睡恋―sui ren―

桜 詩

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62,ささやかな奇跡

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 慶事というのは、立て続けに起きる時は起きる物で……。

王宮へ行った翌々週、ウィンスレット家でもいよいよ女主人であるルナの出産が始まった。
久しぶりとはいえ、四人目なのでルナは落ち着いてその時を迎えていた。

 そしてルナの姉たちも報せを受けて駆けつけて、フィリスはその見事な美しい姉妹たちに思わず見とれた。長女レオノーラは凛と、次女ステファニーは淑やか、三女ルシアンナは華やかに。そうなると四女ルナは清らかに、というイメージだった。

お産というのは時間がかかる物だと分かってはいるけれど、何せ久しぶりだという事と、そしてやはり年齢の事もあり、フィリスはルナの様子が気になり何度か部屋に様子を見に行った。

ルナの部屋の扉をノックして答えを待ったが、返事がなくて何かあったのかとそっと扉を開けた。

「ちょっと、相変わらず嫌みねステファニー」
いきなり厳しい声でびくりとしてしまった。

「何よ、ルシアンナが相変わらず派手なのはその通りでしょ。いつまでも若い気分でいるんじゃないわよ、もうおばさんなんだから」
対する返答にもまた、驚いてしまう。

「おばさんだからって、おばさんらしくしていたらステファニーみたいな、野暮ったいおばさんになるでしょう」

喧嘩の様だが、ポンポンとテンポの良い会話が聞こえてきてフィリスは一瞬部屋を間違えたのかと思った。

「ほらほら、若いお嬢さんがびっくりしてるよ二人とも。良い家の奥さんになってまで、つまらないやり取りは止めなさい」
フィリスの姿を見つけたレオノーラが、二人を嗜めた。
少し男っぽい話し方が、なのに下品ではなくてしっくりとしていて……格好いい。

「だって、久しぶりにやり合えるんだもの」
ルシアンナがレオノーラに良い訳をする。妙に可愛らしく見えた。
「そうよね、こんなの久しぶりだわ」
ステファニーも恥ずかしそうに、照れ笑いをした。

「お姉さまたち、私にかこつけて集まって来たのね」
ルナは、賑やかな姉たちに囲まれて笑っている。

「まぁ、でもこのやり取り聞いてると、痛いのが紛れて良いでしょ」
レオノーラがくすくすと笑った。
「ん~、確かにそんな気がするわ」
「そうでしょ」
ルシアンナが、華やかに微笑んでそれをみんなが笑う。

フィリスはそんな様子を見て、そして姉妹の団欒を邪魔しないようにそっと出ていった。

 時間はこういう時は遅々として進まず、ついつい足が向いて見に行くと、時に辛そうな声が聞こえてきたりするとフィリスは、心配のせいか息が辛くなってきた。階段を降りた所で、ふらりと目眩に襲われた。

「妊婦さんじゃなくて、付き添いさんが倒れる事もよくあるのですよ、…ほら、お顔が真っ青ですから、こちらへ少しお座り下さい」
「ドクター ガブリエル……」

「あら、貴女は……」

声をかけてきたのは、白衣を着たガブリエル・フォンテーンだった。ガブリエルの隣には、30代前半くらいの優しそうな男性が立っていて、その隣には初老の紳士が立っていた。

「私たちは先に公爵夫人を診て来るよ」
初老の紳士がそう言った。
「はい。私は落ち着くまで少し付き添います」

「じゃあドクター フォンテーン、行こうか」
「はい、じゃあ先に行っているよ。ガビー」

二人が立ち去ると、ガブリエルはフィリスを階段に座らせて脈を調べた。
「目眩がしましたか?」
「ええ、少しですが」
フィリスが答えると、
「最近よく目眩がしたりしますか?」
そう続けて聞いてくる。

「そう言えば、時々」
「食欲がなかったりは?」
そう聞かれると、少しだけ落ちている気がした。
それでも、フィリスにはよくある事だと思っている。

「何となく、言われてみればあるような気もします」

「少し顔色がよくなってきましたね、それでも無理せずにお部屋でゆっくりとされて下さい。後で診察しに参ります」

「分かりました、ドクター ガブリエル」

ゆっくり立つと、目眩は収まっていてフィリスは言われた通りに部屋に向かった。ベッドにそっと横たわると、なぜわざわざ後で診察すると言ったのかが不安になってきた。

もしかしてどこか悪いのかと気になったのだ。
しばらくして、ガブリエルが部屋にやって来てキカが対応する。

「出産は順調ですか?」
フィリスはうろうろするのを我慢していて、とても気になっていた。
「ええ、もちろん。お二人とも元気です」
ガブリエルの言葉にフィリスはホッとした。

