40 / 62
40,思い出は氷のように
しおりを挟む
フィリスは、広間に戻ると遠くからブライアンの鋭い視線を感じた。まさかこれ以上何かをしてくることがあるだろうか、と不安になる。
ミセス ロシェットにお礼を言うと、彼女からは気遣わしげな視線を受けた。
「お陰で大丈夫でした」
「そう……。彼、ちょっと危険よ。貴女と離婚して当然ながらリヴィングストン子爵と決別した訳じゃない?これまでの恩恵が全て無くなって……わずか数ヵ月でがたついているらしいわ」
フィリスはそれでかとようやくブライアンの執着に理解がいった。
つまり、彼はもう一度フィリスを取り戻して、上手くいっていない件を解決したいのだ。
そう思うと、これまでそれほど彼を悪くは思った事など無かったのに、冷たい感情が現れて来てしまった。
こちらを睨み付けるブライアンを、フィリスはまっすぐ睨み返した。
フィリスは、そして父を探した。
「ミセス ロシェット……何度もごめんなさい。父に少し用事があるの」
快く頷いてくれたミセス ロシェットにお礼を言い、再び席を立つ。
遠目に見つけたスターリングは、紳士たちと談笑していた。フィリスはそこまでそっと近づくと、目があった時に合図をする。すると、スターリングはその輪を離れて近づいてきた。
「どうした?そろそろ付き添いはやめて、うちに帰る気になったのか?」
「お父様にお願いがあるの」
スターリングは、優しい顔を向けてきた。
「どうした?」
「ブライアン・マクニールに報復をしたいの」
フィリスがそう言ったとたんに、スターリングはいつもの冷たい表情となった。
「何かしでかしたようだな」
「ええ……よりにもよって、愛人まがいに屋敷に囲いたかったみたいなの。わたしは……そんな都合のいいままではいたくないわ」
フィリスは小声で一気に話した。
「いいんだな?……少なくとも、帰ってきた直後は感じなかったあいつへの憎悪を感じる……。そもそも私が娘を傷つけた男を許すと思っていたか?」
「いいえ」
自分の中にも、こんなにも冷たい感情があったのかと……。フィリスはどこか他人事のように思った。
「どうにかするなど簡単な事だ……。あいつは自らその道を選んだ。フィリスではなくジェラルディン・ライスを選んだ時に」
この時、似ていないと思っていた父と自分が重なる部分があったのだと何故だか妙に実感した。
「大人しく……操られていれば幸せでいられたかも知れないのに……」
スターリングにとって、操り安い男。それがブライアンだったのだ。今すでに噂になるほど、磐石がたついているというのなら、きっとすでに父の根回しは十分で、いわばあと指一つの力で全てが次々と連鎖して崩れて行くだけなのだろう。
「あの邸はいるかい?」
「いいえ、住むなんて考えられない。そう考えるだけでもう吐き気がしそう。誰か良い人に……。働く人たちはみんなとても親切だったから」
自分の中には……こんな凍る所があるのだ…。
それと同時に、貪欲なまでに熱く彼を求めているそんな部分と。
それが、同じ心に同時に存在していて、フィリスを作っていた。
「もう、煩わされる事などない。だから、安心しなさい。それでも……その結果がどうなるかは、お前が決めて、私にさせた事だと覚えておくことだ」
「ええ……分かるわ。お父様」
それでも、フィリスにこう決意させたのは他ならぬブライアンなのだから……。彼が先を読めるほど利口であったのなら、フィリスと結婚したまま、ジェラルディンに子供を産ませ、そしてその子供を養子として扱えば良かったのだ。
妻の友人を愛人として置くことを、覚悟していれば……。
離婚を選んだのならば、別れたまま互いの幸せだけを願える距離を保ててさえいれば……。
離婚を切り出した時、すでにこの未来は決まっていたのかもしれない。
彼が破滅していく未来に、後悔はあるだろうか?
