの?」
フィリスは見上げてくる子犬が、人懐っこく差し出した手を舐めたので、そのまま胸に抱き上げた。
クンクンと甘えるように鳴く黒と白のふわふわした毛並みの子犬は、つぶらな瞳でとても可愛い。
「ご、ごめんなさい、その犬、うちの……」
息を切らしながら来たのはコーデリアだった。
「レディ コーデリア」
フィリスは完璧なレディに思えていた彼女が少し乱れた様子なのに、少しだけ驚いてしまった。
「まぁ、レディ フィリス。おはようございます、捕まえて下さってありがとう」
コーデリアはフィリスの腕から子犬を受け取ると、ごめんなさいと告げた。
「あぁ、どうしましょう。ドレスが汚れてしまったわ」
足跡のついてしまったドレスは、確かに残念な気持ちになるが、抱き上げたのはフィリスだった。
「構いませんこれくらい」
フィリスは微笑んで答えた。ドレスの事よりもふわふわした子犬が可愛らしくて、気にならなかった。
「ですから、リードをはずしてはいけないと申し上げました」
コーデリアの後ろには、背の高い男性がいて………服装からすると貴族の家の使用人のようだ。彼の手には犬用の細いリードがあった。
「ごめんなさい、カーク」
フィリスはそれを聞いて確信した。
「もしかして、ミスターオルセン?」
「そう、カーク、こちらはレディ フィリス。ジョエルの従姉妹よ」
「はじめまして、カーク・オルセンです」
フィリスは、その背の高い男性をまじまじと見つめてしまった。
すらりと高い身長はとても見映えがする。体つきは逞しく服の上からでもしっかりとした体格なのが分かる。きちんと整えられた髪は黒で、瞳は薄いブルーグリーン。顔立ちは精悍で男らしく、どちらかと言うとクールな雰囲気だった。
「……また私の事を話されたんですね、お嬢様」
フィリスの様子からそう悟ったらしくカークは困った顔をしている。
「ええ、もちろん」
当然のように言うのは、黒のドレスを着て喪に服すコーデリア。対するカークもまた腕に喪章を着けている。
「今日はお二人でお散歩ですか?」
フィリスが聞くと、
「先日シルヴェルトル侯爵さまから頂いたばかりのこの子犬を、早速公園に連れて行くと仰るので、お供を」
「ジョエルから……」
「馬を世話するなら犬くらい世話が出来ないと、って言うの。それでまずは犬のお世話というと散歩って思ったのよ。私がお祖父様を亡くして落ち込んでるから、元気づけようとしてくれたのねきっと」
カークはコーデリアから子犬を受け取ると首輪にリードをつけた。
「子犬だからって油断されましたね。例え公園でも放してはなりません、こんな風にご迷惑がかかりますから」
子犬はきゅぅんと鳴いて、不服そうだ。
「わかったわ。でも、リードを嫌がってたもの」
「貴女がそうだから、侯爵さまはまずは犬からとおっしゃったんでしょうね」
もしかしたら、意外と向こう見ずな所があるのかも知れない。
「飼ったことが無いのだから、分からなくても仕方ないわ。今日どうなるか分かったわよ」
「是非ともその調子で学んで下さい。ただし、惨事が起こる前に私の助言は聞いて下さい」
カークが言うと、コーデリアは可愛らしく拗ねた顔をして見せて、フィリスを驚かせた。
「カークはいつもそう。自分の意見を通そうとする。私が結婚してほしいって言ってるのに、よく考えて下さい、ばかり。私はもう決めてるの、よくよく考えて考えての結論なのに、いつまでもそう」
フィリスは突然のコーデリアの発言に、思わず目を見開いた。
「お嬢様、お声が大きいです」
「もっと大きい声で言ったって構わない、私は貴方を望んでるの、とやかく言わずに受け入れなさい」
凛としているのにどこか甘えるような感じもあって、恋する乙女はやはり可愛らしく見えるものなのだと、フィリスは薄紅色の頬をしているコーデリアを見つめた。
「ここは公園です」
「だから?」
「……こちらをご覧になってます。皆様が」
カークは居心地が悪そうだ。
「その衆目がある中で私をふって恥をかかせれば良いじゃない」
コーデリアはさらに声の大きさを上げた。
それで近くの人たちは、すっかり聞こえてしまって足を止めている。
「そんなことが、出来る訳がありません。ここでは止めましょう」
「嫌よ、また帰ったらうやむやにするつもりでしょう?だいたいみんな、辞めていく中で最後までうちに残っておいて、私を頼らせて、跡継ぎが決まって大丈夫そうになったら、今度は放り出すなんて卑怯だわ」
「せっかく、お家の方も盛り返しそうなのに。お嬢様は変わってます。本当にこんな男になぜ」
「じゃあ、こっぴどく振ればいいわ、是非そうして。そうされたなら今日は諦める」
「今日は。ですか」
「ええ、今日は、よ。貴方が簡単にはいかないことは分かっているわ」
コーデリアが唇をきゅっと噛み締めた。
「お嬢様、私は……身分も財産も持たない男ですが、これだけの視線を浴びながら……。指輪も花束も無しに求婚するほどの甲斐性なしではありません。ですから、今日の所は………まだまだ躾の必要なこの子犬を散歩をさせながら帰りましょう」
「それって、じゃあ!」
「ええ、帰りましょう。まずはそれからです」
「カーク!」
コーデリアは犬を腕から下ろしたカークに、近づいて微笑んだ。
「期待していいのね?」
「帰ってからと申し上げました」
お辞儀をして去っていく二人を見つめながら、フィリスは少し呆けてしまった。
もしかしたら、貴重なシーンを目撃してしまったのかも知れない。二人が去って、他の人達もゆっくりと歩き出しフィリスもまたずいぶんと離れてしまった三人を足早に追いかけた。
今日のトリクシーは、朝はノエルと散歩して、夜はヒューゴとオペラへ出掛ける事になっていた。
ノエルは妹のオードリーを連れてきていて、笑顔がとても多くて二人ともとても好ましい。フィリスは後ろをついて歩きながら、楽しそうにしているトリクシーを眺めていた。
トリクシーが何かを言う度にノエルの笑い声が聞こえて、オードリーとトリクシーがノエルをからかうような感じだった。
いきなり、二人きり……フィリスがいるから二人きりになることはないけれど、兄を慕うオードリーの様子から人柄が見えてくる。そんな訳で、フィリスは少し距離をおいて見ていた。
そんな風にゆっくりと散策していると、犬の鳴き声がどんどん近づいてきて、フィリスは後ろを振り向いた。
尻尾を振りながら足にぶつかってきたのは、大型犬ボーダーコリーの子犬。
「あら、もしかして迷子なの?」
フィリスは見上げてくる子犬が、人懐っこく差し出した手を舐めたので、そのまま胸に抱き上げた。
クンクンと甘えるように鳴く黒と白のふわふわした毛並みの子犬は、つぶらな瞳でとても可愛い。
「ご、ごめんなさい、その犬、うちの……」
息を切らしながら来たのはコーデリアだった。
「レディ コーデリア」
フィリスは完璧なレディに思えていた彼女が少し乱れた様子なのに、少しだけ驚いてしまった。
「まぁ、レディ フィリス。おはようございます、捕まえて下さってありがとう」
コーデリアはフィリスの腕から子犬を受け取ると、ごめんなさいと告げた。
「あぁ、どうしましょう。ドレスが汚れてしまったわ」
足跡のついてしまったドレスは、確かに残念な気持ちになるが、抱き上げたのはフィリスだった。
「構いませんこれくらい」
フィリスは微笑んで答えた。ドレスの事よりもふわふわした子犬が可愛らしくて、気にならなかった。
「ですから、リードをはずしてはいけないと申し上げました」
コーデリアの後ろには、背の高い男性がいて………服装からすると貴族の家の使用人のようだ。彼の手には犬用の細いリードがあった。
「ごめんなさい、カーク」
フィリスはそれを聞いて確信した。
「もしかして、ミスターオルセン?」
「そう、カーク、こちらはレディ フィリス。ジョエルの従姉妹よ」
「はじめまして、カーク・オルセンです」
フィリスは、その背の高い男性をまじまじと見つめてしまった。
すらりと高い身長はとても見映えがする。体つきは逞しく服の上からでもしっかりとした体格なのが分かる。きちんと整えられた髪は黒で、瞳は薄いブルーグリーン。顔立ちは精悍で男らしく、どちらかと言うとクールな雰囲気だった。
「……また私の事を話されたんですね、お嬢様」
フィリスの様子からそう悟ったらしくカークは困った顔をしている。
「ええ、もちろん」
当然のように言うのは、黒のドレスを着て喪に服すコーデリア。対するカークもまた腕に喪章を着けている。
「今日はお二人でお散歩ですか?」
フィリスが聞くと、
「先日シルヴェルトル侯爵さまから頂いたばかりのこの子犬を、早速公園に連れて行くと仰るので、お供を」
「ジョエルから……」
「馬を世話するなら犬くらい世話が出来ないと、って言うの。それでまずは犬のお世話というと散歩って思ったのよ。私がお祖父様を亡くして落ち込んでるから、元気づけようとしてくれたのねきっと」
カークはコーデリアから子犬を受け取ると首輪にリードをつけた。
「子犬だからって油断されましたね。例え公園でも放してはなりません、こんな風にご迷惑がかかりますから」
子犬はきゅぅんと鳴いて、不服そうだ。
「わかったわ。でも、リードを嫌がってたもの」
「貴女がそうだから、侯爵さまはまずは犬からとおっしゃったんでしょうね」
もしかしたら、意外と向こう見ずな所があるのかも知れない。
「飼ったことが無いのだから、分からなくても仕方ないわ。今日どうなるか分かったわよ」
「是非ともその調子で学んで下さい。ただし、惨事が起こる前に私の助言は聞いて下さい」
カークが言うと、コーデリアは可愛らしく拗ねた顔をして見せて、フィリスを驚かせた。
「カークはいつもそう。自分の意見を通そうとする。私が結婚してほしいって言ってるのに、よく考えて下さい、ばかり。私はもう決めてるの、よくよく考えて考えての結論なのに、いつまでもそう」
フィリスは突然のコーデリアの発言に、思わず目を見開いた。
「お嬢様、お声が大きいです」
「もっと大きい声で言ったって構わない、私は貴方を望んでるの、とやかく言わずに受け入れなさい」
凛としているのにどこか甘えるような感じもあって、恋する乙女はやはり可愛らしく見えるものなのだと、フィリスは薄紅色の頬をしているコーデリアを見つめた。
「ここは公園です」
「だから?」
「……こちらをご覧になってます。皆様が」
カークは居心地が悪そうだ。
「その衆目がある中で私をふって恥をかかせれば良いじゃない」
コーデリアはさらに声の大きさを上げた。
それで近くの人たちは、すっかり聞こえてしまって足を止めている。
「そんなことが、出来る訳がありません。ここでは止めましょう」
「嫌よ、また帰ったらうやむやにするつもりでしょう?だいたいみんな、辞めていく中で最後までうちに残っておいて、私を頼らせて、跡継ぎが決まって大丈夫そうになったら、今度は放り出すなんて卑怯だわ」
「せっかく、お家の方も盛り返しそうなのに。お嬢様は変わってます。本当にこんな男になぜ」
「じゃあ、こっぴどく振ればいいわ、是非そうして。そうされたなら今日は諦める」
「今日は。ですか」
「ええ、今日は、よ。貴方が簡単にはいかないことは分かっているわ」
コーデリアが唇をきゅっと噛み締めた。
「お嬢様、私は……身分も財産も持たない男ですが、これだけの視線を浴びながら……。指輪も花束も無しに求婚するほどの甲斐性なしではありません。ですから、今日の所は………まだまだ躾の必要なこの子犬を散歩をさせながら帰りましょう」
「それって、じゃあ!」
「ええ、帰りましょう。まずはそれからです」
「カーク!」
コーデリアは犬を腕から下ろしたカークに、近づいて微笑んだ。
「期待していいのね?」
「帰ってからと申し上げました」
お辞儀をして去っていく二人を見つめながら、フィリスは少し呆けてしまった。
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