「じゃあいくつか確認しますね」
ガブリエルがフィリスに、そう問診を始めた……。


**** 


 診察の後、フィリスはドキドキしてしまってそのせいか、再び眩暈がして、立つとくらくらしてしまうので、そのままベッドに横たわっていた。
邸内はやはり慌ただしい空気があって、簡単な晩餐をジョエルと二人でダイニングルームで食べた。

ルナの姉たちは交代で食べるのか、一人ずつ降りてきて食事をしている様だ。
ジョエルの話だと、初老の医師、ドクター スミスが元々の主治医で、彼の後継としてドクター フォンテーンを連れて来ているらしい。ドクター フォンテーンは、ドクター ガブリエルの夫である。

すでに、出産が始まってから何時間も経っている。フィリスは心配でやはり落ち着かずにいた。様子を見に行こうとするフィリスを、ジョエルは腕に閉じ込めた。
「フィリス、君が倒れてしまうよ。少しこうして休んで、中には一日で産まれない人もいるらしいから」

暖かくてしっかりとした腕に抱かれて、フィリスは体を預けた。背を撫でられているうちに、いつの間にか眠っていたらしくて、フィリスは知らないうちにベッドに寝ていた。


 そして深夜、フィリスはジョエルに起こされた。
「フィリス、無事に産まれたよ」
「本当……!」

「顔を見に行く?」
「もちろんよ」

フィリスはジョエルと共に、ルナの部屋の方へと行った。
すでに何もかも落ち着いた後で、姉妹たちは仲良く夜食のサンドイッチを食べていた。

「おめでとうございます、お疲れでしょう?」
そうルナに声をかけると、
「ありがとう、とっても疲れたわ」
そう少しおどけて言った。
「うるさい姉が二人も来たから、余計にだね」
レオノーラが煌びやかな格好いい笑みを浮かべた。

生まれたばかりの赤ん坊は、ちょうどフェリクスが腕に抱いていた。

「男の子だって」
ジョエルの言葉にフィリスは微笑んだ。
「凄い!」

きっと諦めていたに違いない、現ウィンスレット公爵の息子だ。奇跡みたいな話だとそう思った。

「兄上、本当に良かったですね」
ジョエルが声をかけるとフェリクスはこちらを見て微笑んだ。とても幸せそうだ。

「良かったら抱いてみて」
フェリクスにそう言われて、フィリスはおくるみの赤ん坊を腕に抱いた。

「意外と……こんなにも小さいのにずっしり重たいのね」
まだ腫れぼったい瞼から薄く開いた目と、小さな指をきゅっと動かす仕草がとても愛らしい。

少し抱いていると、大きな声で泣き声を上げた。
「そろそろミルクが欲しいんですよ」
雇われたばかりの乳母が近づいてきて、フィリスは赤ん坊を渡した。

軽くなる腕が、温もりを失う。

「じゃあ俺たちはもう休もうか」
「そうね、おやすみなさい」

フィリスは、挨拶をして部屋を後にした。

部屋の方へと向かい、フィリスは人気のない中庭に面した廊下でジョエルの腕を引いて留めた。
「どうかした?」

「あのね……私たちにも神様から贈り物が届いたの」
「え?」

「ウィンスレット家に……今年の年末くらいに新しい子が……来てくれるみたい」
フィリスがそう告げると、ジョエルは抱き締めてしばらく何も言わなかった。

 ―――――そしてようやく出した言葉は、

「嬉しい、とても」
ジョエルは少し泣きそうな顔で笑うと

「ありきたりだな……でも、それ以外に言葉がない」

「こんな事って………本当に信じられない。でも、一緒にキカにも聞いていてもらったから……本当に本当なのよ」

「こんな事を言うべきじゃないかも知れないが……きっとフィリスの子供は、俺の子供で生まれたかったんだな」
そんなジョエルの少し浮わついた言葉を聞いて、フィリスは微笑んだ。

「そうなのかも……」
フィリスはそう言って、最近新しく誕生した命を思い浮かべた。
「それに、遊び相手がたくさんいて楽しそうだからかも」

「そうだな、もしかしたら王子や甥たちが一緒に連れて来てくれたのかもな」

この夜も、月は明るくて輝く光を、奇跡じみた出来事を感謝しながら二人は優しいキスを交わした。


 始まりは、お互いに何もないと、そんな風に言い聞かせながら、周りに秘めた関係だった。
惹かれている、そんな自分の心さえも否定しながら、それでもやはり離れられず、知らず知らずの内に育っていた想いはいつしか大きく強くなっていた。
 気がつけば、誰よりも。その存在は大きくなっていた。
あり得ない、と、本来であるならば、お互いに考えようもない身分だった。それなのに今は、二人の間に起きたささやかで、それでいてとても大いなる奇跡を感じている。

フィリスはいつか見た、水上の睡蓮の花を思い出した。
目に触れない水面下で根をはり、そして美しい花を咲かせている、そんな風に……自分達も……。
きっと今はとても美しい想いが、咲き綻んでいる。


――完――
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