憐れみは感じるかもしれない、それでも……彼はフィリスを……何一つ、大切に扱わなかった。そんな相手にそれ以上の感慨が浮かぶとは思えなかった。
きれいに別れていてくれれば、フィリスはこんな凍る心があることを知らずにいたのに……。
よりにもよって、別れた妻を、人質みたいに側に置こうとしていたブライアンは、そんな自分の事を棚に上げてジョエルがフィリスを薄汚れた愛人にしようとしていると言ったのだ。
―――許せない
ブライアンとジョエルは全く違う。
フィリスは今さらながら、その事をはっきりと意識する。例え、同じように結婚して子供が出来なかったとしても、ジョエルはきっとフィリスの苦しい心に気付き、これまでのように導いてくれるだろう。友人に子供を産ませた彼とは違う。
それなのに……。
冷たい怒りは、鋭い矢じりとなってブライアンに向いていた。
我慢を強いられた年月の分、噴出したそれは凍えるような想いそっくりそのままに、硬い凝りのように目の前に溢れ出てきた。
「いいえ、やっぱり……わたしのものにするわ。住むのはあり得ないけれど、手に入れて好きに扱うわ」
「では、貸しが一つだな」
この時、スターリングは商売人としての顔をはじめてフィリスに見せた。
ようやく……これで、過去の呪縛は解け心は自由になる。
そんな考えがふわりと浮かんだ。
冷えた心を、そっと撫でる、暖かい風みたいに。
これで、自ら作って閉じ籠っていたかのような、鍵のない檻から飛び立つみたいに……。そんな風になれれば良い。
言い聞かせるのではなく、本来の意味での自由になる。
そうで無くては……。愛という言葉を、口にすることも、愛のある未来を思い描く事も出来ない。
ミセス ロシェットにお礼を言うと、彼女からは気遣わしげな視線を受けた。
「お陰で大丈夫でした」
「そう……。彼、ちょっと危険よ。貴女と離婚して当然ながらリヴィングストン子爵と決別した訳じゃない?これまでの恩恵が全て無くなって……わずか数ヵ月でがたついているらしいわ」
フィリスはそれでかとようやくブライアンの執着に理解がいった。
つまり、彼はもう一度フィリスを取り戻して、上手くいっていない件を解決したいのだ。
そう思うと、これまでそれほど彼を悪くは思った事など無かったのに、冷たい感情が現れて来てしまった。
こちらを睨み付けるブライアンを、フィリスはまっすぐ睨み返した。
フィリスは、そして父を探した。
「ミセス ロシェット……何度もごめんなさい。父に少し用事があるの」
快く頷いてくれたミセス ロシェットにお礼を言い、再び席を立つ。
遠目に見つけたスターリングは、紳士たちと談笑していた。フィリスはそこまでそっと近づくと、目があった時に合図をする。すると、スターリングはその輪を離れて近づいてきた。
「どうした?そろそろ付き添いはやめて、うちに帰る気になったのか?」
「お父様にお願いがあるの」
スターリングは、優しい顔を向けてきた。
「どうした?」
「ブライアン・マクニールに報復をしたいの」
フィリスがそう言ったとたんに、スターリングはいつもの冷たい表情となった。
「何かしでかしたようだな」
「ええ……よりにもよって、愛人まがいに屋敷に囲いたかったみたいなの。わたしは……そんな都合のいいままではいたくないわ」
フィリスは小声で一気に話した。
「いいんだな?……少なくとも、帰ってきた直後は感じなかったあいつへの憎悪を感じる……。そもそも私が娘を傷つけた男を許すと思っていたか?」
「いいえ」
自分の中にも、こんなにも冷たい感情があったのかと……。フィリスはどこか他人事のように思った。
「どうにかするなど簡単な事だ……。あいつは自らその道を選んだ。フィリスではなくジェラルディン・ライスを選んだ時に」
この時、似ていないと思っていた父と自分が重なる部分があったのだと何故だか妙に実感した。
「大人しく……操られていれば幸せでいられたかも知れないのに……」
スターリングにとって、操り安い男。それがブライアンだったのだ。今すでに噂になるほど、磐石がたついているというのなら、きっとすでに父の根回しは十分で、いわばあと指一つの力で全てが次々と連鎖して崩れて行くだけなのだろう。
「あの邸はいるかい?」
「いいえ、住むなんて考えられない。そう考えるだけでもう吐き気がしそう。誰か良い人に……。働く人たちはみんなとても親切だったから」
自分の中には……こんな凍る所があるのだ…。
それと同時に、貪欲なまでに熱く彼を求めているそんな部分と。
それが、同じ心に同時に存在していて、フィリスを作っていた。
「もう、煩わされる事などない。だから、安心しなさい。それでも……その結果がどうなるかは、お前が決めて、私にさせた事だと覚えておくことだ」
「ええ……分かるわ。お父様」
それでも、フィリスにこう決意させたのは他ならぬブライアンなのだから……。彼が先を読めるほど利口であったのなら、フィリスと結婚したまま、ジェラルディンに子供を産ませ、そしてその子供を養子として扱えば良かったのだ。
妻の友人を愛人として置くことを、覚悟していれば……。
離婚を選んだのならば、別れたまま互いの幸せだけを願える距離を保ててさえいれば……。
離婚を切り出した時、すでにこの未来は決まっていたのかもしれない。
彼が破滅していく未来に、後悔はあるだろうか?
憐れみは感じるかもしれない、それでも……彼はフィリスを……何一つ、大切に扱わなかった。そんな相手にそれ以上の感慨が浮かぶとは思えなかった。
きれいに別れていてくれれば、フィリスはこんな凍る心があることを知らずにいたのに……。
よりにもよって、別れた妻を、人質みたいに側に置こうとしていたブライアンは、そんな自分の事を棚に上げてジョエルがフィリスを薄汚れた愛人にしようとしていると言ったのだ。
―――許せない
ブライアンとジョエルは全く違う。
フィリスは今さらながら、その事をはっきりと意識する。例え、同じように結婚して子供が出来なかったとしても、ジョエルはきっとフィリスの苦しい心に気付き、これまでのように導いてくれるだろう。友人に子供を産ませた彼とは違う。
それなのに……。
冷たい怒りは、鋭い矢じりとなってブライアンに向いていた。
我慢を強いられた年月の分、噴出したそれは凍えるような想いそっくりそのままに、硬い凝りのように目の前に溢れ出てきた。
「いいえ、やっぱり……わたしのものにするわ。住むのはあり得ないけれど、手に入れて好きに扱うわ」
「では、貸しが一つだな」
この時、スターリングは商売人としての顔をはじめてフィリスに見せた。
ようやく……これで、過去の呪縛は解け心は自由になる。
そんな考えがふわりと浮かんだ。
冷えた心を、そっと撫でる、暖かい風みたいに。
これで、自ら作って閉じ籠っていたかのような、鍵のない檻から飛び立つみたいに……。そんな風になれれば良い。
言い聞かせるのではなく、本来の意味での自由になる。
そうで無くては……。愛という言葉を、口にすることも、愛のある未来を思い描く事も出来ない。
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる